152話 空気を読まず見舞いに来るジーン
その後サニーから聞いた話では、嫌がるクレイグを裸に剥き、地母神の司祭総出で彼を洗ったそうだ。
久々の入浴であっただろうとのこと。
そしてよく乾かしたあと、服を着せて、抵抗するクレイグに粥を食べさせてからベッドに押し込んだと。
「的確な扱いだ。不潔は病を呼ぶ。空腹は病への抵抗力を弱める。そして睡眠不足は万病の元だからね」
「ええ! 大地母神神殿はそこらへん、ちゃんとやるマニュアルができてますから!」
今や、ビブリオス準男爵領専任の地母神教団大司祭として任命されたサニー。
得意げに胸を張った。
元は冒険者として、我が開拓地を探りにやって来た一人だ。
私が彼女たち冒険者をヘッドハンティングし、開拓のメンバーにした。
サニーに代わって、王都の神殿から大司祭が来たこともあったが、ワイルドエルフと極めて折り合いが悪く、公衆の面前でワイルドエルフの信仰を否定したために危うく殺されるところだった。
私は大司祭を開拓地から永久追放した後、抗議文を地母神の教団へ送ったのだ。
結局、ワイルドエルフと仲良くやれる神官はサニーしかいないということで、彼女は急遽大司祭になった。
神殿一つを任されるのは大司祭からという決まりなのである。
年若い娘の身で大司祭になるのは、前代未聞らしい。
だが、彼女以外にこの役割ができないのだから仕方ない。
それに、サニーはワイルドエルフたちを襲った危機的な状況を打破する、ヒントを編み出した人物でもある。
ゆえに人間でありながら、エルフたちからの信頼も厚いのだ。
「そして今はどうなっているかね?」
「起きて文句言いながらお粥食べてますね。かなり元気になりましたよ」
「なるほど、では私も見舞いに行くことにしよう」
「ええっ!? 準男爵がいらっしゃるんですか!? いやー、いきなりいらっしゃるのはどうかなーと」
「ははは、兄が弟を見舞うのは当然のことだよ。気にしなくていい」
「あ、じゃあわたしも行きます!」
『ピャアー』
ということで、私とナオとディーンで、クレイグの見舞いに行くことになったのだ。
「入るぞ」
「入ってくるな!!」
私は扉を開いて、クレイグにあてがわれた寝室に入った。
「ええい、入ってくるなと言うのに!」
クレイグは枕を投げつけようとしたようだったが、まだ力が戻っていないようだ。
枕は手元から落ちて、床の上だ。
彼を看病していた神官が、枕をベッドの上に戻した。
「元気そうで何よりだが、まだ本調子ではないようだな」
「お前……どの口でぬけぬけと……」
「だが口は回りそうだ。つまり、頭の方も回るということだと私は判断するのだが、現在のところ君は無職かね?」
「おいお前っジーンちょっと話を聞け」
「実は我が開拓地では事務方に困っていてね……。私が見るところ、今メインで執政官を張っているカレラはそろそろ男爵のラブコールに陥落しそうではないかと……そうなると開拓地の事務方の戦力は大きく落ちる。故にクレイグ、君の手腕を買って……」
「話を、聞けーっ!?」
クレイグは叫んだ後、そのまま真っ青になって倒れた。
脂汗をかきながら、ベッドの上でぜいぜい言っている。
「準男爵! この人は衰弱しているので、あまり興奮させないでください」
「ああ、これはすまない。ついつい用件を先に述べてしまった……」
私はベッド脇まで近づく。
その間に、神官はクレイグに水差しから水を飲ませていた。
川の水を、ナオ謹製のろ過装置でろ過した、開拓地自慢の飲料水である。
「実はろ過装置、師匠も手伝ってくれてパワーアップしたんですよ!」
「なんと! トラボー殿の手まで入ったのか……」
それは今度見に行かねばならない。
トラボー殿曰く、「ナオは現地で腕を上げているからな。やはり実地に勝る研鑽はない。じきに加工のセンスだけなら俺を越えてしまうかもしれん。だが俺には経験と技術があるのでまだ追い抜かせる気はないがな」と言っていたが、何のことはない弟子自慢である。
「それで、クレイグの調子はどうかね?」
「ええ。クレイグさんですが、衰弱してはいますが、清潔にさせて食べ物を注ぎ込みましたのでかなり回復してきています。あとは体力を取り戻す必要があるので、明日からリハビリでしょうか」
「それは良かった」
「……なぜだ」
かすれ声でクレイグが問う。
「何がだね?」
「なぜ、俺を助ける……。俺は、お前を今でも憎んでいる……。お前だって、俺と母上のせいで家を追い出され、賢者の塔にもいられず、王都から追い出され……」
「うむ。その結果、私は多くの繋がりを得てこの開拓地を作り出すことができた。多くの人々の命を救い、やがてこれから救うであろう事業にとりかかることができた。結果が良かっただけとも言えるが、今はさほどこだわってなどいない」
クレイグは目を見開いた。
「こだわって……いない……だと……!?」
「うむ。過去を振り返る余裕などない毎日だったからな」
私は遠い目をした。
思えばこの開拓地、イベントが起きすぎでは?
「いそがしかったですもんねえ……。わたしなんか、今までの人生の一万倍くらいの濃さで毎日が流れていきましたよー」
「ナオは賢者の塔しか知らなかったし、まだ三歳だったか」
「もう四歳になりました!」
「おおー」
私たちを見て、クレイグが呻く。
「病人の前でいちゃつくな、お前ら……!」
「おっと」
私はクレイグに向き直った。
「ジーン……俺を助けてどうするつもりかは知らないが……俺はお前を憎んでいる……! だから、お前の願う通りになどするものか……! 母上は死に、俺の中にはお前への憎悪だけがある……!」
「なるほど」
私は考えた。
人間、余裕がなくなるとネガティブなことばかり考えるものだ。
これは生物として当然の性質で、様々なネガティブ要因を考えることで起きうる危機を回避するためなのだ。
つまり、クレイグにはまだ余裕が無いのであろう。
「よし、ではクレイグ。よく食べ、よく眠り、リハビリで体力を取り戻したまえ。なに、我が開拓地が全力でサポートする。安心して療養に努めると良い」
「おまっ!? 俺の話を聞いていたのか!?」
「無論だとも。だからこそ、まずは元気になり、精神的にも余裕を持てるようにならないとな。私は逃げも隠れもしない。だから、君はまず元気になることを最優先にするといい」
「話が通じない……!」
クレイグの横で、神官が肩をすくめた。
「うちの準男爵はそういう方ですから」
「それじゃあ弟さん、元気になってくださいね! あと、わたしのことお義姉さんって呼んでいいですからね! お義姉さん……お義姉さんですって! きゃー! わたし、弟ができちゃった!」
『ピャピャー!』
「そうしたら彼は、ディーンの叔父さんですね! にぎやかになりますねー」
「うむ」
「うむじゃないが!? いいから出ていけお前ら!! お前らがここで騒いだら、治るものも治らん! 見ていろ! 必ず俺は元気になって、お前に吠え面を書かせてやるからな、ジーン!!」
クレイグは叫ぶと、そのまま毛布をかぶってこちらに背中を向けてしまった。
これならば、回復も早かろう。
彼の説得は、健康になってからじっくりと行えばいい。




