151話 辿り付いた男
今後のエルフ麦に関する耕作状況について、トーガからの提案があった。
「森沿いしか見られないが、俺たち試練の民が麦の育成を見て回ってやってもいい」
ありがたい提案である。
「それは助かる! 頼む!」
「引き受けたぞ。俺とお前の仲だ。遠慮はするな」
トーガは笑い、私の胸を拳で小突いた。
かくしてワイルドエルフのチームが幾つか結成され、森伝いにセントロー王国全土へと旅立っていくことになる。
エルフの通り道を使って移動を加速する彼らは、オーニソプターに匹敵するほど速い。
きっと、すぐさま私のもとに連絡が来ることであろう。
今から楽しみである。
ということで、私はまた開拓地の業務に戻ることになった。
何しろ、これまでずっと外遊ばかりだったため、中での仕事が溜まっているのだ。
カレラとアスタキシアにせっつかれながら、書類に目を通し、サインをし、決断を行う。
その一部に、新たな移民がやって来るというものがあった。
昨今、開拓地への人口流入が多い。
そのほとんどは王国で立場の低い亜人たちである。
ビブリオス準男爵領は、領主である私からして亜人の血を引いている。
執政官であるカレラもハーフエルフであり、外からは、ワイルドエルフを右腕として使う凄腕の貴族と見られているとか。
やれやれ。
さらには、我が開拓地に住む亜人たちも仲間を呼び寄せているようだ。
あまりに人口が増えるようならば、居住区を設定し、区画分けなども必要になってくるな。
また仕事が増えるのか……!
研究が、研究が。
「私の権限を全て代行して作業してくれる者が欲しい」
私がぐったりとして呟くと、カレラとアスタキシアが呆れた。
「無茶言わないでくださいジーンさん。ここに来る人たちは、みんなあなたを信じてやってくるんですから。もちろん、中には犯罪歴がある人もいますから精査は必要ですけど」
「貴族が持つ決定権は特別なのですわ。準男爵の代わりに権限を代行するなんて、血筋の方でもなければ……」
血筋、血筋か……。
私はある意味天涯孤独のような状況だ。
血がつながっていると言えば、不倶戴天の敵のようになった義母のカーリーと、やたら私を敵視するクレイグくらいのものだが。
バウスフィールド伯爵家が取り潰されたあと、カーリーは呪詛の言葉を吐きながら毒を飲んで死んだそうだ。
クレイグは囚えられるところを、どうにかして逃げ出したのだとか。
あいつの行方は杳として知れない。
この際、クレイグでもいい。
面倒な仕事を肩代わりしてくれる者が現れることを、私は切に願うのだ。
私の仕事は執務ばかりではない。
嫡子を作るという、大変不慣れな仕事もこなさねばならないのだ。
こちらは、ナオという協力者がいるからまだ気が楽だ。
そして、経験者たちからアドバイスを受け、試行錯誤を行うことになる。
「うーむ……。職業柄、動植物や昆虫たちの繁殖には一家言あるつもりだったが、自分のこととなるとさっぱりだな」
「そういうものかもしれません! のんびりいきましょう先輩!」
「君がそう言ってくれるとありがたい」
ということで、こちらはまだまだ大変そうだ。
引き続き協力してくれるナオが実にありがたい。
持つべきものはできた後輩……いや、良き妻である。
様々な仕事をこなす中、息抜きとなるのは研究作業である。
未だ、スピーシ大森林から発見される新たな種は絶えることがない。
シーアに道案内してもらい、ナオとともに森の中へと分け入る。
珍しい植物を採取し、動物を観察し……。
そうそう。
近頃、ゴブリンの集落を発見した。
彼らは原始的な狩猟採集生活を営んでおり、亜人というよりは類人猿の一種にような暮らしをしていた。
どうやら、ワイルドエルフに管理され、彼らは窮屈な暮らしをしているようだ。
シーアを大変恐れていたのが印象的だった。
私は、ゴブリンたちとも接触を取ることにした。
言葉が通じないため、ジェスチャーでやり取りをする。
獲物が取れておらず、集落全体が飢えているようだったので、エルフ麦を提供した。
すると彼らは喜び、見返りに仕上げの荒い毛皮をよこしてきた。
交渉成立である。
私は再びジェスチャーで、彼らにまた食料を持ってくること、敵対する意思は無いことなどを伝える。
ゴブリンたちは恐らく、理解したようであった。
また来よう。
開拓地を作る前に接触したゴブリンは、問答無用で襲ってきた。
あれは、狩りをするために必死だったのであろう。
このゴブリンたちは、ワイルドエルフに次ぐ大森林の原住民である。
