エピローグ、あるいは新しい明日のために
その後の話をしよう。
核であるアバドンを倒された蝗の群れは、ただの蝗害となった。
それだけでも、かなりの脅威ではある。
だが、あらかじめ我が開拓地が講じていた対策が功を奏した。
蝗害は恐ろしいが、備えが無いところに発生するから被害が拡大するのである。
あらかじめ、ある程度の被害を想定し、それを許容した上で必要な作物を守るように動けば致命的な結果にはなり辛い。
開拓地からの勧告を無視した地域を除けば、だが。
結果的に、王国は蝗害に蹂躙されかかったがそれを凌ぐことができた。
蝗たちは王国を通り抜け、国を取り巻くスピーシ大森林へと向かっていった。
それで終わりだ。
アバドンではないただの蝗が、大森林に抗えるはずもない。
こうして、王国を襲った最大の危機は終わりを告げた。
「先輩、建国以来一度もなかったアバドンが、どうしてやって来たんでしょうか」
私の横には、眠るディーンを抱っこしたナオがいる。
今回の事件で、本人も与り知らぬうちにちょっとした功労者になった、地竜の赤ちゃん。
昼間はナオや開拓地の子供たちと遊び、今は疲れて熟睡している。
彼の唾液やら排泄物を、亜竜の牙と合わせることで、強化したドラゴントゥースゴーレムが私の命を救った。
ナオの判断もバッチリだった。
あれは素晴らしい連携だった。
「もう、先輩! すぐに自分の考えに浸っちゃうんですからー」
「あっ、ナオ、脇腹をつついてはいけない。くすぐったい」
私はくすぐったがりなのである。
ひとしきりナオにくすぐられて、大ダメージを受けた私である。
いかん、彼女は私の弱点を知り尽くしている。
「君の質問に答えよう」
「あっ、マルコシアスの真似ですね! 似てます!」
「真似じゃないんだが……。アバドンは、人の恨みの気持ちに引き寄せられることがあると言われている。だから、大きな戦争があった後などによく発生し、戦いで疲弊した国を追い打ちして滅ぼしたりしていたようだ。このところずっと、世界は平和だ。どこかで大きな戦争があったという話も無いし、シサイド王国とのやり取りも小競り合いで終了した」
「ふむむ、不思議ですねえ」
「一部には、毒を飲んで自殺した義母カーリーの怨念が呼び寄せたという説もあるようだが、個人の恨みがそこまでの力を発揮するとは思えないね。同様に、それらしい理由を並べてみても、どれもアバドンを呼び寄せるほどの負の感情が生まれる原因とはなりえない」
「……ということは?」
「何も分からない、ということさ。少なくとも、今我々に用意されたカードでは、アバドン襲来の理由を説明することはできない。だが、のちの時代の人々ならばできるようになっているかも知れない」
「なるほどー。だから先輩は、今回の事件のことを書き留めているんですね」
「そういうことだね」
私は今、執務机に向かって書き物をしている。
これまで、知識を得て、それを実地で試してきた私である。
それによって本には書かれていない知見を多く得ることができた。
「恩返しみたいなものかな」
「恩返しですか、なるほどー。先輩がたくさん本を読んできて、それで本を書いて、今度は先輩の本をたくさんの人が読むんですね」
「そうあってくれると嬉しいね。知識とは、そこで終わるものではない。常に更新されて、そして受け継がれていくものだ。私が得てきた知識は、私の体験と合わさることによって生まれ変わり……また後の時代の誰かを助けるかも知れない」
この本の完成にはどれほどかかるだろうか?
大きくなっていく開拓地を運営しながらの執筆である。
恐らくは……年単位で掛かるかも知れない。
だが、やりがいのある仕事だ。
ナオはしばらくの間、執筆する私の姿をじっと見つめていた。
やがて、こっくりこっくりと船を漕ぐようになる。
「先に寝室で眠ってはどうかね?」
「いーえ。今日は先輩と一緒に寝るって決めてるんです。だから待ちます」
「そうか……」
私はペンを置くと、伸びをした。
外はもう真っ暗である。
深夜に差し掛かろうとしているだろうか。
燃料が貴重な開拓地では、暗くなれば皆、すぐに寝てしまう。
私はすべての仕事が終わるこの時間のみ、自由になれる。
だからこそこの時間を執筆に当てていたのだが……。
「よし、では寝るとしようか」
「いいんですか?」
「君に無理をさせるわけにはいかないだろう? 私だって、人の心というものがある」
「あはは」
ナオが笑った。
そして、私の手を取る。
「じゃあ、お言葉にあまえちゃいます!」
存分に甘えてくれたまえ。
筆が乗っていたところだったが、執筆はいつでもできる。
知識は私の中にあり、経験は私とともにある。
私があり続ける限り、本はいつでも書いてくことができるのだ。
今は、今という時間を大切にすることにしよう。
「そう言えば先輩」
「なんだね」
「本の名前は決まってるんですか? 図書館にある本って、みんな題名があるじゃないですか」
「ふむ」
私はそう言われて、考え込んだ。
内容のことで頭がいっぱいで、題名まで気が回っていなかった。
さて、何という題名にしたものか。
これまでの私の経験を書き綴ってきたものだから、生物学でも亜人たちに関する本でも、ましてや大森林や地下世界だけの話でもない。
あえて言うなれば……。
私はナオに、その名を囁いた。
「あ、なんか先輩っぽいです」
すると、ナオが笑った。
私も笑う。
本当にその題名にするかどうかは、ともかく。
今日はもう寝てしまおう。
新しい明日を迎えるために。
「おっと、一応メモだけはしていこうか」
私はペンを取ると、本の表にさらさらと書きつけた。
「先輩、この言葉はどういう意味なんですか?」
「そうだね、古代の言葉で、ありえないほどの結果を出す……というような意味があるようだよ」
「なるほどー!」
そして、私たちは寝室へと向かう。
後には、閉じられた本が一冊。
表紙にはこう記してある。
『追放賢者ジーンの、知識チート開拓記』
おわり




