60話 根の向こうに広がる光景
……とは思ったものの、最低限の検分はさせてもらった。
皮膚のサンプルを取ると、それは大きな鱗状になっていた。
「やっぱりトカゲっぽいんですねえ。鱗はすっごく分厚いですけど。これ、建物に使えそうだなあ」
鱗の大きさは、ナオの手のひらほどもある。
「なるほど、これを使えば、建材の継ぎ目を固定できるかも知れないな。後は、鱗の強度によるんじゃないか?」
「乾燥させて、加工してみて……色々調べなくちゃですねえ」
うーん、と唸るナオである。
私も鱗を何枚かと、その下から暴れる牙の肉を採取する。
この牙や爪は、加工すれば武器になるだろう。
「炎の部族が使う武器も、暴れる牙の骨を使っていル」
「なんと、そうだったのか!」
クロクロから新情報である。
今度、骨の武器も確認させてもらおう。
その後、我々は根を超えたこの領域を調査することにする。
「気をつけるんじゃ! 暴れる牙は幾らでもおるぞ! 一匹をやっつけたくらいで安心はできんぞ!」
「ああ分かっているよ、オブ。暴れる牙もまた、この地底世界を形作る自然の一部なのだろう? 本来ならば根で遮られない世界において、彼らは広い範囲に分散して存在していたはずだ。だが、それを一箇所に集めてしまうよう、世界が区切られてしまったんだ。彼らに罪はない」
私は予備のアロマを取り出す。
これを、弩弓改め、ポーションシューターへセットする。
「時に、オブ、クロクロ。地下世界にも臭いが強い植物などは存在しているのかね?」
「あるぞ。うちの女衆が、お洒落をする時に使っておるな」
「あル。臭くて近づけなイ」
「まずはそこに行こう。アロマ程ではないが、強い臭いがするものを暴れる牙は苦手とする。それらがあることで、身の安全を確保できる」
「ほお! まさか、あの香水の素が暴れる牙の弱点だったとはなあ……」
オブが呻く。
身近なものに、思わぬ用途がある。
大事なのは、発想の転換なのだ。
我々はオブとクロクロを先頭に、根の向こうの世界を行く。
彼らにとっても、十年ぶりの帰還だろう。
「おう……こりゃ、わしらの畑の跡じゃな」
一見すると、粉々に砕かれた岩の丘と言った場所があった。
「岩じゃん? 畑?」
アマーリアが、欠片を拾い上げて眉をひそめる。
「よく見てみい。岩に苔がついておるじゃろう」
「えっと、この苔を育ててた?」
「そうじゃ。お主らが里で食ったパンも、この苔を使っておるんじゃぞ」
「ほえー」
「じゃあこれ、苔が生えてるし、すぐに畑を再生できるんじゃないの?」
カレラが鋭い事を言った。
「これは、岩を積み上げて作った人工の丘だったのだね。面積を増やすことで、苔を一箇所から効率的に収穫するから、畑という訳か」
「そう、それじゃ。お主、本当にどうしてすぐに色々見抜くんじゃ……?」
「賢者には観察眼が必要だからね」
「そうなのです!」
私が胸を張ったら、隣にナオも並んで胸を張り、メガネをくいっと持ち上げた。
「……何気にナオって胸凄いよね」
「そうねえ。いつもたくさん食べてるから、みんな胸に行くのねあれ」
「シーアがさ、あんな重りをぶら下げて動き回るのは無理って言ってたわー」
アマーリアとカレラがぼそぼそ言っている。
ナオは聞こえているのだか、聞こえていないのだか良く分からない。
さて、畑の検分はこんなところだろう。
これはいつでも復活させられる。
オブに言わせれば、生えている苔は雑草のようなものも多く、食用のものを多くするよう管理せねばならないのだとか。
興味がある。
「行くゾ。いつまで苔を眺めていル」
「クロクロは苔に興味が無いのかね?」
「炎の部族は、毒がなければどの苔でも食べル」
「そうか、リザードマンは味覚が違うものな。苔の味は関係ないという事か」
「……ジーンはすぐに関係ないことに興味を持ツ。行くゾ!」
クロクロは鼻息も荒く、のしのしと歩き出した。
続くリザードマンたちが、クロクロと私をきょろきょろと見比べる。
私に向かって、恐る恐る、シュルシュルと何か言っている。
「カレラ、分かるかい?」
「申し訳なさそうに、一緒に行きましょうって言ってるわね」
「なるほど、気を使わせてしまったな。行こう、諸君!」
かくして、我々は目的地、香りの強い苔が生えている場所へと向かうのであった。
到着したのは、水場である。
そして、大きな問題が立ちふさがった。
二頭の暴れる牙が、そこにいたのだ。
しかも、互いに争っている。我々はこれを、遠巻きに眺める形だ。
「なるほど……。狭い地域に多くの暴れる牙が閉じ込められれば、食料が不足する。肉食である彼らは、共食いでもしなければ十分な食料を確保できないと言う訳か。この状況は、暴れる牙にとっても良くないな」
暴れる牙の種の保存は重要である。
だが、今は彼らをまとめて相手取るには厳しい。
互いに潰し合いをしてくれるならば、それに越したことはない。
しばらく眺めていると、決着はついたようだ。
喉を噛み切られ、一頭の暴れる牙が絶命する。
残る一頭も満身創痍だ。
「カレラ、ポーションシューターを頼む」
「あれ? ジーンさんがするんじゃないの?」
「私の命中精度では、至近距離まで来なければ当たらない。ここは専門家に任せる」
「はいはい。アマーリア、前衛任せていい?」
「あたし、あんなでかいのを止められる自信が無いんだけど」
「じゃあわたしもやりますよ! うおー、やるぞー!」
「ナオは危ないから」
飛び出しかけたナオが、カレラとアマーリアに止められた。
「ナオ、ゴーレムを使うんだ」
「あっ、そうですよね先輩! ゴーレム、汝に命を与えるー」
彼女のポケットから、石ころが放られる。
それはストーンゴーレムとなって、カレラを守るように立ちふさがった。
暴れる牙は、近寄る我々に気付き、威嚇の咆哮をあげる。
「うわー」
アマーリアのやる気が無さそうな声。
ストーンゴーレムはやる気満々で、ガッツポーズを取った。
「動け無さそうね。ゴーレムちゃん、ちょっと頭貸してねー」
カレラはストーンゴーレムの頭にポーションシューターを設置すると、素早く狙いをつけ、
「シュート!」
放たれたアロマの瓶が、暴れる牙の鼻先に炸裂した。
『────!!』
絶叫が響く。
暴れる牙は戦闘不能だ。
強烈な香りは、実によく利く。
「暴れる牙が、簡単にやられてしまうわい……」
「子供扱いカ……」
「なに、相手の習性が分かってしまえば、対処のしようはある。やり方を間違えさえしなければいいのだよ。そのためにも、常に冷静さを保ち、準備を怠らぬようにしなくてはね」




