16話 仕上げと冒険者
建材を乾燥させて四日目。
岩窟の火種が消え、予熱や空気中の炎素も無くなっているであろうという頃合いである。
「じゃあ先輩、行ってきまーす!」
「ああ、気をつけて行ってくるのだぞ」
「大丈夫ですよ! シーアさんも一緒ですし」
「森は私たち試練の民の庭なんだから。任せておいて!」
「心強い……! また後日、森の歩き方なども教授してほしい……」
「そ、それはまた今度ということで」
ナオとシーアが森の前に立つと、木々が緑に光り輝いた。
エルフの通り道が生まれたのだ。
二人が足を踏み入れると、その姿は消え、光もやがて無くなってしまった。
「外から観察すると、ああなっているのか……。記録しておこう」
「お前はいつもそうだな」
突然声を掛けられ、私は驚愕に跳び上がった。
「トーガか。いつからいた?」
「お前がシーアとナオの背中を見ながら、ぶつぶつ言っていた時からだ。しかし、数日ぶりに来てみれば、まさか畑を作っていたとは……」
「ああ。シーアから精霊魔法の手ほどきを受けてな。後半は、私とナオで地面を掘ったのだ。水路も完成し、ウッドゴーレムを水門代わりに用いている」
「あの馬鹿妹めが、人間に精霊魔法まで教えたのか……!! いや、正確には人間ではないのだが。それにお前たちもお前たちだ。教えられて、はいそうですか、とできるものではなかろう!? 何故使える!」
「簡単な話だ。原理を理解し、その現象が発生するためのプロセスを理解し、それを可能な限り忠実に再現する。そうすれば、誰にでも精霊魔法は使えるのだよ」
私の言葉を聞くと、トーガは目を怒らせ、尖った耳を逆立てて詰め寄ってきた。
「いいか。人里に行っても、絶対に精霊魔法を教えるんじゃないぞ! これは我ら試練の民の技なのだ。人が手にして良いものではない!」
「知識は広く知れ渡ってこそ意味があるのだが……」
「広めるな! これは我らがお前たちに力を貸す条件だと思え!」
「むっ。それは仕方がないな。分かった」
私が頷いたことで、トーガは胸をなでおろした。
エルフの耳も元の位置に戻っている。
感情が動くと、耳も動くのだな……。
いや、シーアは動いていなかったから、これはトーガに特有の特徴か。
「お前、俺の耳を見て関係ないことを考えているな?」
「君の耳が」
「俺の耳はいい!! 本当にお前、次から次に興味を持ちやがって! 少しは落ち着け!」
「見るもの聞くもの、初めてばかりなのだ。これで興奮しなかったら賢者ではない」
「はあ……。意味が分からん男だ……。何人か人間は見たことがあるが、みんなお前のように変わっているのか……!? ……ところで、魔狼が畑の周りをうろうろしているようだが、何をさせている?」
「あれは、畑の周りにフンをしてもらっている」
「フンを……? 魔狼のフンなど、精霊力の塊だぞ? そんなものを畑の回りに撒くなど、何を考えている。肥料にはならないだろう?」
「肥料になるかは研究次第だが、他の動物避けになる」
「なるほど……。あ、またフンをしたな」
「ああ。このために、マルコシアスにはせっせと食事を摂らせている」
「魔狼をそんなことに……。想像もできんことをする男だ。しかし、確かに効果は出ているようだな。あの辺りに隠れている人間どもがこちらに近づけていない」
「なんだと?」
聞き捨てならぬ言葉を耳にし、私は目を剥いた。
いや、世の中、新たな知識に満ち満ちている。聞き捨てならぬことばかりなのだが。
それにしても、人間ども、とは。
目を凝らし、周囲を見るが人間の姿は無い。
姿を消しているのか?
