144話 日焼けしない賢者たち
明日は魚卵の見学に行く予定である。
そのために、本日はもう休むこととする。
生まれてはじめての海水浴で、我々はそれなりに疲れていた。
これはぐっすりと眠れそうだ。
「先輩、なんだかお肌のあたりがぎゅんぎゅんします」
ナオが不思議な事を言ってきた。
入浴を終え、明かりを消して寝るかという頃合いである。
「ぎゅんぎゅんとは何かね」
「ええとですね、体の奥からぶわーっと出てきて、お肌の表面をぎゅんぎゅんする感じで」
「なるほど、理解したぞ。それは魔力だ。君の中にある魔力が、肌の表面に集まっているということだろう。ちょっと見せてもらってもいいかね?」
私は俄然、興味が出てきた。
人に近づいたとは言え、ナオはホムンクルスである。
身体構造は人間とは全く違う。
彼女はワイルドエルフにも匹敵するほどの魔力量を持つ……はずだ。計算上は。
その魔力が内から湧き出して、肌に集まるとはどういうことか。
私は一瞬考えて、すぐにピンと来た。
「日焼けだ。君は半日、肌もあらわな水着姿でいたにも関わらず、皮膚が赤くなる様子もなかった。それはホムンクルス独自のものだと思っていたが、違うのかも知れないな」
「そうなんですかねえ? はいどうぞ!」
ナオがバスローブを脱いだので、肌に触れて確認してみる。
ふむ、よく知っている柔らかな手触りのほかに、指先にピリピリと来るものがある。
これが魔力か。
今も、活発に働いて何かを成そうとしているようではないか。
「うはは、先輩、くすぐったいです!」
「なに、私はほとんど触れてないぞ。触診のようなものだからくすぐったいはずは無いのだ」
「でもくすぐったいですー! あはは!」
ナオがけらけらと笑い出したので、寝ていたディーンが目を覚ましてしまったようだ。
『ピョピョ』
ベッドの上を転がりながら、ナオにくっついてきた。
『ピャーッ』
ディーンもピリッと来たらしく、盛大に鳴きながら転がっていった。
「あれれーっ!?」
「ナオ。今、君の肌の上には魔力が薄く纏われている状態だ。これは前例の無いことでね。そもそも、ホムンクルスを長時間日に当てるなどということがなかったから、前例が無いのも当然なのだが」
「先輩、目がこわいです!」
「こんな興味深い事態が目の前で起こっているのだ。私の専門分野は生物だが、魔法生物も広義では生物。そして君は人と魔法生物の双方の性質を持っている。これは素晴らしい研究対象ではないか……!」
「なるほどー。私が先輩の研究対象に……!」
ナオが鼻息を荒くした。
「では存分に検分してください!!」
バーンを手を広げるナオ。
よし来た。
調べるぞ!
だが、残念ながら調べるまでもなかった。
ナオの肌を覆う魔力だが、それがバリバリと、痛いほど強くなる。
……と思ったら、彼女の肌色が真っ白から、小麦色へと変化していくではないか。
「お、おおおっ……!? 日焼けの後、真性メラニンで黒くなる原理と同じか……!」
「ほわーっ、わたしの肌色が浅黒い感じになりました!! 先輩とおそろいですねー!」
「うむ。私のは地黒だがね。シャドウの血が混じっているから、通常の人間と比べて黒いのだよ。ちなみにシャドウは黒いが、本来地底で発生した種族だと言われている。これまで、地底から生まれた彼らにメラニンに相当する色素が濃い理由は不明だったのだよ。だが、君の体に起きた変化で明らかになった。これは間違いなく、シャドウも君も、体内にある魔力を発する臓器と肌が深く繋がっているのだ。いや、むしろ皮膚すらも魔力を生み出し、増幅する機能を持っていると言えるのではないか? ならばもしや、ワイルドエルフも日に当てれば黒くなるのではないか……!!」
「先輩がトリップしちゃいました。先輩、ねましょうねましょう」
ナオがバスローブを着直すと、私をぐいぐいベッドに押し込んだ。
なんということだ。
これほど興味深い事態が起こっており、考察が捗るというのに。
これは夜を徹してでも追求する価値があるテーマ……。
「先輩、やっぱり疲れてたんですね。おやすみなさーい。わたしも寝なきゃ……ほわわ」
ナオの声が、水の中で聞くように籠もって聞こえる。
まさかこれは……私は眠りに落ちようとしているのか!?
バカな、肉体の疲れを精神が凌駕しないとは。
くっ、眠っている場合では……場合では……。
「ないのだ!!」
勢いよく身を起こした私。
ははは、どうだ見たか。
私の精神は睡眠を欲する肉体に打ち勝ったのだ!
勝利を噛み締めつつ、大きく伸びをする。
そして、燦々と差し込んでくる山間の日差しを見た。
「……朝になっている」
私は肉体に勝利したのではなかった。
たっぷりと睡眠を取り、肉体が満足したので精神を解放しただけなのである。
「なんということだ……!! 私もまだまだか……」
昨夜のやり取りはゆめだったかとも思えたが、隣で寝息を立てているナオが小麦色の肌になっている。
あれは現実であったのだろう。
眠る彼女の頬に触れてみると、さらりとしていた。
日焼け前とでは、少々質感が変わっているな。
南国に適応したホムンクルスの形なのかも知れない。
とりあえず、手乗り図書館に記録しておくことにした。
ちなみにホムンクルスの日焼けは、日に触れている触れていないは関係ないようである。
彼女の眼鏡の下から、足の裏までしっかりと焼けていた。
これはつまり、通常の日焼けとは違うものであると言えるだろう。
私も、手の裏や足の裏はやはり黒い。
シャドウは肌そのものの色が黒いのだが、ホムンクルスはこの性質を後天的に取得するということか。
ふむ……ふむふむ……。
「準男爵、おはようございます! 今日は魚卵の孵化を……あっ!! 失礼しました!!」
オーラスがやって来て、私がナオの足の裏などを検分しているのを見て、慌てて引っ込んでいった。
何を勘違いしているのだ。




