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追放賢者ジーンの、知識チート開拓記  作者: あけちともあき
最終幕 辺境賢者ジーン
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160話 網の増産作業

 作物を覆う網を生産する。

 近隣の地域だけでも、アバドンの脅威から完全に守りきろうという算段である。

 だが、広大なセントロー王国の奥地にある我が開拓地まで、蝗害が襲ってくるとは限らない。


「もう少し、アバドンが襲ってくるのが遅ければ生産した網を国中に送ることができたのだが……準備が足りないのが常だ。仕方ない。今はあるもので戦うしかないな」


 私は決意を新たにする。

 網の設計図は既に書き起こし、全国にオーニソプターを用いて送ってある。

 王都からの勅命の指示書を持った転移魔法の使い手たちも、そう遅れずに各地を訪れるだろう。


 猶予はない。

 網を作ってもらわねばならないのだ。

 素材は布を想定している。


 布は高価だが、古着などはどの家にもある。

 それを一時供出してもらい、組み合わせて作物を覆う網の代わりとするのだ。


 あるいは、あらかじめ作物に網をかぶせて守っていた地域もある。

 彼らはその網目を細かにしたものを、保存している作物に被せるように指示をした。


 どの地域も、夜を徹しての作業になるであろう。

 いつ、アバドンが来るかは分からない。


 幸い、彼らは海を超えてやって来る。

 手乗り図書館が吐き出した未知の知識によると、そのようなパターンは今までなかったとのこと。

 念のため、深き森の民にも聞いてみた。


「アバドンが海を超えてくることは今まで無かったですね」


 ローラが答える。

 今は、開拓地に全ての深き森の民がいるため、彼らと記憶を同期できるのだとか。

 正確には記憶と言うよりは、全員で知識や集落が持つ歴史や記録を共有しているようなものらしい。


 ある意味、私の手乗り図書館に近いのだな。


「大陸の多くは、今でこそ温暖湿潤な気候をしていますが、かつては乾燥していました。その頃、アバドンが二度発生したと言われています。この厄災を乗り越え、大陸は緑あふれるようになったのです」


 恐らく、数千年のサイクルの話である。


「彼らの飛行能力は、海を超えられるほど高いのかね? 私が知る限り、蝗の類はそこまでの距離を飛翔できない。来るとすれば……風にのってやって来るか。ただの蝗害ではなく、悪魔アバドンを構成する個体なのだ。何らかの超常的な手段を使ってくるものだと思っているが」


「そこまでは……私たちの記憶にはありませんね」


 ローラが表情を曇らせた。

 つまりこれは、悠久の時を記憶するワイルドエルフにすら未知の事態なのだ。


「楽観視はやめ、来る、と想定して備えを進めていくしかない。無駄に終われば何よりだが……そうはなるまい」


 かくして、我々は作業に没頭することとなる。

 ひたすら網を作り、各地に送る日々である。

 網は地面に突き刺すように設置し、蝗が入り込めないようにする。


 蝗の大きさは、大型とは言え少しでも隙間があれば潜り込める程度。

 なるべくピッタリと地面に密着させて、侵入させないようにせねば。


 しばらくすると、ロネス男爵が尋ねてきた。


「やあビブリオス準男爵! ……貴君、髪がボサボサだが」


「朝から晩まで作業をし、作業場で寝ていますからな」


「貴族たるもの、それはいかがなものか……」


「なに、睡眠不足は思考力低下の源です。地面で寝るのは慣れているので、熟睡しておりますよ」


「貴君、割と豪胆だよな。ああ、今回はそんな雑談をしに来たのではない。頼まれた網の発送は完了したところだ。収穫済みの作物全てを網で覆えなど、とんでもない意見だが、ビブリオス準男爵の発案であると伝えたらどの領主も、すぐに従ったよ。いやはや、貴君の名声は凄いものだな!」


「ありがたい。研究のための遠回りとばかり思っていましたが、これまでやって来たことが役立っているなら何よりです」


 私は頷いた。

 どうやら、各地の貴族たちは私の指示通り作業を行ってくれているらしい。

 民を守るためである。


 民とはその土地の力を示すバロメーターである。

 民が働いて土地の富を生み出し、彼らが納める税で貴族は生活できる。

 土地そのものは貴族の持ち物だが、貴族だけではそこから何かを作り出せない。


 そのため、セントロー王国の貴族は民を大事にする。

 あのクレイグであっても同じなのだ。


「ところで貴君、対策は網だけでいいのか? 随分原始的な方法だし、守るばかりではないか。敵は虫なのだろう? そんなもの、捕まえて潰してしまえばいい」


 男爵は足で何かを踏み潰すような仕草をした。

 私は笑って応じる。


「一匹や二匹であれば。ですが、相手は数万、数億という大群なのです。セントロー王国に住む人民の数をも遥かに超えるでしょう。それを捕まえて潰すことは現実的ではないでしょうな」


「そ、そんなに……」


 そこまでは想像していなかったのだろう。

 ロネス男爵は目を丸くした。


「ですが、その数を減じるために策を講じるのは良い手だと思います。無論、私も既に動いていますよ。開拓地を見て、何かお気づきになりませんかな」


「……魔族が前よりも増えているようだな。各地の魔族が、ビブリオス準男爵領こそ理想郷だとこぞって詰めかけていると聞いているが」


「ええ、お蔭で網の増産能力も跳ね上がっています。ありがたい限りですよ。では、魔族以外の種族はどうでしょう」


「……ややっ!? エルフがいない……」


「ええ。セントロー王国は緑に覆われた国です。ワイルドエルフは、森であればどこにでも通り道を生み出せる。そして彼らは森の生き物を熟知している。そんな森のエキスパートに、依頼をしたのです」


 森がざわめく。

 スピーシ大森林が、そして王国を覆う森の多くが。

 森に住まう獣が、鳥が、移動をし始めているのだ。


 目指す先は、ヴァイデンフェラー辺境伯領。

 アバドンが第一に上陸すると考えられている場所だ。


 動物たちは、エルフの導きを得て、大量の昆虫がやって来る場所に集まっていく。


「なるほど……!! 確かにそれは、貴君にしかできない事だ!」


 大いに感心したロネス男爵へ、私は続ける。


「それだけではありません。全国に送ったエルフ麦が芽吹き、育ってきている頃と思います。この麦には一つの特徴がありましてね。生食すると、腹壊すような毒があるのです。だから広めたレシピでは、これを必ず熱して毒を無効化するように書いてあります」


「ほうほう、それは、つまり……まさか」


「ええ。人が腹を壊す程度でも、獣や昆虫にとっては猛毒となる。エルフ麦は、虫が食わぬ麦なのです。ですが、飢えた群れであるアバドンはこれを食べるかも知れない。救荒作物とならないのは残念ですが、これは次なる私の仕掛けとして働く」


「なんと……!!」


 そして、数を減じた蝗から、網で作物を守り切る。

 三段重ねの備えである。


 これまで私が培ってきた、技術、知識、人脈、作物、流通、その全てを用いて、王国を襲う災禍に抗うのだ。

 戦いの日は近い。

 私はそう予感していた。

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