163話 こんなこともあろうかと
勝てると言っても、冷静に考えて私やナオ、トラボー、ウニス、ガーシュインは頭脳労働専門である。
真っ向からやりあえるわけがない。
「じゃあトーガ、エルフの諸君、我々が対策を打つまで頼む」
「おう、任せておけ! マルコシアスの同類なんだろう? 足止めくらいはやってやるさ」
トーガは私にそう答え、精霊の力をその身に纏った。
エルフたちが魔力を集め、精霊魔法を使用していく。
襲いかかってくるアバドン本体だが、次々と叩きつける風や砂の魔法を受けて、こちらまでなかなかたどり着けないようだ。
「よし、諸君、対策を練るぞ。色々持ってきていると思うが、それらをぶつけてアバドン本体の性質を掴もう。マルコシアスが勝てると断言したのだから、どこかに攻略の糸口があるはずだ」
「参りましたね。アドリブで対応しないといけないなんて。僕ら賢者は事前に準備してプレゼンを行っていくものじゃないですか。いや、僕は割とアドリブで講義しますけど」
「俺もアドリブだな」
「師匠はあんまりレジュメ用意しないですもんねー。先輩も原稿用意しないで、最初は強く当たってあとは流れでやるじゃないですか」
「そう言えば。我々はみんなアドリブ派であったか」
これは驚きだ。
意外な結果に、賢者四名が笑い合う。
「おいジーン! 早くしろ! 腐っても悪魔だ、こっちは長くは持たんぞ!!」
トーガが怒った。
いかんいかん。
「ひとまず、我輩が対応しよう。シャドウストーカー!」
ガーシュインがポケットから、一掴みの砂を取り出す。
それを地面に振りまくと、影のような姿の暗殺者が出現した。
以前に見たものとは違い、これは翼が生えている。
「使う機会もないと思っていたのだが、改造してみたのだ。行け!」
飛び上がるシャドウストーカー。
ガーシュインも気合が入っている。
これがもうすぐ父親になる男の姿なのだ。
精霊魔法を避けるように大回りしたシャドウストーカーは、アバドンと正面からぶつかりあった。
アバドンは大顎で噛み砕こうとする。
しかし、砂が本体であるシャドウストーカーに物理的な攻撃は効きはしない。
「こちらも大して持たんだろうな」
ガーシュインは、アバドンの様子を見ながらそう分析する。
悪魔はすぐに、相手が実体を持たないことに気づき、攻撃方法を物理的なものから魔法へと切り替える。
一見して動物的な反射行動で動いているように見える悪魔アバドンだが、だからこそ、様々なパターンに対応できる最適な攻撃方法を選択してくるのだ。
アバドンの口から砂のブレスが吐き出される。
それがシャドウストーカーを直撃し、実体なき暗殺者は悲鳴もなく砕け散ってしまった。
「我輩のはこれで終わりだ。戦神の用意でいっぱいいっぱいだったからな。任せたぞ」
それだけ言って、ガーシュインは下がっていく。
私の肩を、ちょっと強めに叩いてきた。
「任せたぞ」
「ああ、任されたよ。君だけではない、私とて、ここで終われぬ理由があるからね」
横では、トラボーとウニスが不思議な魔道具を起動させている。
バラバラだった部品がひとりでに組み上がり、大型の弩弓となる。
弩弓には腕がついており、これで自ら弾丸を発射するようだ。
弾は……何やら液体が詰まった瓶である。
「それは何だね?」
「おう、俺がこのゴッドシューターゴーレムを改良してな。ウニス殿が精霊魔法の力を水に封じ込めたものを使う。魔法ならば、あの悪魔めが感づいて魔力をぶつけて散らすのかもな。だが、それが物体ならばそうは行くまい」
「精霊魔法(物理)というわけですよ。幸い、エルフたちに習った交渉術で、精霊たちも小瓶に入ることを快諾してくれましたから」
