56話 ジーン・リザード交渉
「いきなり交渉になるなんて聞いてねえぞ」
オブがそう言ってガタガタ震えている。
他の若いドワーフたちも同様だ。
彼らは、万一リザードマンと遭遇し、荒事が起こったときのためにここに来ていたのだ。
それも、数を頼みに相手を威嚇する、くらいのつもりだったようである。
「ジーンの話を聞こウ。精霊の噂に聞こえた、神を殺した者は何を持って、炎の部族と交渉をするのカ」
炎の部族と言うのが、彼ら地底世界に住むリザードマンの自称のようだ。
ワイルドエルフたちが、試練の民と名乗るのと同じであろう。
何より、クロクロというファイアリザードマンは、エルフに対するワイルドエルフくらいの違いがあるように見える。
私が考えるに、ワイルドエルフとはエルフの古代種であり、より古い時代のエルフの性質を持っている。それと同じタイプのリザードマンであると考えれば、ファイアリザードマンは原種であると言えるのではないか?
つまり、リザードマンは元々、炎を吐くことができる種族だったのである。
「……ジーンよ。どうしてクロクロの顔を上から下までじっと見る」
「先輩! 戻ってきてください先輩!」
頭をぺちぺち叩かれて、我に返る私である。
いかんいかん。
だが、クロクロの話はしっかりと聞いていたぞ。
「交渉は、諸君があの根の向こうまで、以前と同じように活動できること。これを約束しよう」
「なんと!」
クロクロの目玉が、瞬膜に覆われ、すぐさま見開かれた。
舌がせわしなく、チロチロと覗く。
「嘘を言っている臭いではなイ。ジーン、正気か」
「リザードマンにまで言われてる……。兄貴、一体どうなの……」
「ジーンさんだからなあ」
私に対する風評被害なのか、評価なのか。
だが、クロクロの言うとおり、私は嘘だけは口にしない。
「ドワーフの力だけでは、あの根を超え、暴れる牙とやらをどうにかすることは不可能だろう。それは、君たちリザードマンの力だけでもだ。だが、双方が力を合わせ、そこに私が加わればどうだろうか」
「ふム」
クロクロが目を閉じた。
ドワーフたちがびくびくしている気配がする。
「なんで皆さん怖がってるんですか?」
「なんでじゃと!? あのクロクロというファイアリザードマンはな、奴らのボスであるドラゴン直属の一番偉いやつなんじゃ! なんでここで、あやつが出てくるんじゃー!」
リザードマンで最上位の固体であったか。
なるほど、よく見れば、威風堂々とした姿である。
他の者よりも一回り大きく、よく見れば、頭には角のようなものが生えている。
私がじっと見ていると、クロクロは目を開いた。
「人が作った神とやらハ、炎の部族にも伝わる恐ろしい存在ダ。それを特別な力も持たずに倒したのなラ、ジーンは特別なのダ。クロクロはジーンを信じよう」
彼はそう告げた後、喉を鳴らし、甲高い声を響かせた。
すると、リザードマンたちは一斉に、同じような甲高い声を上げる。
「これで伝わっタ。炎の部族はジーンに手を貸ス。だが、嘘つきドワーフ、あれとは仲直りできなイ」
「嘘つき? 何かあったようだね。もしや、十年前の交渉の時に?」
クロクロの瞬膜が行き来した。
彼は何も答えない。こちらも詮索はやめておこう。
そうこうしている内に、地底世界を照らすアカリゴケの光が陰ってきた。
レイアスで言う、夜の時間が近づいているのだろう。
「夜は眠りの時。炎の部族は帰る。また明日、ここデ」
「よし、分かった。それまでに、私も今後の計画を立てておこう。ところでクロクロ」
「なんダ」
「触ってもいいかね?」
ということで、私はファイアリザードマンの肌に触れることができたのである。
彼の体温は高い。恐らくは炎の魔力──精霊力が体内を巡っているのだろう。
鱗はサラサラしており、体にピッタリと貼り付いている。
感情が高ぶると、逆立つのだとか。
「あの、クロクロさん、わたしも触っていいですか?」
「うム。変わった者たちだナ……。そちらはジーンのつがいか?」
「つがい!」
ナオが手をばたつかせる。
「どうしてそう思うのかね、クロクロ」
「近いにおいがすル。これほどにおいが近いのは、つがいか親子ダ。ジーンとあれの距離は親子ではなイ」
「実に論理的だ……! 確かに、君の理論に合わせるなら、私とナオはつがいということになるのだろう。うむ、恐るべしリザードマン!」
このやりとりを見て、後ろで何やら話し合う女子たち。
「ついに認めたよあの人」
「絶対あれ無意識よ。本人そんな自覚ないから」
何を認めたというのだ。
ナオはナオで、クロクロに触り始めると、夢中で彼の鱗を撫で回している。
「うわーっ、先輩、すごくサラサラしてて触り心地がいいです!」
「だろう。天然の鎧であり、他にも様々な機能を有していそうだ。今後、彼らとは共に行動する。リザードマンの生物的な特徴を、たっぷり見せてくれるに違いないぞ」
「……いつまで撫で回しているのダ。ジーン、ナオと言ったか。よく似ているナ……」
「そうか?」
さらに、クロクロに触ろうとする私であったが、アマーリアとカレラにキャッチされ、引き離されてしまったのである。
リザードマンと別れ、ダークドワーフの里に戻る途中。
「ジーンさん、ナオ、二人とも相手がリザードマンだからって、あんなに触ったら失礼でしょ」
「確かに」
「そうでした」
カレラにお説教され、反省する我々なのである。
似ているのかも知れない。
「ところでオブ。聞きたいことがあるのだが」
ぎくりとした顔で、オブが振り返る。
「な、何じゃ」
「ドワーフのついた嘘とは、何かね? ひょっとすると、この十年に及ぶリザードマンとの確執は、その一件に原因があるのではないか?」
私は生物学を専攻とする賢者であり、生物学の中にドワーフとリザードマンの関係性修復は含まれていないはずなのだが……。
この興味深い世界を堪能するためには、彼らに仲直りしてもらわねばならない。
一つ、骨を折るとするか。




