155話 あの風は何者か
ロネス男爵領から驚くべき客がやって来た。
転移魔法の使い手アーガスはよしとしよう。
彼はこれで開拓地の位置情報を得て、ここにも転移できるようになる。
もっとも、ワイルドエルフたちへの通告なしに転移した場合、すぐさま矢や魔法で粉々にされてしまうだろうが。
彼が連れてきたのが、驚くべきお客なのだ。
それは、背中に翼を生やした男女だった。
「準男爵、お久しぶりです」
「君はもしや、シサイドで私を運んだ……?」
「はい。人間の言葉で言うなら、キールスが私の名になります。こちらは姉のウカシュ。ご夫人を運んだ者です」
「おお、その節は世話になったね。ありがとう。だがスカイポケットに行けなかったことだけが今も残念だ……」
「その件は今もお受けできませんからね」
キールスはそこだけ断言してから話を続けた。
「風について情報を得ましたので、これを伝えるようにシサイド王から依頼を受けました。人間よりも私たちの方が、エルフの方々が警戒しないであろうと」
人間はワイルドエルフに嫌われているからな。
まあ間違いない判断だ。
だが、それはそれとして翼人は、ワイルドエルフにとっても初めて出会う種族のはず。
「おいジーン、そいつらは何者だ? 背中に翼が生えた、半人半鳥の人か」
トーガとシーア、ワイルドエルフの兄妹がやって来た。
翼人たちも姉弟なので、バランスがいいと言えばいい。
「羽が生えてるー!」
「シーア、この人、わたしをシサイド王国で飛ばしてくれたの」
「へえー! ナオがお世話になりました」
「いえいえ。あちこち柔らかいので、椅子に固定するのが大変でした」
「ナオは柔らかいもんねー」
「ですねー」
早速女子たちが盛り上がっている。
確かにナオは大変柔らかいので、遊覧飛行用の椅子にベルトで固定しても、するりと抜け出してしまいそうなところがあるな。
「いやいやいや、わたしは液体ではありませんので!」
ナオが否定している。
まあ、彼女たちは彼女たちで好きにしてもらうがいいだろう。
こちらは本題に入る。
「風の情報とさきほど仰ったようだが。それは、目に見えるものなのかね? 聞いた話を総合すると、とても風とは思えぬほどゆっくりと進行しているようだが」
「その通りです。あれは黒い風です。シサイドよりも海の向こうからやって来ました。あるいは、スカイポケットから来たのかも知れません。少なくとも彼方にある我々翼人の里からはそんな話は来ていません」
翼人の言葉は、直接的である。
ずばり、本題をすぐに話す傾向にある。
聞けば、彼らにとって雑談のようなものは言葉ではなく、囀りによって行われるのだという。
むしろ翼人の言葉は、我々翼を持たぬ人の可聴領域を超えた鳴き声なのだ。
それを我々に合わせ、言葉として発してくれる。
言葉の扱いが直接的になるのも仕方ない。
彼らにとって、言葉は遅く、直接的な物言いをしないと情報量を詰め込めない不便なものなのではないだろうか。
興味がむくむくと湧いてくるが……今はこの質問をするのはやめておこう。
「スカイポケットから来た災厄か。そのようなものが無いかどうかを確認してみよう」
私は手乗り図書館を展開し、これまでに調べた風についてのデータを一覧する。
強い冷気をはらんだ風。
あるいは熱風。
どれとも違う。
そもそもそれらは、あくまで風に過ぎない。船よりも遅い、などということはありえないのだ。
「彼らは確かに風でした。ですがシサイド王国に入ってくると風ではなくなりました。黒い風は小さな災厄になり、木々に草木に群がってそれを食べつくします」
「それは聞き覚えがある! 確か、遥か遠くに離れた乾いた大地で起こる現象だとか……!」
手乗り図書館の映像がぼんやりと光り輝く。
私の言葉を手がかりにして、情報を探り当てたのだ。
『蝗害:無数のバッタが変異を起こし、草木を食い尽くすもの』
これだ。
だが、これはあくまでバッタによるもの。
バッタが風になったという話は聞かない。
「マルコシアス、いいかね?」
『それは質問か?』
魔狼は呼ぶとすぐに現れる。
常に、私から質問をされる機会を伺っているのだ。
「これからが質問だ。黒い風に変わるバッタは存在するのかね?」
『その質問に答えよう。存在する』
「それは何だね?」
『その質問に答えよう。強い呪詛によって呼び寄せられる悪魔、アバドンだ』
マルコシアスはそれだけ答えると、満足げに鼻息を吹き出した。
そして、魔族の子供たちと遊ぶために開拓地の奥へと戻っていく。
「悪魔アバドン……! そして、強い呪詛……!」
私は唸った。
それがセントロー王国を目指してやって来ている?
