20話 王都へ
開拓地が様になったところで、王都への報告に向かうこととする。
馬のゴンドワナが引く荷馬車に、最低限の提出用資材。
私とナオ、ワイルドエルフの兄妹。
そしてマルコシアス。
この悪魔は何か興が乗ったようで、馬車を引くと言い出した。
なので、荷馬と翼がある狼が並んで馬車を引っ張っている。
ゴンドワナは、これで負担がだいぶ軽減されたらしく、ごきげんだ。
馬と悪魔も妙に仲が良いのだ。
ゴンドワナが寝ている時、よくマルコシアスを毛布代わりにしているからだろうか。
「向こうについたら、ゴンドワナのお嫁さんが欲しいですね」
「ああ、そうだな。馬はもう一頭いたほうが何かと都合がいい。報告がてら、国王から追加の資金をもらえるよう要請しよう」
ナオの提案に賛成する。
スピーシ大森林は遥か後方。
まる一日で、セントロー王国は北の国境まで到着した。
国境線には木造の柵が続いており、見張り塔が点々としている。
これらは、大森林から溢れ出すモンスターに備えて作られているのだ。
だが、ここ数十年の間は、たまにはぐれモンスターが出てくるくらいで、国境線に詰める兵士が総出になるような出来事は起きていない。
故に、兵士たちは悠々としたものだ。
我々の馬車が近づくと、兵士たちがぞろぞろ集まってきた。
警戒のためではない。
物珍しいからだ。
「おお、モンスターが馬車を引いてる」
「あんた、大森林を開拓に行ったジーンさんだろう? よく生きて戻ってきたなあ」
私は彼らに挨拶をすると、国境を越える許可を申請した。
幸い、彼らの中に行きで私の出国を担当した者がいたようだ。
手続きはすぐに済んだ。
念のため、マルコシアスの安全性についてだけ尋ねられる。
「このモンスターは大人しいのかい? いや、俺たちが周りにいるのに、のんびりして見えるから安全だとは思うんだけどさ」
「うむ。こちらから仕掛けない限り、かの狼は静かなものだ。馬と並んで仲良くしているだろう?」
それを聞いて、兵士たちは納得したようだった。
ゴンドワナが怯えていないのだ。
つまり、馬を食わないモンスターなのだと、彼らは判断した。
「これから国に報告かい? お疲れ様。あんたが戻ってこれるってことは、大森林もそう危険じゃないのかもなあ」
兵士の感想には、私は曖昧に頷くだけにした。
荷馬車の後ろで、不機嫌そうにトーガが唸っている。
人間の言葉は分からないが、たくさんの人に囲まれているのが気に入らないらしい。
シーアはきょろきょろとして不安げだ。
ワイルドエルフと言えど、彼らは顔に独特の化粧をしなければ、見た目は少したくましいエルフに過ぎない。
セントロー王国において、エルフは数こそ多くはないが、珍しくはない存在だ。
兵士たちは、まさかこの兄妹がスピーシ大森林の原住民だとは思ってもいなかった。
「じゃあな、王国に入ってしまえば安全だ! 山賊の類はこの間の大討伐でほとんどいなくなったし、モンスターだって出てこない。ゆったり旅を楽しむといいよ」
「それとな、俺たちはまあ、辺境に左遷された兵士だ。色々諦めてるから賄賂なんて要求しないがな。内に入ったら、不良連中もまだまだいるって話だ。そこのモンスターに難癖つけられるかも知れないぜ」
「忠告ありがとう。気をつけるとするよ」
我々は国境線の兵士に別れを告げる。
辺境勤務の兵士たちは、のんびりとしたものだった。
煩わしい、人と人との競争に晒されなければ、人間というものは穏やかになるものだ。
逆に、王都に近づくほど、人の性質は刺々しいものに変わっていくことになる。
賢者の塔ですら、権力や勢力争い、派閥争いが絶えなかったのだ。
「やれやれ。王都に近づくにつれて、ため息が出てくるな。またあの面倒な人間関係の中に身を置くのか」
「先輩、派閥に入ってませんでしたもんねえ。でも、そのおかげであちこちの研究会に顔を出せたんですけど」
「ああ。手乗り図書館とナオのおかげもあるな」
「ジーン。あの人間どもは何を言っていたのだ? 我ら試練の民を嘲っていたのではあるまいな?」
「いや、そんなことはない。のんびりとしたものだよ。だが、ここから先に住んでいる人間は、君の言ったとおりになるかも知れないな。とにかく、差別がひどくてね。そうだ。道すがら、君たちにセントロー王国で使われている言語を教えよう」
「俺は人間が使う言葉など知らなくていい」
「それは良くない。トーガが人を嫌っていることはよく知っている。だが、だからこそ人間の言語は理解しておくべきだ。そうした方が、たとえ人間と敵対することになったとしても、彼らが何を考え、何をしようとしているのかを理解する手助けとなる」
「むっ……。確かにそうかも知れん……」
「そうだね。私たちに教えて、ジーン。言葉が分からないと、色々不便だもの」
というわけで、王都到着までのおよそ二週間、ナオが国の町並みを紹介し、私が人間語を講義することになった。
ワイルドエルフの二人は、驚くほどの言語能力を見せた。
ほんの数日で、基本的な挨拶や日常的な会話に用いられる単語を記憶し、その翌日には使いこなせるようになったのだ。
「精霊に物を言い聞かせるよりは容易い」
とはトーガの弁である。
エルフの頭の回転が、そもそも人間よりも速いのであろう。
彼らは人よりも長寿であるがゆえ、物事に対して真剣に取り組むことが少ない。
そのため、年齢に比して知識や技術が大したことがない者が多いのだ。
だが、それはエルフに能力が無いわけではない。
「本気になったエルフは凄いですね……」
しみじみとナオは言う。
私も同感だ。
それに、私は人に物を教えるのも好きなのだ。
教え甲斐がある生徒がいるというのは、楽しいぞ。