「精霊を小瓶に詰め込んでいつでも効果を及ぼせるというのは、何気に大発見なのでは……?」
「あっ、そうかも知れませんね」
ウニスは笑いながら、小瓶を設置した。
ゴッドシューターゴーレムは、弦に接続された巻取り機を回し、狙いを定める。
照準までを自ら行う機能を、トラボーは与えたらしい。
「……」
トラボーはじっと見ている。
全て、このゴーレムを設置した時点で彼のやれることは終わっている。
後は、発明品を信じるだけであろう。
正しい錬金術師、そして賢者のあり方である。
準備が十割である。
果たして、射出された小瓶はアバドンへと到達した。
エルフたちが精霊魔法で、悪魔の動きを封じてくれているお蔭だ。
瓶が砕け散り、アバドンに直接液体が降り掛かった。
すると、液体から風が発生し、蝗の悪魔を襲う。
悪魔は悲鳴を上げ、激しく羽ばたいた。
「まずい!! ヤツの纏う精霊力が強くなった! 魔法を振り切ってここまで来るぞ!」
トーガが叫ぶ。
多数のワイルドエルフによる精霊魔法でも、止めきれないとは。
アバドンはその複眼を、我々賢者たちに向けた。
我らを敵だと判断したのだろう。
「ナオ。来るぞ。我々を脅威だと認識してくれて良かった。おかげでこれを試せる」
アバドンの羽が、あまりの高速の羽ばたきによって見えなくなる。
周囲にいた蝗はそれに巻き込まれ、粉々になって飛び散る。
悪魔は空中で一瞬停滞し、一気に我々目掛けて襲いかかってきた。
「先輩、はい、これ!」
ナオが私に手渡したのは、ポーションシューターである。
ここに、私は小瓶に詰め込んだあるものを設置する。
「ジーン殿、それは? 私が作ったものに近いようですが」
「何、もっと単純なものさ。私は生物関連の研究が主だからね。ウニス殿のように魔法を封印するという凄まじいことはできない」
どろりとした液体が、小瓶には満たされている。
これをしっかりと構え、私はアバドンを狙った。
当てるには、引き寄せねばな。
悪魔は空を切りながら、我々目掛けて一直線に突撃してくる。
どんどん大きくなるあの頭部だが、射撃の素人でしかない私は、まだまだ当てられる距離ではない。
当たれば、我々の如き人間など一巻の終わりであろう。
だが、それは命中させるための千載一遇のチャンスでもある。
「援護するぞジーン殿」
トラボーがゴッドシューターを叩くと、ゴーレムは再び瓶を射出した。
それはアバドンに命中する前に、羽が起こす強烈な風によって砕かれ、精霊魔法も霧散してしまう。
「これは……計算外だった! ジーン殿、その瓶では奴に」
「なに、こんなこともあろうかと作った薬品さ。よしっ」
あと一呼吸ほどで、アバドンは私の元へ到達する。
もう外すことはあるまい。
アバドンの風は、既に私の髪をなぶり、小柄なナオを軽く浮き上がらせるほど強くなっていた。
ナオが私にしがみつく。
彼女が重しになり、私の姿勢は安定した。
「先輩っ!」
「うむ」
ポーションシューターから、小瓶が放たれた。
それは狙い過たず、アバドンへと到達する。
そして炸裂前に悪魔が起こした風によって砕かれ、中身も散り散りになってしまった。
そう。
中身は飛び散り、粘りのある霧状になったのだ。
アバドンはあまりの速度ゆえ、霧が飛び散る前にその中に飛び込んでしまった。
『──────!!』
アバドンの目の色が変わる。
そして、羽の動きが狂った。
正確に風を打つ動きから、左右の機動が乱れ、でたらめに空を叩く。
それでも悪魔が私に向けて落ちてくる動きは、大きな変化を得ない。
