147話 空から望む大地
「では、行きますよ。しっかり掴まって」
翼人が、高音と低音が混じった不思議な声で告げた。
彼らは大空において、遠くまで響く超高音の声で会話をすると言う。これは我々のような人の耳には聞き取ることができない。
そのため、我々と会話する際には音の高さを調節して話しているのだ。
それでも、言葉の中には高音がまじり、独特の抑揚となる。
なるほど、翼人とはまた、独自の生態を持つ人種なのだ。
「ジーンさん、聞いてます? 危ないんですから、掴まって」
叱られてしまった。
彼らの間には、あまり上下関係というものがない。
特に人間の身分などには構う気が無いので、こうして私にもざっくばらんに話しかけてくる。
敬語のようになっているのは、それが一番系統だっていて習得しやすいかららしい。
私はしっかりと、座席に繋がるロープを握りしめた。
腰には命綱がついており、これもまた座席にくくりつけられているのだが。
これから行く場所を考えれば、どれだけ用心してもし過ぎるということはない。
「では行きますよ、準男爵! 奥方!」
「ああ、問題ない」
「どうぞー!」
『ピャッピャー!』
向こうからは、ナオとディーンの元気な声がする。
子竜はナオのお腹にくくりつけられて固定されているのだ。
そして、私たちの足は大地を離れた。
二人の翼人がゴンドラを支え、飛び上がっていく。
彼らに連れられ、私も空を飛ぶことになるのだ。
アレクシオス王子が誘ってくれたこれは、上空からシサイド王国を巡る空の旅だった。
ちなみに空からの風景は戦略上重要な意味を持つため、王族しかやってはいけないらしい。
「うわあー! すごいすごい! 見てください先輩! 地面があんなに遠くなってます!」
「うむ。空を飛ぶというのはこのような光景を見ることなのだね」
翼人たちの飛翔は静かである。
広げた翼が風をはらみ、僅かな羽ばたきでどんどん上昇していく。
「その広さの翼で、よく私の体重を持ち上げられるものだね」
ふと興味を抱いたので問を放ってみた。
「私の翼には魔法がかかっています。私たちは土の人と違って、魔法とともに生きています」
「なるほど……! 翼の羽ばたきそのものが、飛翔の魔法を生むと? つまり、翼は呪文を詠唱する器官なのだね」
興奮に鼻息を荒くし、私は手乗り図書館へのメモを開始する。
「危ない、危ない! ちゃんと掴まって!」
また怒られてしまった。
なんということだろう。
これでは、重要な情報を得たとしてもメモできないではないか。
私は早く地上に戻りたくて、じりじりとした。
存分にメモをしたい。
このままでは詳細な記憶があやふやになっていってしまう。
「いかがですか準男爵。これがシサイドの風景です。あなたという人物を信頼しているからこそ、この空中遊覧にお誘いしたのですよ」
隣にアレクシオスがやって来た。
「あ、ああ。大変結構な遊びです。翼人に支えてもらって飛ぶというのが、またいい。早くメモしたいですな」
うずうずする私。
これを見て、アレクシオスが笑った。
「本当にぶれませんね、あなたは。だが、たまには頭を空っぽにし、我がシサイドの雄大な風景を眺めて気を休めてはいかがですか? 御覧ください。島を一望にし、そして海の向こうに見えるは、シサイドを形作る群島の数々。百を超える島々が、我が王国を構成しているのです」
「ほう、どれどれ……おお……!」
顔を上げてみて、私は初めて空からの風景を目の当たりにした。
大きな島だと思えたシサイド本島が、今は手に収まりそうなほどの大きさに見える。
そして島を取り囲む海。
本島を取り巻くように、無数の島々が連なっている。
多くの島には人が住み、その島独自の文化を発達させているのだという。
それを聞くと、島を巡って彼らの暮らしを見てみるのも楽しそうだと思える。
「ハクション!」
ナオのくしゃみが聞こえた。
ふむ、空高く上がってきたせいか、寒くなってきた。
常に温暖なシサイドだが、空の上はさすがに寒いな。
ナオが乗った座席は、気を遣われてか低めの高度まで下がっていった。
あのまま、街の上を飛び回るのだろう。
「素晴らしい風景でしょう。翼人の方々の協力を得て、この遊覧は可能となります。無論、我々と翼人とは対等の関係。これをあの戦争に活かせなかったのにもそういう理由がありましてね」
聞いてはいないのだが、アレクシオスがシサイド王国と翼人の関係について話してくる。
これを聴きながら、私はしばらく、大空の遊覧を楽しむことにした。
これほどの高さでも、生物はいる。
島から島へ旅をする鳥たちの群れと行き交い、さらに上空をゆったりと舞う有翼のドラゴンを見上げる。
遥か彼方の海で、航空からも確認できるほどの水しぶきが上がった。
巨大な生物がいるのかも知れない。
興味をそそられる。
そして、楽しい遊覧飛行にも終わりがやって来た。
翼人たちが甲高い声で、何かを叫び合う。
それと同時に、高度が落ち始めた。
「もう終わりかな?」
私が問うと、翼人が答えた。
「スカイポケットが不安定になっています。今日は降りたほうがいいです」
「スカイポケット? なんだねそれは!?」
聞き慣れぬ単語に、私は目を輝かせた。
「空に開いた穴です。異なる世界と繋がっています。随分昔に、異なる世界とは自由に行き来できなくなったのですが、時々不安定になって、異なる世界のものを吐き出したりするのです」
なんだそれは。
私はそんなものの存在は知らなかった。
世界にはまだまだ未知が満ち満ちているものである。
「大変興味があるのだが、近くにいけないだろうか」
「ダメです。空に慣れた我々でも吸い込まれれば終わりです。あれは空に開いた落とし穴なのです。空に暮らす我々だからこそ、スカイポケットの危険を口伝で伝え続けているのです」
異世界と繋がっているという、スカイポケット。
異なる世界と言うだけで、大変な興味を惹かれる。
だが、ここまでの高度を飛ぶ手段が自前では用意できない。
翼人の協力も得られないのでは、現在のところ、スカイポケットの調査は不可能であろう。
なんとかして、高く飛ぶための手段を考えねば。
「スカイポケットに行こうと考えてますね。あなたみたいな土の人初めてです。危険なもの、よく分からないものがあったら、みんな怖がります」
「未知を解明してこその学問だよ。私は座学も好きだが、実学も愛していてね。必ずや、スカイポケットに到達してみせよう。ああ、今日の遊覧飛行は素晴らしかった! いつか挑むべき大いなる未知と出会えた! いや、実際は出会えていないのだが。少しだけでも見てみたいのだが……遠目でいいから」
「ダメです」
断られてしまった。