できれば彼らの協力も得ていきたいものだ。
そのようにして、日々は瞬く間に過ぎていく。
研究は成果を上げ、新たな住民は増え、開拓地に法律が生まれ、耕作地は外に向かって拡張していく。
ちなみに嫡子については全く進展していない。
こちらは、ナオと共に五カ年計画くらいで考えていこうと言う話になった。
シャドウとのハーフである私と、ホムンクルスのナオである。
なかなか難しいところもあろう。ゆっくり行こう。
そして、冬が近づくある日のこと。
その男はやって来た。
何度目かの移民希望者がやって来たので、私は立ち会うことになる。
今回も亜人が多い。
最近気づいたのだが、人間よりも亜人のほうが問題を起こしづらい。
まず、開拓地には盗める財などなく、基本的に何もない。
自分で作っていくしかないのである。
ここに、人間と亜人の差はない。
作ったものは基本的に自分のものであり、少しばかりの税さえ収めればいい。
亜人にとって、働けば働くだけ自分の耕作地が増え、作物が得られ、収入がある環境は魅力的なようだった。
対して、人間は犯罪者や食い詰め者が流れてくる。
彼らの場合は再教育が必要なので、マスタングが指揮する開墾部隊へと配属されることになる。
半分くらいが耐えられず逃げ出し、人間の社会に戻っていく。
耐えきったものは根付き、我が開拓地の仲間となるのだ。
こうして生まれるのは、人間と亜人が混じり合ったコミュニティ。
そこには、種の区別こそあれ、人間が亜人を差別する、あるいはその逆となる関係性は存在しない。
何せ、私自身が亜人なのだからね。
「ジーンさん、これで今年最後の移民になると思います」
カレラが書類を読み上げる。
そこには、男爵領を経由してきた移民たちが並んでいた。
その数は二十人ほど。ほとんどが亜人である。
私は一人ひとりと顔を合わせ、名前と素性、移民を希望する理由を聞いて回った。
基本的に私は、移民を断ることはない。
受け入れた後、馴染めないものは去るし、狼藉を働こうとしたものは密かに開拓地を見張るワイルドエルフによって処断されるようになっている。
移民たちの最後は、ぼろぼろのフードを被った男だった。
纏った衣は薄汚れ、覗く手足はやせ細っている。
「最後は君か。その肌色、体格、君は人間かね? フードを取って顔を見せてくれないか?」
「ああ、いいとも」
彼はかすれた声で言った。
フードの下から、ギラギラした目が私を見ている。
「ジーン、やっと会えたぞ……! お前のせいで、俺は、俺は……!」
男は、その手の中に尖った石の欠片を握っていた。
そして、私目掛けて突き掛かってくる。
「むっ!」
私は身構えた。
護衛についているワイルドエルフと、近くで寝そべっていたマルコシアスが反応する。
男は風の魔法で突き倒され、マルコシアスの尻尾で叩かれて大人しくなった。
恐らく、私を守る護衛の厚さは国王陛下の守りに匹敵するだろうなあ。
「く、くそ、くそ……! ジーンめ、お前が目の前にいるというのに、俺は……俺は……」
男は呻きながら、土の上でもがいた。
そして、声がすすり泣きに変わる。
うーむ。
この声、聞いたことがあるような。
「神を殺した者よ。これはどうする? 処分するか」
ワイルドエルフが聞いてくるので、「まあまあ」と留める。
トーガが視察に行っているので、代行でついているエルフなのだが、普通のワイルドエルフはすぐに人間に手をかけようとするのだ。
「彼がおかしなことをしないようにだけ見張っていてくれ。後は私に任せて欲しい」
「了解した」
私はしゃがみ込み、彼のフードを外した。
その下には、ぼさぼさになった髪と、血色の悪い顔がある。
やせ衰え、無精髭に覆われ、人相が分かりづらい。
だが、この目は覚えがあるぞ。
それも、私の記憶に深く刻まれているたぐいの目だ。
「お前はクレイグか」
「そう……だ……。ようやく、ここまで来れたというのに……悔しい……」
「うむ。体も言うことを聞かないだろう。君には栄養失調と疾病の疑いがある。早急に治療を受けたまえ。サニーを呼んできてくれ」
「!?」
クレイグの目が驚きに見開かれた。
「な……何を」
「私は目の前で弱っている人間を放っておけるほど、冷徹にはなりきれないのでね。自らの足で伯爵領から開拓地までを踏破するとは大したものだ。今は休みたまえ、クレイグ」
「く……くそぉ……」
彼はそう呟くと、意識を失ったのだった。
さて、この腹違いの弟をどうしたものかなあ……。




