62話 化石の里にて
生き残ったドワーフとリザードマンが一同に会する。
ざっと見て、数百人と言ったところだろう。
根の向こうにいた生き残りと合わせて、千人いるかどうか。
「オブ、この他にも集落はあったのかね?」
「ああ。全部で五つあった。見事にバラバラにされちまったけどな」
十年ぶりに訪れた客人に、化石の里の人々は大喜びである。
乏しい食料を使って、精一杯もてなそうとしてくれる。
どうやらここでは、私の勇名である『神を殺した者』は伝わっていないようだった。
「日々を生き残ることに必死で、精霊の言葉に耳を傾ける余裕が無かったのだろウ」
クロクロが推察する。
この里に、彼と同じようなファイアリザードマンはいない。
ずっと以前に戦死したらしい。
「クロクロは炎の導き手。自然には生まれなイ。太母が選んだ炎の部族に力を授けル。炎の導き手が生まれル」
「任命制だったのか。炎の導き手がファイアリザードマン、太母がドラゴンのことだろうが……そのドラゴンは、どうやら地上世界で一般に言われる、モンスターとしてのドラゴンとは違うようだな」
「地上にいるものは紛い物ダ。亜竜と呼ばれる類。暴れる牙も亜竜ダ」
「その様な区別が存在していたのか! これは興味深い……」
早速記録である。
我々を歓迎する宴の中、私はこうして、リザードマンに関する知識を集める。
ドラゴンとリザードマンは別の存在であり、彼らはドラゴンに従属する種族なのだという。
最初は、全てのリザードマンがファイアリザードマンだったらしい。
それは、彼らが炎の精霊界という場所から、この世界に来たばかりの頃。
驚くべきことに、ドワーフもまた、炎の精霊界から来た同胞だと語り伝えられていたのだ。
「炎の部族は、やがてゼフィロシアに馴染んで行っタ。ゼフィロシアは風の世界。炎と遠ざかり、クロクロと同じ導き手は減って行っタ。ドワーフも同ジ。炎の部族よりも早くこの世界に馴染み、炎の加護を失っタ」
「興味深い……。では、このレイアスこそが、君たちリザードマンが住まうべき炎の世界という事かね?」
「レイアスは土の精霊界に近イ。だが、地の底を炎の川が流れていル。炎の精霊界にも近イ」
うーむ、この辺り、何か事情がありそうだ。
余裕ができたら細かく聞いてみるとしよう。
私が知的好奇心を満たす時間はどうやらここまでのようだ。
というのも──。
「先輩! 根ができてきた瞬間を見てた人がいます!」
ナオが大変な情報を持ってきたからだ。
彼女が連れているのは、小柄なリザードマンである。
急に引っ張られてきたようで、驚きに瞬膜を何度も開閉している。
「ム」
クロクロが呻いた。
「美しい鱗ダ。いや、いやいヤ」
いつも冷静なクロクロが珍しい。
いや、待て。もしやそのリザードマンは女性であろうか。
エメラルドグリーンの肌に、腹側は鮮やかな黄色。目は大きくて、深い緑色に輝いている。
「ねえ、クークーさん、さっきのお話をもう一回お願いします!」
ナオに両手を握られて、力強くお願いされるクークー嬢。
彼女は慌てて、舌をしゅるしゅると出し入れした。
「ナオ、もしや、言葉が分からないのではないかな?」
「あっ、そうでした! カレラさーん!」
「ほらー。だから言ったでしょ。ナオったら話も聞かずに飛び出していくんだもの」
通訳がやって来た。
私やナオがドワーフ語に精通すれば良いのだが、残念ながら学んでいる暇はなさそうなのである。
ということで、彼らの通訳を活用させてもらう。
ここで気が付いた。
クロクロに通訳してもらっても良かったのでは……。
そう思って彼を見ると、クロクロはじっと、クークー嬢を見つめている。
種族が違い、色恋にも疎い私にだって分かる。
これは一目ぼれというやつではあるまいか?
ほう、これが一目ぼれ……!
初めて見る。
「先輩! 戻ってきてください先輩!」
「あいた! ナオ、人の頭を叩いてはいけない」
「先輩が上の空で、手乗り図書館をいじり始めるからです!」
「最近、君はすぐに手を出す」
「口で言っても伝わってないからじゃないですか!」
「半分は聞いているぞ」
「二人ともちょっと静かにしてもらえる?」
「はい」
カレラに叱られてしまった。
そして、クークー嬢は語りだす。
以下は、その要約である。
リザードマンは、気温が低くなる明け方には身を寄せ合って眠っている。
体温の調節が上手くないからだ。
だが、当時幼かったクークー嬢は、その中では例外的に体温調節が得意であったらしい。
ここでクロクロから、「導き手の素質ダ」と茶々が入ったがこれは無視して話が続く。
クークー嬢は、明け方の澄んだ空気が好きだった。
だからその日も、一人で集落の外に出たらしい。
その時、彼女の目の前で異変が起こった。
「空気の温度が変わった」とクークー嬢は表現する。
鋭い嗅覚と共に、温度を感知する能力がリザードマンにはある。
クークー嬢は、広大な空間が、一度に同じような温度に変化したと感じたようだ。
「嗅いだ事が無いにおいが、空間に満ちた」とは、クークー嬢がその時に感じた思いである。
臭いとも、いい匂いともとれる、未知のにおい。
それと同時に、突如としてクークー嬢の頭上で空間が開いた。
そこから伸びだす、巨大な根。
たちまち、世界は分断されてしまったという。
「空間が開いたのかね?」
頷くクークー嬢。
何も無いところから、根は出現し、そして世界を覆ったのだと言う。
だとすれば、この根は予測どおり、マルコシアス同様の存在ではあるまいか。
即ち、異なる世界から来たものだ。
「マルコシアス、質問がある」
キーワードが揃いつつある。
一つ、彼から決定的な情報を引き出すとしよう。
質問と聞いて、体中にリザードマンやドワーフの子供をくっつけた魔狼がやって来た。
めちゃくちゃにもふもふやられている。
「この根は異世界から来たようだが、何のために現れた?」
『その質問に答えよう。この根に目的はなし。魔力を蓄えても、もはやどこにも繋がってはいない』
「なるほど、理解した。空間から現れた時点で、根は繋がるべき幹と断たれていたという訳だな」
「えっ!? なんでそうなるんです? わたし、全然分かんないです!」
「マルコシアスがくれる答えは、常に端的なものだよ。こちらでそのためのキーとなる知識を得ておかなければ、とても理解はできない」
つまり、魔狼から得られる答えとは、答え合わせなのである。
さて、地底世界を区切る巨大な根が、どことも繋がっていない単独の根だと分かればやりようはある。
これから、この世界を救いにかかるとしよう。




