153話 救荒作物調理研究所
クレイグの回復を待ちながら、エルフ麦に代わる救荒作物を選定している頃である。
ワイルドエルフの一行が帰ってきた。
「ジーン、王の奴が出した触れは、各地に間違いなく伝わっているようだぞ」
トーガは時間を掛け、国の隅々までを見てきたらしい。
「ありがとう。足労をかけたな」
「なに、気にするな。お前に王都とやらに連れ出されてから、森の外に出ることに抵抗もなくなったしな」
トーガは笑いながら私の肩を叩くと、スピーシ大森林へと向かっていこうとする。
「ここしばらく、人間の食べ物ばかりで飽きた。また森の食事がしたい!」
「ああ、ならば森へ戻らなくてもこちらで食べられるぞ」
「? どういうことだ」
訝しげなトーガ。
それには簡単な理由がある。
救荒作物は通常の作物がとても生きていけないような状況に強い。
だが、それが不味くて食べられなかったらどうしようもあるまい。あるいは毒素を有する物もある。
これを安全に調理し、それなりに美味しく食べられるよう、調理の方も研究する必要があるのだ。
私がトーガを案内したのは、調理研究所であった。
食べることについてはうるさい、ドワーフのボルボともう一人がここを担当している。
ボルボの他は、人間、エルフ、魔族たちと、多種多様な人々がいる。
そのほとんどが女性という辺りが面白い。
「開拓地はまだまだ、力仕事や危険な作業が多い。男手はいくらあっても足りなくてね。その間、彼女たちも何かを手伝いたいと申し出てくれたんだ。そこで、この研究所を立ち上げた」
「研究所というか……ここはただのでかい調理場じゃないか」
「そうとも言うな」
ここで作り出した料理の毒素を調べ、味を調べ、そして働く男たちの弁当として持っていって反応を調べる。
大変重要な研究である。
ちなみに、実践と毒味を担当するのがボルボ。
大森林の植物に詳しく、これの調理について指示を行うのが、深き森の民ローラ。
「深き森の民まで協力しているのか」
「あら、試練の民がご挨拶ね」
すっかり我が開拓地に居着いてしまった、スピーシ大森林奥地に住むワイルドエルフ。彼女こそがボルボと共同で、調理研究所を担当する者だ。
ローラは何やら器具を使い、忙しくボウルの中のものをかき混ぜていた。
ちらりと目線だけ、トーガに向ける。
ボウルの中に髪が落ちないよう、頭には白い手ぬぐいを当てて、腕まくりしている。
ボウルの中では、緑色の何かが泡立っていた。
充分に泡ができたと彼女は判断したらしい。
「よし。みんな、これと同じ状態にして。たっぷり泡立てたら焼くわよ」
あちこちから、ご婦人方の返事が聞こえる。
「おう、ジーン! この仕事はいいぞ。わしは毎日こうしているだけで、面白いものをたくさん食える」
「うむ。健啖で毒への抵抗力が強い君だからこそ任せられる仕事だな。万一君でも危ない毒にあたった場合のために、サニーもいつでも駆けつけるそうだ」
「わっはっは! わしが一発で当たって死ぬわけがない! それに、このエルフの嬢ちゃんがきちんと、毒の弱いものを見繕って料理してくれるからな」
「ええ。ドワーフと言えど開拓地の仲間なのでしょう? ならば、私たち深き森の民の仲間も同然です」
彼女はドワーフに、そこまで偏見は持っていないらしい。
ちなみにボルボは、開拓地の酒造を担当していたのだが、新たに入植してきた仲間に本職の酒造職人がいたらしい。
ボルボは彼に主な仕事を任せ、力仕事や、この研究所の毒味やら、あちこちに顔を出すようになっている。
「ダークドワーフが幅を利かせてきて、普通のドワーフたるわしの存在感が薄れておるからな! ここはあちこちで、わしのありがたさを分からせてやらんと……!!」
「うむ。頑張ってくれたまえ」
私は彼を激励した。
「おいジーン。挨拶はいいが、俺はそろそろ本格的に腹が減ったぞ。料理はまだか」
トーガが私をせっついてきた。
なるほど、かなり空腹のようだ。
大森林に帰って故郷の食事をするために、わざと腹をすかせてきたのであろう。
「では用意してもらおう。ローラ、ボルボ。とりあえずトーガが食べられるようなものは用意できるかね?」
「それならちょうどいいわ。今からスピーシアワダチソウのムースを焼くから」
「ムースを……焼く……?」
「私たち深き森の民は、炎の精霊も手懐けているもの。火を使った料理が多いのよ。ま、本当は深い森の中は湿度が高いから、ちょっとの火じゃ火事なんか絶対起こらないからだけど」
意外な事実をポロッと漏らしながら、ローラは緑色の泡だったものを土の容器に入れ、かまどへと突っ込んだ。
……おや?
視界の端で、片眼鏡のハーフエルフが真剣にローラの話をメモしていたような。
まさか賢者ウニス……?
振り返ったが、既に彼はいなくなっていた。
「気のせいか」
「ジーン、付き合う相手は選べよ」
なぜか真剣な眼差しで私に告げるトーガなのだった。
そしてすぐに焼き上がるムース。
緑色のものが茶褐色に変わっており、泡だったまま固まっていた。
「これは……」
明らかに美味しそうには見えない。
だが、ローラは自信満々である。
「深き森の民の郷土料理だから」
「そうなのか。では食さないわけにはいくまい」
「腹が減って限界だ! 俺は食うぞ!」
私とトーガで、その焼きムースとやらに匙をつけた。
触れると硬いが、ぐっと匙を押し込むとほろほろ崩れる。
その中には、なんとふんわりとした生地ができあがっているではないか。
「ムースの成分が炎で分離して、水分が飛んで焼き固まるのよ。2つの味を楽しめるわ」
「なるほど」
私はすぐさま、それを口に運んだ。
ほう……崩れた硬い泡の部分は歯ごたえが良く、香ばしいさの中にほのかな苦味がある。
生地は舌の上でとろける柔らかさで、甘みを感じた。
「これは見た目は特徴的だがなかなか美味しい」
「でしょう? あと、見た目もいいでしょ?」
深き森の民の美観は少々個性的かもしれない。
トーガはこの料理を気に入ったらしく、バリバリと食べていた。
その後、ご婦人方が作った同じ料理を、ボルボと並んでむしゃむしゃと食べる。
中には生焼けであったり、焼き過ぎであったりしたものも存在し、時折トーガは腹に手を当てて、何か魔法を使っていたようだ。
「ほどよい焼き加減も決まっているようだね」
「ええ。長すぎても短すぎてもだめ。今回試食している二人は、頑丈だったり魔法が使えるからいいけれど、これが魔法も使えない人間だったら危ないでしょうね」
なるほど……。
救荒作物の調理は、それなりに難しいようだ。
これは正確にレシピを作成し、これも国中に配布せねばならないだろう。
未だ、世界には救荒作物が必要となる事態の、萌芽すら見えない。
だが、例え私が生きている間は必要がないものだとしても、いつかは必要になるかも知れないのだ。
この事業はしっかりと進めていかなければならない。
焼きムースの二皿目をいただきながら、私はそう決心するのだった。