「我が目よ、見えぬものを見よ。其は魔を司る力なり。魔力感知」
私の目に、魔力を捉える力が宿る。
すると確かに。
マルコシアスからは遠く離れた位置だが、五人ほどの影がある。
魔法を使って姿を隠してるようだ。
彼らもまた、こちらを窺っていたのだろう。
そして、マルコシアスの存在に気付いて近づけないでいる。
外見は翼のある狼で、明らかにモンスターだ。
だが、放つ魔力の量が尋常ではない。
「じっとこちらを見ているようだ。マルコシアスを恐れているのだろう」
「当たり前だ。魔狼を前にして怖気づかぬ者はいない。お前とナオの二人を除いてな」
そういうものだろうか。
マルコシアスは、私と契約している。
私が彼に利益を与える限り、かの悪魔は害を及ぼしてこない。
どこに怖がる理由があるというのか。
いや、契約していないからこそ、この悪魔の強大な力が恐ろしいのだろう。
「彼らが何か喋っているようだが、分かるか?」
「ああ。我ら試練の民の目を甘く見るな。この程度の距離なら唇を読むことなど容易い。だが、奴らが人間の言葉を喋っているからさっぱり分からないな」
「やはりか」
ワイルドエルフは、人の言葉がほとんど分からないのだ。
ここは、私が同じようにするしかあるまい。
「我が目よ、遠きものを見よ。魔力は巡りて、彼方を見通す。望遠視覚」
魔力感知のかかった私の目に、新たなる魔法が重ねがけされる。
魔法は効果時間内であれば、同時に効果をもたらすのだ。
よし、ぐんと遠くが見えるようになったぞ。
彼らの唇を読むとする。
こんなこともあろうかと、読唇術も学んでいたのだ。
「ふむふむ。“聞いてないぞ。すげえ魔力の塊が畑の周りにある。あれはきっと罠だ”“モンスターが畑を守ってる! ただの開拓地じゃなかったのか”“攻撃を仕掛けてみようぜ、敵は一匹だし、あいつを倒せば奥にいるジーンとかいう男に接触できるだろ”か……」
私はエルフ語に翻訳しながら、彼らの会話を中継した。
これを聞いて、トーガの顔色が悪くなる。
「あの人間ども、魔狼に仕掛けるつもりか。馬鹿者どもめ」
ワイルドエルフの部族まるごとで、マルコシアスと戦い、こてんぱんに敗れた彼らである。
悪魔の恐ろしさをよく知っている。
そして、恐れ知らずの冒険者たちが仕掛けた。
魔法を解き、槍を持った人間の戦士と、斧を持ったドワーフの戦士が飛び出す。
背後には、おそらくハーフエルフの弓使い。
魔法使いが一名、神官が一名。
一斉にマルコシアス目掛けて攻撃する。
『それがお前たちの質問か。ならば、その質問に答えよう』
マルコシアスの体が膨れ上がった。
小山のような大きさになり、少し動いただけで、二人の戦士が跳ね飛ばされた。
矢が弾き返され、魔法は悪魔に届く前に消え……マルコシアスの鼻から放たれた炎の息が、冒険者たちを一掃した。
ほんの一息ほどの時間である。
マルコシアスは小さくなり、その場に伏せて眠り始めてしまった。
あれは魔力を使いすぎたのだろう。
そして彼の前には、死屍累々となった冒険者たち。
生きているのだろうか?
「我ら試練の民は、万全の守りを以って魔狼に挑んだ。人間どもは、守りをろくに固めていなかったようだな。さて、どうなることか」
「助けるかね?」
「あれは我ら試練の民が捕らえよう。人間どもが再び、この森に手を出そうとしているのかも知れん。聞き出さねばならん。それに、奴らはお前を標的にしていたようだな、ジーン。お前にも来てもらうぞ」
「ふむ」
私は考えた。
冒険者を治療するにしても、尋問するにしても、ある程度離れたワイルドエルフの村に連れていくのはきつかろう。
それに私には、開拓の仕事がまだまだたくさんある。
「ではどうだろう。エルフの人員をこちらに割いてはくれないか? 開拓を進めながら、彼ら冒険者への尋問を行なおう」
「ここで……? 確かに、奴らを村に連れていくのは危険だ。村の位置を知られたくはないしな……」
「ならば決まりだな。ひとまずロープで彼らを縛りつつ、治療を行なう。手を貸してくれないか?」
私の申し出を受け、トーガは苦い顔をしながら頷くのだった。