BKブックス一周年SS 麦を育てる話
オマケ小説を発掘したのですよ!
私はジーン。
ビブリオス騎士爵領を治める騎士だ。
もとは賢者でもあり、その時の知識と経験を生かして開拓業務を行なっている。
さて、今日の業務は……。
「先輩、エルフ麦が豊作ですよ!」
刈られた麦束を持って、ピンク色の髪にメガネの少女が走ってくる。
彼女は私の家臣である、ホムンクルスのナオ。
ある事情から、私とはそれなりに長い付き合いである。
「ほう、また育ったか。救荒作物のようなものだが、本当によくとれる」
「でも、やっぱり普通の麦はダメでした。スピーシ大森林だと、お芋以外はこの森の作物しか育たないみたいですねえ」
ナオが難しい顔をしている。
そう、我々はスピーシ大森林という、王国の果てにある辺境を開拓しているのだ。
大森林は、魔力に満ちており、ただの森とは勝手が違う。
独自の植物が繁茂し、その土は人間が品種改良した作物を拒むのだ。
「でも先輩、エルフ麦は食べられるくらいまで育ちましたけど、まちまちですね。背が高いのとか、実が少ないのとか……。わたしが知っている麦みたいに、一斉に育ってたくさん実るんじゃないんですよね」
「野生のままの植物だからな。めいめい、自分のリズムで実りを作るのは、エルフ麦なりの生存戦略なのさ」
ナオから麦束を受け取ると、私は脱穀作業に入った。
開拓地はまだまだ人が少ない。
脱穀一つにしても、領主である私も行わねばならないのだ。
だが、こういった地道な作業は嫌いではない。
「先輩、私もやります!」
ナオが私の横に並んだ。
用いる道具は、千歯扱き。
大型の櫛のようなもので、ここに麦を通して引く。
すると、麦穂がばらばらと落ちるのだ。
「ナオ、残った麦を落としてくれ」
「はーい!」
彼女が振り上げるのは、二本の棒を直角に固定したもの。
唐竿と言い、これで実が残った麦を叩いて残りを脱穀するのだ。
「せーの!」
ナオが麦を叩く音がする。
比較的非力な彼女だが、この程度の道具なら扱える。
「エルフ麦は実の量が少ないから、すぐに取れちゃいますね」
「ああ。だが、それだけ可食部が少ないということだよ。人数分の食料を確保するには、気の遠くなるほどこの作業を続けなければならない」
「大変!」
「この大変なのを、いつもは開拓地の仲間たちがやってくれているんだぞ」
「頭が上がりません! でも、この単純作業ならゴーレムを使えばいいのでは?」
ナオの提案に、私は頷いた。
「使える道具は使う。良い提案だ。ストーンゴーレムでは動きが雑すぎる。ウッドゴーレムは素材がない。ならば……」
「クレイゴーレムですね! “ゴーレムよ、汝に命を与える”」
彼女はポケットから陶器の人形を取り出した。
呪文とともに放り投げると、それは陶器のゴーレムとなって降り立った。
「ゴーレム、千歯扱きでここにあるだけの麦を脱穀してください!」
ゴーレムは忠実な労働力だ。
彼は無言で、命令された作業に取り掛かる。
さて、我々が手持ち無沙汰になってしまった。
ここでナオが、質問をしてくる。
「さっき先輩が、生存戦略って言ってましたけど、どういうことですか?」
「エルフ麦の話だね。彼らは、背の高さもまちまち、実るタイミングだって違う。ナオは普通の麦にするように、まとめて刈ってきたようだが……見てみたまえ」
私は麦穂の一本を手に取った。
それはまだ短く、ほとんど穂先に麦が実っていない。
「これは遅れて実りを迎えるタイプだったようだ。あるいは、こちらだ」
今度は、麦がたわわに実っている。
王国の畑で見る麦よりは少なくとも、エルフ麦として見ればかなりの可食部を確保できよう。
「理想的な実りだ。では、同時に種を撒いたはずのこれらに、どうしてこのようなタイミングのズレがあるのか」
「はい! 小麦は一斉なのに、エルフ麦は違ってて不思議です!」
「うむ。では一斉に実って、そこを鳥などの獣に襲われては大変ではないかね? あるいは、同じ背の高さであれば、草を食べる動物によって穂が成る部分はみな食べられてしまうだろう」
「ふむふむ……あっ、そういうことだったんですか!」
ナオが理解したようだ。
私は彼女に、答えを聞いてみる。
「さあ、賢者見習いにしてビブリオス騎士爵領一の家臣、ナオ。君の答えは何かな?」
「はい! 実りのタイミングを早めたり、遅らせたりするのがまちまちであることで、どれかの麦が子孫を残せる可能性が上がります! あと、背が低い麦は草食動物が来た時、見逃される可能性があります。背が高いと……陽の光をたくさん受けやすい?」
「そういうことだ。エルフ麦は、多様性を有した植物だ。まだまだ作物ではない、野生の植物なんだね。彼らがめいめいばらばらに育ち、実ることには、ちゃんと意味があるんだ」
「ほえー」
ナオが感心している。
多様性を有していればこそ、一網打尽になりづらい。
似たようなものばかりだと、例えば一斉に病気にかかってしまうこともあるのだ。
エルフ麦はその個性によって、病気に強いもの、あるいは環境変化に強いものなどに分かれるのだろう。
かくして、彼らは生き残ってきた。
「まあ、それが故の麦の量の少なさなのだが……。効率性と、植物自体の生存性。これは交換条件なのだよ。悩ましいところだ」
小麦を実らせる研究は進めている。
ある一定の成果は出てきたところだが、大量の実りを得られるまでは、まだまだかかるだろう。
それまでの間、我が開拓地は、まだまだこの気まぐれなエルフ麦に頼る他なさそうだ。
「そっかー。色々なのがいて、だから強いんですね。まるでうちの開拓地みたいです。ほら、先輩は魔族とのハーフで、わたしはホムンクルスで」
「ワイルドエルフの兄妹に、人間の冒険者、ハーフエルフとドワーフ、そして質問に答える悪魔か。なるほど、我々はエルフ麦によく似ているな」
思わず笑ってしまう私なのだった。




