43話 伝説の更新
「天井いっぱいに印が刻まれてる……!」
シーアがため息を漏らす。
巨大な人造の神に追われているという状況でなければ、見とれてしまうほどの美しさだ。
光が織り成す、幾何学模様の印は、魔法陣でもある。
「ここから光が溢れて……魔力になって、外に繋がってます」
ナオが、眩しそうに目を細めながら言う。
「魔力感知はもう解いていいだろう。問題は、目の前のこれをどうするかだ。直に触れて確認してみたいが」
天井の高さはかなりのものである。
以前に、ウッドゴーレムを高く積み上げても、つっかえなかったくらいだ。
「ナオ、足場は作れるかね?」
「はい! マッドゴーレムでいいです? ここ、土しかないから、ちょっと不安定でぐらぐらするかもですけど」
「じゃあ私が手伝うよ。ナオのゴーレムに、私の精霊を混ぜて硬くする」
ナオとシーア、二人の共同作業が始まった。
詠唱を行わないナオと、身振りと短い詠唱で精霊魔法を完成させるシーア。
作業時間はとても短い。
だが、外には神が迫っていた。
洞窟内に響き渡る轟音。
「ひゃっ」
「きゃっ」
女子二人が悲鳴を上げる。
神が、岩窟を叩いたのだろう。
「見境がなくなっているようだな。下手にこの岩窟が崩れてしまえば、彼も形を保っていられまい」
「ですけど、ここが壊れちゃったらわたしたちも生き埋めですよう」
おっと、そうだった。
では、こちらも作業を急がねばなるまい。
目の前には、ナオとシーアが作り上げた、階段状のゴーレム。
私は、岩窟を襲う震動に注意しつつ、一段一段、登っていった。
階段の半ばほどまで来た頃合で、とびきり大きな音が響き渡った。
岩窟の入り口の、真上辺りに大きな穴が空く。
「き、きたあ」
「ひえーっ」
ナオとシーアは、慌てて階段ゴーレムの陰に隠れた。
空いた穴からは、外の光が差し込んでくる。
そこから覗くのは、神の両目だ。
それは、穴から手を突っ込み、無理矢理に広げようとしてくる。
岩窟全体がグラグラと揺れた。
「これは危ないな」
私は荷物から、棒を取り出す。
折りたたんでいたものを伸ばし、固定する。
これは本来なら、高い木の枝や、木の実を落としたり、洞窟で先を探ったり、沼や池の深さを測ったりするものである。
「即席の杖としては、こんなものだろう」
震動のタイミングを見極めながら、杖を突いて上を目指す。
やがて、最上段に到着した。
私の手が、天井に届く。
「なるほど。直に岩肌に刻まれているのか。そこに、なんらかの魔法的な力を持った塗料を流し込み、印の力を強めている」
指先でなぞると、印の周囲から真っ黒なものが取れた。
すすである。
先日、建材を乾燥するために、岩窟を窯として使用した。
その時についたもので、このすすが印に張り付いているのだ。
「神が本来の力を発揮できないのは、すすによって印の働きを妨害されていたためか。やはり、印はデリケートなものなのだな」
私は棒を伸ばし、印全体をなぞってみる。
その形を頭の中で思い描く。
「サニーが刻んだ、出来損ないの印は、全体の形は違うが一部を歪曲させることで魔力を吸収する力を得ていた。これとは、どこがどう違う?」
手乗り図書館を起動する。
サニーの印を呼び出し、そこに、岩窟に刻まれた印を重ね合わせてみる。
サニーの印は慈母神の印。
これは、戦神の印。
……ということは。
慈母神の紋章を呼び出し、参照する。
サニーが刻んだ印は、これを象徴化したものに見える。
心臓と、手のひらを組み合わせた形。
手のひらが心臓を覆うようになっている。
これに対し、サニーの印は歪み、手のひらが外に向かって広がっている。
外から心臓に向けて、魔力を呼び込む形だ。
対する戦神の紋章を呼び出す。
これは、剣と槍を握った手の形。
それに比較して、天井に描かれた印は……。
一際大きな震動が起こった。
私はバランスを崩し、落ちかける。
危うくという所で、棒を天井に突き立てて落下を免れた。
「穴が広がりました!」
「入ってきそう! もうだめえ」
女子たちの悲鳴が大きくなる。
もう少し、あと少しだけ時間があればいいのだ。
神め、少々待ってくれるつもりはないのか。
その時である。
私の祈り……というほど殊勝なものではないが、それは天に通じたのか。
神の動きが止まった。
外から、大勢の声が聞こえる。
これは天に通じたのではないな。
必然だ。
ワイルドエルフたちが、冒険者たちが駆けつけたのだ。
本来ならば人間は進入禁止であろう森。
しかし、どういうことか、エルフは冒険者が入ることを許した。
彼らが、神に向かって攻撃を仕掛けているのである。
『────!!』
神の叫び声。
巨体の動きが、鈍り始めている。
どうやら、魔力を吸い上げる置物も持ち込まれているようだ。
ありがたい。
私は手にした貴重な時間を使い、戦神の紋章と、印を確認する。
「これだ。槍を握る手の横に、外に向かって広げられた手。剣を握る手の横に、こちらに向かって突き出された手がある。手の数が多いのか。この歪みが、外に向かって突き出された手なら」
私は、腰に下げた瓶を、一つ棒にくくりつけた。
入っているのは、石から鉱石などを取り出す際に使用する、強力な酸である。
「外から魔力を招き入れる手を、崩せばいい!」
棒を大きく振り回し、印の一部に向かって叩き付けた。
瓶が割れ、中の酸が飛散する。
それは、手の形に当たる部分に付着すると、猛烈な勢いで岩を溶かし始めた。
『────!?』
神が身をよじった。
「あ、ま、魔力が! 印から出ていく魔力が、物凄く減りました!!」
ナオが叫ぶ。
私は彼女に向かって、声を張り上げた。
「狙い通りだ! この印は、森の魔力を吸い上げ、それを神に送り込む効果を持っている! 今、森の魔力を吸い上げる部分を破壊した! つまり、印は魔力を送り出すだけになるということだ。どれだけの魔力を内包している印かは分からないが、あれだけ巨大な人造神を動かすのだ。早々に、魔力は尽きる!」
『────!!』
神の叫び声が響き渡る。
それは、岩窟に寄りかかりながら、ぶるぶると震えた。
やがて、巨体の輪郭が少しずつ薄くなっていく。
「消えていく……!」
「シーア!! ジーン、ナオ! 無事か!!」
動きを鈍くさせた神の股間を通り、トーガが岩窟内に駆け込んできた。
必死の形相である。
「トーガ! 見たまえ! 人が作り出した神は、今、打倒される!」
「なにっ!? や、奴が……消えていく!」
我々の目の前で、神はゆっくりと、その形を失っていった。
大きな目が閉ざされていき、巨体はその端から、ぼろぼろと土くれになって崩れ落ちていく。
やがて、全身の崩壊が加速した。
巨体は形を成さなくなり、あっという間に、土の小山に変じていった。
それと同時に、天井の印も輝きを失ってしまったのである。
「ひ……人の神が、倒された……!」
エルフの長の声が聞こえる。
「伝説は、新たになった! 英雄もいらず、犠牲もない……!」
私は階段を下りつつ、長の声に合わせて呟いた。
「神よ。君は未知の事象であったかもしれないが、かつて残した痕跡が、君を既知の事象とした。既知であるならば、必要な情報と洞察、実験による効果の検証。これらで対応ができる。君の敗北は必然だったのだよ」




