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64話 攻略

 トーガの手が、根の一部に強く押し付けられた。


「ここだ。ここの皮が薄くなっているぞ。確か、魔法だと吸収するんだったよな? 全く、ここ最近は精霊魔法が効かない相手ばかりだぜ」


 ぶつくさ言いながら、トーガは腰から短剣を引き抜く。

 刃を根の壁面に押し当て、体重をかけた。

 僅かに先端が潜り込んでいく。


「硬いな……。俺の力じゃ押し込み切れん。それに短剣では難しいか……」


「よし、貸したまえ。私にいい考えがある」


「ジーンに?」


 なぜかトーガが嫌そうな顔をした。

 いつものことなので、気にしないことにする。

 私は荷物から棒を取り出し、伸ばして固定する。

 その先端に、ロープで短剣をくくりつけるのである。


「あー……。それは壊れるな……」


 トーガが諦めたように言うのを聞きながら、私は思い切り棒を振りかぶった。

 即席の採掘用ハンマーとなったそれが、根に叩きつけられる。

 すると、黒曜石でできた短剣の先端は砕け散り、しかし明らかに根の表面は深くえぐられた。

 これを、トーガが再び見つめる。


「もう少しだ。薄皮一枚ってところまで削れてる。あとひと押しできればいいぞ」


「なるほど。ではトーガ、必中の矢でどうだね?」


「おお、人間の里で買った鏃だな! あれならば貫ける!」


「根の壁面を破ることで、何が起こるか分からなかったりはするからね。よく考えてみれば、距離を取らないと危ない」


 私の発言に、一同が一斉に目を見開き振り向いた。

 そして、慌てて我々から距離を取る。


「ジーン!!」


「ははは、済まない、諸君! 私としたことがうっかりしていた……!」


「新しい事実に夢中で、気が回らなかっただろう? まあ、いつものことだな」


 トーガが鼻を鳴らした。





 さて、ある程度の距離を保ちながら、トーガが周囲に矢を浮かせる。

 必中の矢は、風の精霊を用いて、高速で矢を射ち出す魔法なのである。

 その名の通り、命中精度は正確無比。


「行け、シルフ。矢を運べ」


 単純明快な詠唱と共に、トーガは目標を指さした。

 すると、彼の周囲に浮いていた矢が一斉に飛び出す。

 それはほぼ同時に、私が切り開いた根の壁面へと突き刺さった。

 既に、そこは脆くなっていたのだろう。

 矢が当たった壁面は、たくさんの破片を散らしながら崩れ始めた。

 そして、内側から何かが膨れ上がってくるのが見える。


「根を構成する組織だろうか」


「ひえっ、すっごい精霊力の反応だよ! あれは、土と水と植物の精霊力が混じってる! みんなもっと離れてー!」


 シーアが声を張り上げた。

 私は近くで、起こる現象を観察したかったのだが……。


「先輩!! なにか起こって死んじゃったら大変でしょ! こっち来てください先輩! ぐぬー!」


 ナオが猛烈な勢いで私を引っ張るので、仕方なく後退した。

 思いっきり力んだナオは、顔が真っ赤である。


「ふう……これでよしです。先輩、根の様子が見たいなら、わたしのアーティファクト使います?」


 メガネを貸してくれた。

 これは、使用する感知系の魔法を増幅してくれる効果があるのだ。


「ありがたい。どれ……」


 ナオのサイズに調整されてるので、少々小さい。

 私はこれを目の前にかざしながら、魔力感知の魔法を使用した。

 すると、視野が拡大される。

 広がった視界の中で、根は今まさに、膨張し始めたところだった。


「おお、魔力の流れが外に向かって! こう、集まってきているな。これは樹木の傷口から、樹液が溢れてくるものに近いのだろうか? いや、これほど急ではあるまい。まるで嵐の日に堤防が決壊した川のようだ……!」


 私の形容の通り、薄くなった根の一部は、集まる魔力によってどんどん膨らんでいく。

 やがて、肉眼でも分かるほど膨張した。

 これは、破れる……!


「あっ」


 アマーリアが声を漏らした。

 その途端、乾いた音を立てて、根の中ほどが破裂した。

 十年の間、根の中に蓄えられてきていた魔力が、溢れ出す。


 魔力とは、それ自体を視認することはできない。

 詠唱によってそれになんらかの指向性を与えると、初めて視認できる存在となるのだ。

 だが、濃厚過ぎる魔力は、詠唱せずとも目に見えるものなのだ。

 それを、私はこの時初めて知った。


 青い光が、黄色い光が、緑の光が、奔流となって視界全体を流れていく。


「これは、これはなんと形容すればいい? いや、殴り書きでもいい。この瞬間の情景を記録せねば! ああそうだ、映像も同時に!」


 展開した手乗り図書館をフル稼働させる。

 図書館から表示された記録用紙に、指先で記録を綴る。

 そして、図書館を向けた方向の情景がそのまま記録されるのだ。


「すごい……きれい……」


 ナオが呆然として呟いた。

 元から魔力を感知することができる彼女には、これはどのように見えているのだろうか。

 ちなみに、ナオとは違った形で魔力が見えるワイルドエルフの兄妹は、この光景が眩しすぎるようだ。

 ぎゅっと目を閉じ、魔力の奔流をやり過ごそうとしている。


「うわーっ! なんだこれー!!」


「これ、魔力……? 私にも魔力が見えるなんて……!」


 アマーリアとカレラ、二人の戸惑う声が聞こえる。

 その後ろでは、ドワーフたちが大騒ぎだ。

 リザードマンはと思って横合いを見ると、一斉に地面に伏せて身構えている。

 災害をやり過ごすポーズかも知れない。


 種族によって反応が様々だ。

 実に面白い。

 ……と、そのようなことを考えていると、根から吹き出す魔力がみるみる弱くなっていった。

 巨大な根の姿が、あやふやになり、空気に溶け込むように消えていく。

 それは、小山が一つ消滅していく光景だ。

 これもなかなか壮観。


 かくして、地下世界を分断する根の一つは断たれた。

 あとはこの作業を継続するだけである。

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