42話 印はここだ
シーアが作り出したエルフの通り道を、全速力で駆け抜ける。
岩窟へと戻り、そこにあるであろう、神を構成している魔法陣や印を探るのである。
「先輩、急いでるのに、荷物持ちすぎじゃあ……」
すぐ後ろを走るナオの声が聞こえる。
私は、背中にはフィールドワーク用の採集道具を背負い、腰には酸の類が入った瓶、空瓶、などなど。
開拓地に戻り、急いで用意してきたものだ。
なかなか重いため、全力で走っているつもりでも速度が出ない。
「しかし、これは必要な道具なのだよ。向こうで、神の印なりを見つけ出したとしても、これに手を加えられないようでは意味が無い。考えられる限りの状況に、対応できる装備を持っていくのが最善だろう!」
採集道具を、一箇所に集めてあって良かった。
最近では使う機会が減っていたため、自室の隅に積み上げてあったのである。
それを一気に袋に詰め込み、背負ったのが今の姿だ。
「やばい、やばいやばいやばい!」
先頭を走るシーアが、ちらちらこちらを振り返りながら口走る。
「どうした?」
「後ろっ! き、気付かれた!」
「後ろ?」
走りながら振り返る。
当然、走る速度は落ちるのだが、好奇心に抗うのは難しい。
すぐ後ろで、ちょっと息を荒くしながら走るナオ。
彼女からずっと離れた所に……巨大なものが見える。
あれは、外で戦っていたはずの神だ。
それが、エルフの通り道に、何らかの手段で侵入し、追跡してくる。
「これは……わざわざ外に誘い出した意味がなくなるというものだな。だが、今岩窟に戻られることは、あれにとっては必死に追いかけてくるほど嫌なことなのだろう。我々が取ろうとしている手段は正解だぞ」
「ジーンはなんで余裕なのー!」
「せ、先輩、は、理論が実証、されると、嬉しいです、もん、ねっ」
ぜいぜい言いながら、言葉を紡ぐナオ。
苦しそうである。
彼女、体力はそれほど無いからな。
「ナオ、私の手に掴まれ。引っ張って走ろう」
「は、はいっ!」
私は、彼女の小さな手を握った。
魔族の血が混じるこの体は、ナオ一人を引っ張ったところでさしたる負担を感じない。
神に追いつかれること無く、通り道を駆け抜けるくらい造作も無かろう。
果たして、この回廊の出口はすぐに見えてきた。
周辺の光景を分析する余裕が無いのは惜しいが、今は余所見よりも大事なことがある。
飛び出したのは、岩窟の前。
「なるほど、岩窟周辺の地面が抉れている。まるで岩窟を中心にして、この辺りの土が同心円状に吹き飛んだかのようだ。即ち、神はここの土を使って構成されていると言えよう」
「なるほどです!」
「立ち止まって調査したいのはやまやまだが、今はその余裕が無い。神の撃退に注力するぞ。ナオ、メガネを!」
「はい! 詠唱省略、魔力感知!」
ナオが、メガネ型アーティファクトを起動し、同時に魔力感知の魔法を使用する。
「外は……表から見ると反応なしです」
「そうか。ではぐるりと回ってみるか」
「二人とも、なんで落ち着いてるわけ!? ああ、なんかやってくるよ! あいつ、自分で通り道を作ってくる!」
我々の背後で、木々が裂けるような音が響き始める。
巨大なものが、出現しようとしているのだ。
「シーア、落ち着きたまえ。こういう時、焦れば焦るほど失敗し、むしろ時間がかかるものだ。緊急時ほど落ち着き、日常の動作を思い出しながら間違いが無いよう行動すべきなのだ」
「分かるけど! なんでこんな大変な時に実行できるの!?」
「先輩はそういう人ですからねえ」
我々は小走りになり、岩窟へと向かった。
ついに、背後では神が姿を現す。
それはシーアだけではなく、我々全員を見て、その目を見開いた。
『────!!』
吠える。
だが、構ったことではない。
神が何らかの攻撃をしてこないかだけを注意し、私は二人を連れて岩窟の裏側に移動した。
ナオの目は、魔力感知を起動し続けている。
そのため、強い魔力に覆われている神を直視すると、目を痛めてしまう可能性があった。
背後を気にする目の役割は、私が果たせばいい。
「どうだ、ナオ。この辺りの岸壁に、壁画が描かれているのだが」
「あ、はい。微弱な魔力は感じます。だけど、これは印に関係してないと思います。多分、壁画を保存する魔法が掛かってるんじゃないでしょうか」
「そうか。では、残る可能性は一つだな。岩窟の中だ」
私の言葉を聞いて、シーアが悲鳴を上げた。
「あいつが迫ってきているっていうのに、正気!?」
「私は常に正気だ」
「先輩の正気は、だいたいいっつもボーダーラインですよね」
「うむ。狂気との境界線はしっかり理解している。そこを踏み越えなければいいのだよ。そう難しくはない」
「頭おかしい……」
失敬な。
そうこうしている間にも、神が岩窟をぐるりと巡ってきた。
我々を見据えて、その口から炎をちらつかせる。
だが、既に炎を吐くタイミングは覚えている。
口を開き、魔力を束ね、姿勢を正してから炎を吐く。
三つのステップを経過する前に、神の正面から軸をずらせば炎は当たらない。
「二人とも、岩窟の周囲を回るぞ。神は炎を吐きかける時、動きが緩慢になる」
ナオの手を引っ張り、シーアの背中を押し、神の視界から外れるよう移動する。
その直後に、炎が我々の背後を駆け抜けていった。
「ひいーっ! なんだか炎の勢いが増してるし!」
「明確な殺意を感じるな。だが、今までが手加減だったわけではないだろう」
私は岩陰から、神を覗いた。
その口周りが、黒く焦げ、崩壊しかけている。
「自身の保護を後回しにし、我々の排除に全力を使っているのだ。つまり、私たちの行動は彼に焦りを与えるものだと考えていい。いいぞ、私は正解に向かっている」
神が再び動き出す。
さあ、追いつかれる前に、岩窟の中に飛び込むのだ。
岩山の形をしたこの寺院は、小さな城ほどの大きさがある。
周囲を走るだけで、ちょっとした運動だ。
いよいよナオの息が切れてきたところで、入り口に到達した。
これで、寺院をぐるりと一周したことになる。
「どうだ、ナオ」
「は、はいっ。中から、魔力の光を感じます! 前はこんなことなかったのに……」
「外部からの儀式で、魔力を注ぎ込まれたためだろう。活性化しない限り、印は魔力を発しないのかもしれない」
入り口から、岩窟の中に入る。
周囲は、建材を乾燥させた時に発生した煤で汚れている。
そんな周囲には目もくれず、ナオは岩窟の中心まで歩いた。
そして、視線を天井に向ける。
「あそこです……!」
私もまた、天井を見上げた。
魔力感知を使っていなくても分かる。
それは、ぼんやりと光り輝く、巨大な印だったのだ。




