18話 労使交渉
確認の結果、冒険者たちを雇ったのは我が生家、バウスフィールド伯爵家であることが明らかになった。
私を賢者の塔からも追放しておいて、なおも何かを企んでいるのだろうか。
現当主クレイグには、こちらももはや守るばかりではいられまい。
「開拓の成果を記録し、早急に報告に向かう必要があるか……」
私は心算した。
ワイルドエルフの諸氏に迷惑を掛けるわけにはいかないだろう。
だが、私が開拓を行なううえで、彼らの協力が不可欠であったことは間違いない。
トーガとシーアの兄妹を説得し、ともに来てもらう必要があろう。
そしてマルコシアス。
彼は、賢者の塔に対する強力な切り札となる。
ナオを向こうに渡さぬためにも、マルコシアスを活用させてもらわねば。
「ただいまです!」
元気なナオの声がした。
いつの間にか、開拓地の入り口に彼女が立っている。
案内をしていたシーアも一緒だ。
「あと三日くらいで乾燥は終わる感じですね。そうしたら、乾燥したゴーレムに歩かせて、こっちで家にしちゃいましょう。設計図ももう作っててですね……先輩?」
「うむ。家を作り、開拓地が一応の形を成したら、一旦王都に報告に向かうぞ」
「報告に……! ついにですね!」
彼女は目の前で、ぐっと両拳を握った。
やる気満々である。
実に頼もしい。
「ところで先輩。人が増えてるみたいですけど」
「ああ。彼らは、私の状況を探りに伯爵家がよこした冒険者だ。クレイグめ、よほど私の状況が気になると見える。このままでは、暗殺者が差し向けられるのも遠くはあるまい」
「なるほどー。それで、先輩は急いで報告に行くことにしたんですね」
「そういうことだ。我々が上げた成果は、これまで入植不可能と思われていたスピーシ大森林に、仮とは言え入植地を作ったこと。そして、ワイルドエルフと協力体制になることができたことだ。ただし、彼らは人間と馴れ合うつもりがない」
すぐ横まで来ていたトーガが、頷く。
「ああ。森に踏み込んだ人間は殺す」
背後でそれを聞いていた冒険者たちが震え上がった。
「故に、だ。亜人を中心として開拓地を作っていくことになるだろう。森の管理者でもあるワイルドエルフをないがしろにはできないし、それは開拓地の死活問題となる。彼らを刺激しない住民は、自然と亜人に絞られるということだ」
私は冒険者たちの中で、ドワーフとハーフエルフに目を向けた。
ドワーフは何か考え込んでいる。
ハーフエルフは、ぷいっとそっぽを向いた。
「先輩、あの子に何かしたんです? 嫌われてます?」
「ちょっと彼女の事情を暴いただけだ。何も悪いことはしていない」
「してるしてる」
とは、シーアの言葉。
「ナオ。あなたの先輩、他人の心があまり分かってないでしょ」
「そうですね。先輩が大事なのは、真実とかそういうのなんで! かくいうわたしもホムンクルスなので、人の気持ちとかあんまり分かんないんですけど!」
「ナオはまだ生まれてから年月が経ってないんでしょ? ジーンはいい年してちょっとねえ……」
「なんだ君たち。私のスタンスに何か文句があるのかね」
私が問うと、シーアは半笑いになった。
「今更、お前については何も言うまい。これからのことを考えるとしよう。まずはここに転がした、冒険者とやらだがどうする? 里に連れていくこともできるが、人間どもは殺すことになるぞ」
「それは色々とまずいだろう。君たちが本格的に、王都と敵対関係になってしまう」
「人間どもなど、相手にしたところで負ける気はないがな。だが、無用な争いを呼び込むのは我ら試練の民の本意ではない。だからな」
トーガが目配せをする。
そこには、ほぼ完成した畑がある。
後はここに種を植えたり、あぜ道を作ったりするだけだ。
「なるほど。彼らに手伝わせろということか」
「無駄飯喰らいを置いておく余裕などあるまい?」
確かにその通りである。
私は冒険者たちと交渉することにした。
「諸君。我々はこうして、君たちを拘束している。あと三日から四日の後には王都に向かうため、その頃には解放できることだろう。だが、その間、君たちを養う義理は私にはない。そして、君たちが労働力を提供してくれれば、その間の食料を提供することにやぶさかではない。どうだね?」
「どうして私たちがお前を手伝わないといけないんだ!!」
噛み付いてきたのは、ハーフエルフの女だった。
だが、人間の戦士とドワーフは、大人しいものだ。
「その提案に乗らせてもらっていいか? 任務失敗しましたで戻ったら、それはそれで具合が悪くてな。それに、俺らは懐に余裕がない」
人間の戦士が、愛想笑いのようなものを見せる。
「そうか、君たちパーティは困窮していたわけか……。それで、危険なスピーシ大森林まで行くという仕事を受けざるを得なかったと」
「その通りだ。でかい仕事で失敗してな。おかげでからっけつだ」
「良かろう。では、労働を提供してもらう報酬として、マルコシアスのフンを君たちにやろう」
「へ?」
人間の戦士が、一瞬呆ける。
だが、これに興奮したのは魔法使いだった。
「なんだって!? あの魔力の塊をか! すごい! これはすごいぞマスタング!」
「何がだビートル? 化物狼のうんこだぞ?」
「いやいや。あのフンは、乾燥させるだけで魔力を媒介する上質な魔道具となる! 魔力を載せてよし、魔法陣を描いてよし、他の魔道具にふりかければ、一時的に効果をアップできるだろう! 店に売れば、かなりの金額になるぞ……!」
「なんだと……!?」
「おお……モンスターのフンにわたくしたちの命運は掛かっているのですね……」
冒険者の女神官が嘆いている。
私は彼らを見回すと、問うた。
「どうするかね? マルコシアスのフンを報酬として、諸君は開拓地での作業に三日間従事する。受けるのか、受けないのか」
「引き受けさせてもらうぜ」
冒険者を代表して、人間の戦士マスタングが答えた。
契約成立である。
我が開拓地は、労働力を手に入れたのだ。