54話 地底の川
ダークドワーフから供された食事は、地底とは思えぬ豪華なものだった。
パンにスープ、メインディッシュの魚。
苔を用いた前菜らしきものもある。
私とナオは、まず色を確認し、香りを堪能し、そして食べた。
美味い。
「げっ……よく食えるねえ」
「アマーリア、素材こそ我々が知るものとは違うが、料理の完成度は素晴らしい。食べてみたまえ」
躊躇する暫定妹に、そう声を掛けた。
彼女は恐る恐る、苔とキノコのパンをかじる。
「あ、うまっ」
「だろう? 少々癖はあるが、保存食の乾パンに比べれば遥かに美味だ」
「私はこれ、普通にいけるかも。地下世界舐めてた……」
カレラもまた、私たちに倣ってもくもくと食事を始める。
「カレラさん、わたしと先輩が食べても無事かどうか確認してたでしょ」
「そ、そんなことないわよ」
目が泳いでいるカレラ。
「レンジャーだものな」
「や、やめてジーンさん! そんな好意的な視線で私を見ないで!」
何か後ろめたいのだろうか。
カレラは顔を隠し、こそこそと食事を再開した。
「しかし、何よりも素晴らしいのはこの魚だな。これほど旨味が凝縮した魚は食べたことがない」
王都で口にした魚は、川から遠く離れているため、腐らぬよう乾燥させたものだった。
小川に近い開拓地では、魚を焚き火で焼いたりしたが、これもまあ想像できるくらいの味である。
だが、ダークドワーフが作った魚料理はどうだ。
魚とは、しっかり火が通りながらも、これほど肉汁に溢れて味わい深いものなのか。
「うまいじゃろう。わしらの魚料理は、地熱を使ってじっくり蒸し上げる。塩と、香り付け用の苔もあるからのう」
オブが自慢げに、笑った。
うむ、美味い。
開拓地に来てから、一番美味い食事をした気がする。
ワイルドエルフの料理は、なんというか素材の味を活かしたものが多かったのだ。
不味くはないのだが、王都で口にした香辛料の使われている料理が恋しくないと言ったら嘘になる。
その点、ダークドワーフの料理は素晴らしかった。
「君たちは、リザードマンと抗争状態にあると聞いていたが、食生活の面では圧迫されてはいないのだな」
「うむ。やつら、苔やキノコはあまり食べんでな。じゃが、魚は別じゃ。お主らは特別な客人ゆえ、わしらが危険を冒して魚を手に入れてきたんじゃ」
危険を冒して……?
「それはどういうことだね? もしや、地底の河川がリザードマンと共用されており、水の使用権を巡って争いになっているのでは?」
オブが目を丸くした。
「そ……その通りじゃ。なんで分かったのかのう……? 神を殺した者も、伊達ではないということか!」
そしてオブは語りだした。
地底世界は、何本かの川が流れている。水の量は十分にあり、今まではリザードマンとも水を分け合って暮らしていたそうだ。
だが、あの巨大な根が出現し、他の川へ向かう道は閉ざされてしまった。
根を越えて行こうにも、あの向こうには、地底世界で言う肉食動物がひしめいているのだと言う。
「根を越えていったわしらの仲間は、『暴れる牙』にやられてしまったのじゃ。それはリザードマンも同じ。お互いに、徒に数を減らすわけにはいかん。そういうことで、あの川を使うしか無くなったのじゃ」
「暴れる牙について、詳しく」
未知の動物である。
私のテンションが上がる。
オブに詰め寄り、肩を強く掴んだ。
「うおー」
「先輩! ステイステイ! オブさんが怯えてます! ああ、だめだあー。先輩のスイッチが入っちゃった! アマーリアさん、カレラさん、手伝ってー!」
後ろに、柔らかいものがくっついた。
ナオである。彼女はスーパーベビー級の腕力しかないので、私を止めることはできない。
だが、右腕にアマーリア、左腕にカレラがしがみついた。
「落ち着けって兄貴! なんで興奮してんだよ!? うわあっ、すげえ馬鹿力だ!」
「新しい生き物の話を聞いて、鼻息を荒くしてるのよ! この人そういう人なの! くうっ、ボルボよりも馬力あるんじゃないの!?」
流石の私も、三人がかりではたまらない。
オブから引き剥がされてしまった。
「何をするのだね」
「何をするのだね、じゃないですよー! 先輩、落ち着きましょう! 謎の生き物は逃げませんから」
「言われてみればそうだった」
ハッと我に返る私。
それに、今オブから聴いた話には、多くのヒントが含まれていた気がする。
まずは暴れる牙とやらを確認し、そして根を越えるという道を確認し……。
リザードマンとも折衝せねばならんな。
「ちなみに、暴れる牙は、からだの半分くらいの大きさの頭があってな、それに尻尾が長くて、足が二本しかない」
「ほう! 四本足ではないのか。では、どのような姿かここに絵を……」
「これこれ、こうこう」
「ほほーう!! トカゲのような動物なのだな。前足か、あるいは後足が退化したのかも知れない。大きさはどれほどだね?」
「この家ほどはある」
「大きい!!」
再び興奮に包まれる私である。
オブの絵は単純な丸と線を組み合わせたようなものだったが、暴れる牙のディテールは伝わってくる。
これは是非とも、見に行かねばなるまい。
私は鼻息を荒くする。
「ねえ、ナオ。あたし、めちゃくちゃ嫌な予感がするんだけど……」
「正解ですアマーリアさん! 先輩はもう止まりませんよ!」
「ひええ! なんで嬉しそうなんだよ! うわー、取り入ろうと思ってついてくるんじゃなかった! 人間の町よりも兄貴についてく方がめちゃめちゃハードじゃんかー!!」
「今気付いたの」
アマーリアの嘆きと、カレラのため息が聞こえた。