だとすれば、原因に心当たりは……。
ある。
私に対して呪詛を吐きながら死んだものがいたからだ。
我が義母のカーリー。
今までの騒動の多くを引き起こした、セントロー王国からすれば災いの大元のような女性だ。
だが、まだ分からない。
呪詛を吐いて死ぬような者など、王国に何人でもいるだろう。
その呪詛を強化し、何らかの力を与えるような道具や術式でも無ければ……。
「あるぞ。だがあれは未完成だ。我輩としても危険だと思ったのでな。あれは伯爵領に情報だけしかないはずだが」
念のため、長らくカーリーの元で仕事をしていた古代魔法の継承者、ガーシュインに話を聞いてみたのだが。
案の定という話が出てきた。
「古代魔法がどうして形しか残っていないかがその答えだ。呪詛まで利用しようとするものに、未来などあるわけが無いだろう。滅んだんだよ、古代魔法を使ってた者たちは。我輩のような子孫が、細々とそれを伝えているに過ぎない。それも、我輩の代で終わりだが」
ガーシュインは肩をすくめた。
脈々と受け継がれてきた古代魔法も、子を成さなかった彼の世代で終わるのだ。どこか、ガーシュインは晴れ晴れとした表情をしていた。
ところが、隣でアマーリアが申し訳無さそうな顔をしている。
「あのさ、旦那。悪いんだけど……。次の代があたしの腹の中に」
「な、な、なにぃっ」
「なんだってー!!」
「すてきー!」
ガーシュインが目を見開いて驚き、衝撃のあまりぶっ倒れ、私は飛び上がって驚愕の意を示し、ナオが目をキラキラさせた。
いつの間にそういう関係に……。
ああ、いや、開拓地に来てから、二人ともずっと一緒の研究室だったからな。
そう言うこともあろう。
そうか、ガーシュインの後継者は私と同じ、シャドウのハーフか。
「旦那! 旦那! もー。何気に打たれ弱いんだからこの人は……」
「ぐぬう……ジーンにこてんぱんにやられた時に匹敵する衝撃だった……。まさか我輩にこの歳になって
……」
「そう思うんなら手を出すなよ旦那。つーか、人間の年齢なんて魔族のあたしらにとっちゃあんま関係ないし」
倒れたガーシュインを助け起こすアマーリア。
これはどうやら、アバドンについて話をするどころでは無くなってしまったようだぞ。
すぐさま、この話は開拓地を席巻するであろう。
セントロー王国を襲う一大事の前に、ビブリオス準男爵領におめでとうの嵐が吹き荒れそうだ。
「とりあえずおめでとう」
ガーシュインに手を貸しながら、祝辞を述べる。
彼はその手を取り、起き上がりながら照れくさそうに唇の端を吊り上げた。
「まさか貴様に言われるとはなあ……。ありがとう……。アバドンの話は少しだけ待ってくれるか」
私も人の心が分からないわけではない。
待つとも。
「夕方まで待とう」
「先輩! 待たなすぎです! せめて明日まで待ってあげましょうよ!」
ナオに注意されてしまったのだった。




