22話 話のわかるロネス男爵
事前の連絡はしていなかったのだが、ロネス男爵の屋敷にやってくると、門番がすぐさま我々を出迎えてくれた。
男爵は、黒髪を後ろに撫で付けた口ひげの男で、おそらく年齢は壮年に差し掛かったあたりか。
この顔、私が騎士の叙爵を受けた際に、居並んだ貴族たちの中にいた気がする。
男爵の横には、ホムンクルスであるナオよりも、遥かに作り物めいた無表情の、メイドらしき女が立っている。
彼女の顔には、ナオのものに似た眼鏡がつけられていた。
「やあやあ、ビブリオス騎士爵! 魔境スピーシ大森林の開拓に出掛け、よもや生きて帰ってきた貴君と相見えられるとは! このロネス、驚きとともに喜びを噛み締めているよ」
「それはそれは。ところで、何故、驚きが先で喜びが後なのですかな?」
「それ言っちゃいます先輩!?」
細かい所だが、私には気になるのだ。
するとロネス男爵は笑った。
「実はな、我らの間で、貴君が森林の開拓に成功するか否かを賭けているのだ。バウスフィールド伯爵家とその一派は、皆、貴君が死ぬ方に賭けている。かく言うこのおれは、体制には面従腹背する主義でね。貴君の生存に領地の一部を賭けていたというわけだ」
「ほう……。私の生死で賭博を……? 面白くはありませんな」
「いやいや! 済まん済まん! だが、貴君はこうして戻ってきた! おれは伯爵一派から、少なからぬ領地を削り取ることができる。勢力を増したバウスフィールド伯爵家に辟易していたが、ようやく息が継げるというものよ」
「そのような権力争いにかまけているから、男爵の配下である兵は、勝手な金策に走るのではありませんか?」
私は手乗り図書館を呼び出した。
手のひらの上で輝く白い建造物に、男爵の目が丸くなる。
「それが噂の、手乗り図書館か! なんとまあ、美しいものだ」
美しいばかりではない。
私は図書館に記録した、賄賂を要求してきた兵士たちの映像を展開する。
これを見て、ロネス男爵は口をぽかんと開き、次いで、げらげらと笑い出した。
「いやあ、これは参った! 遠くの光景を映し出しているのではないな? 過去の光景を記録したのか。ほう、映像という? なるほど、これをもしも陛下に見られては、おれの立場が危うくなる! 多少の賄賂要求は好きにさせていたが、女を売り払うなどというのは論外だ」
「そうですよー! わたしは大ピンチだったんですから!」
「そちらのお嬢さんが、噂のホムンクルスの賢者かね? まるで人間だ! いやいや、失礼した! お嬢さんの身に危険が降りかかったのは、このロネス男爵の不徳が成す所! 詫びの代わりと言ってはなんだが、後で我が領を自由に通過できる通行証を発行しよう!」
「感謝します。そしてこちらは、我が開拓地と領土を隣接するロネス男爵への挨拶として持ってきたものです」
ネガティブなものをちらつかせ、向こうの譲歩を引き出した。
だが、私が知らぬところで行なわれていた賭けのお陰で、男爵が私に抱く印象は良いものになっていたようだ。
これは、男爵と交友を得られる可能性がある。
私が差し出したのは、兵士達に手渡そうとした袋と同じもの。
マルコシアスのフンが入った皮袋である。
これは、男爵の代わりに、メイドらしき女が受け取った。
そして中を覗き込む。
彼女が身につけている眼鏡がきらりと輝いた。
魔法の品か。
「先輩、あれ、私の眼鏡をちょっと単純にした構造のアーティファクトですね。常時魔力感知みたいな」
「なるほど。であれば、贈り物の価値にはすぐに気付くだろう」
私の予想通り。
メイドは目を見開き、驚きの声を上げた。
「ご主人様! こちらは、強い魔力を宿したなんらかの粉末です……! 純粋な魔力のみを結晶化したような……。これがあれば、魔法陣の作成、アーティファクトの作成、魔法の補助などに多大な助けとなるでしょう!」
「価値があるものか?」
「十倍の重さの金貨ほどかと」
「ほう!! 貴君、いやジーン殿! これは一体……?」
「我が開拓地の名産品です。ごく少量しか採れぬ、魔力結晶の粉ですが、今回は特別に、ロネス男爵への贈り物として持ってきたのです」
「おほー! これは素晴らしい! いや、よいものだ! どれ」
粉を指先に取り、ペロッと舐める男爵。
「あっ!!」
ナオが驚いて飛び上がりかけたので、肩を掴んで押さえておく。
マルコシアスのフンを舐めたくらいで驚くのではない。
「で、でも先輩ー! あれってマルコシアスのフ」
「静かにしたまえナオ」
私の指先が、ナオの脇腹をつつく。
「ふひゃっ」
くすぐったさに、ナオが身をよじった。
しばらくこれで、意味のある言葉を口にできまい。
「なるほど、ジーン殿のお気持ちはよく分かった! おれもバウスフィールド伯爵家は気に入らぬ身。貴君と利害が一致するであろう。これより、陛下へ開拓の進捗を報告に行くのであろう? 俺が貴君を守ると約束しよう! ……その代わり、な」
「ええ。これらの名産品を、ロネス男爵家へと輸出することをお約束しましょう」
「ありがたい!」
私と男爵は、固く握手を交わしたのだった。
△△△
本日の宿である、男爵家の客室。
トーガとシーアは、高級な椅子に腰掛けて首をかしげていた。
「これ、体が沈みこむよ。気持ち悪い」
「椅子は硬くなければダメだろう。なんだこれは。すぐに立ち上がり、戦うことができないじゃないか」
そのようなことを言っていた彼ら。
私が戻ってくると、すぐさま立ち上がった。
「戻ったかジーン! その様子では、男爵とやらは手懐けられたようだな」
「手懐けたとは人聞きが悪い。ロネス男爵という人間は、利に敏い。私が利益をもたらす存在であると示せば、必ずこうなることは自明の理だった。もっとも、私が知らないところで、彼からの印象が良くなっていたようだったが」
「聞いて聞いてシーア! あのね、ロネス男爵がね、マルコシアスのフンをペロッと」
「えーっ!? 魔狼のフンを!? お、お腹こわすーっ!!」
「もうもう、思い出したら笑えてきて……ぷくくーっ!!」
我が一行の女子二名が、高級絨毯の上で笑い転げ始めた。
何を笑うことがある。
「二人とも。乾燥して粉末化したマルコシアスのフンに、体調を崩す作用がある悪素の類は入っていないことは確認している。マルコシアスのフンは食べてもいいのだよ」
私が詳しく説明したが、女子たちの笑いは一層激しくなり、しばらく止むことは無いのだった。