私と奴の距離が近すぎたのだ。
さて、ここからどうするかは考えていない。
私の仕事は、アバドンにあれをぶつけることだったからだ。
だから、ここから先はナオの仕事なのだ。
「ゴーレムッ!!」
詠唱が省略され、ナオの手が開かれる。
そこにあるのは、地下に住む亜竜、暴れる牙の歯。
それにディーンのよだれやら、排泄物を塗ったものだ。
竜の歯は一瞬で巨大化し、ドラゴントゥースゴーレムとなる。
衝突してくるアバドンに、ぎりぎり間に合う。
ゴーレムは悪魔を受け止め……衝撃で半壊しつつもそのまま、軌道を真横へと逸らした。
正真正銘の地竜の体液を使用したゴーレムだ。
今までのゴーレムとはパワーが違う。
アバドンは自らが作り出した勢いで、錐揉み上に地上すれすれを飛び、やがて地面へと激突。
地面を擦りながら、蝗の悪魔は巨体をのたうち回らせた。
「ジーン、一体お前、何を使った……!?」
トーガが驚きながら、私に問う。
そして彼は、アバドンが霧散させたあの液体の臭いを嗅ぎ取ったようだ。
「これは……なんて濃いエルフ麦の臭いだ……!」
「その通り。エルフ麦はそれを口にした昆虫を死に至らせる毒が含まれている。これの成分についても研究していたのだよ。これは熱を加えると毒素が不活性化されて食べられるようになる。だが、熱を加えず、自然乾燥させながら水分を減らし、凝縮していけば……。強力な殺虫剤になるのさ」
「殺虫剤……!?」
悪魔が呼吸しているかどうかは、少々自信が無かった。
だが、アバドンは砂のブレスを吐いた。
吐くということはそのために息を吸うということである。
そして殺虫剤は、効果覿面だった。
「エルフ麦の成分は、神経毒だ。さあ、我々もこの悪魔を倒し、そしてこの場を離れよう。毒が降り注いでくるぞ」
これを聞いて、エルフたちは慌てて走り出した。
そして、でたらめな動きを繰り返すアバドンを囲むと、一斉に魔法を浴びせた。
私も、残った殺虫剤をアバドンに向けて発射しておく。
身動きままならぬ悪魔は、集中攻撃を受けた後、断末魔を上げる。
やがて、動きは止まり……。
アバドンの姿が薄れていった。
この世界から、悪魔アバドンが退去しようとしているのだ。
「先輩、アバドンは死んだんですか?」
「ああ。これで蝗の群れは、ただの群れだ。散り散りになったことだし、それぞれの領地で行われる対策で充分に処理できるだろう」
「そうですね。でも先輩、なんで悪魔に殺虫剤が効くと思ったんですか? もしかしたら、全然違う生き物かもしれないのに」
ナオの疑問はもっともである。
だが、私には確信があった。
「ナオ、マルコシアスを見てみたまえ」
「マルコシアス?」
『質問か?』
戦いの様子をじっと見ていた魔狼は、尻尾を振りながら近づいてきた。
その様子が、散歩をねだる犬のようであったので、ナオは思わず微笑んだ。
「マルコシアスは大きい犬みたいで可愛いですねえ……あっ」
そこまで言って気付いたようだ。
そう。
マルコシアスは悪魔であり、犬でも狼でもない。
だが、その習性は犬や狼のそれに非常に近い。
「なるほどー。さすがは、先輩ですねっ」
ナオが振り返り、私に飛びついてきた。
「いやいや。何事も、日々の中にヒントは転がっているものさ。賢者たるもの、常日頃から周囲に気を配り、日常の中にある発見を見定めてだね……」
「何をしているジーン! 毒が降ってくるんだろうが! 薀蓄はあとでやれ! 全く!」
「ナオも避難してー! 危ないからー!」
私は話の途中で、トーガとシーアに引っ張られ、その場を後にすることになったのだった。




