15話 畑作りと精霊魔法
木材の乾燥が終わるまでの間、我々は開拓地の計画を立てることになった。
必要なものをリストアップしていく。
その中で、直近で必要なものを選別する。
さらに、その中から実現可能なものをピックアップし……。
「まずは食料の供給を可能にせねばなるまい。畑だな。こんなこともあろうかと、荷馬車に種籾は積んできている」
「そうですねえ。でも、収穫まで結構間が空きますよね。食料はエルフの皆さんに協力してもらうとして……」
「ああ! 私たちエルフが育てている作物を分けてやるぞ! お料理の仕方もナオに教えてやろう」
「本当ですか!? 助かりますー」
「私にも教えてくれたまえ。エルフの使う食材には興味があるし、調理方法によってそれの生物的特性が分かったりするからな」
「……ジーン、料理ができるの?」
「先輩、お料理上手いですよ? 実験器具を使って料理するのが玉に瑕ですけど」
「料理も実験も変わらんだろう?」
「いやいや、違う! 違うから!!」
シーアから、不思議な反論を受けてしまった。
エルフというものは、人間とは価値観が違うものであると、つくづく思い知る。
なぜか、ナオが私を微笑みながら見つめていた。
こういう時、彼女は何も言わないのだ。
そのようなわけで、畑を作ることになった。
こんなこともあろうかと、川べりに開拓地を作っている。
用水路を作ることも容易いし、形だけはすぐに整えられることだろう。
「先輩、これ、麦とか以外にお芋なんかいけるんじゃないですか?」
「確かにそうだな。芋は悪くなっていなければ、食料の中に入っているはずだ」
これで二種類か。
形になってきたか。
「では二人とも、作業にかかろう」
「はいっ!」
「任せてー! で、どうすればいいの?」
「川から水を引くためには、農地が川と同じか、より低い必要がある。我々の開拓地は川よりも高い所に作っているから、地面を掘り、畑とするわけだ」
私は木の棒を持ち、畑とする地域を歩き回る。
棒で地面を擦り、跡をつけるのだ。
「ここからここまでだ。まずは実験的に、この規模でやってみよう」
通常の道具を用い、こつこつと地面を掘っていくのも良い。
だが、今この場にはワイルドエルフのシーアがいる。
道具も魔法も、人の暮らしを豊かにするために存在しているのである。
使ってもらわない理由は無い。
「シーア、頼めるか?」
「もちろん。見ていてね。ノーム! 呼びかけに応えて! この土地を掘り返して!」
ノームとは、土の精霊の一般名称であるそうだ。
より優れた精霊魔法の使い手は、精霊に独自の名前をつけ、強大な効果を発揮するのだという。
だが、今回はノームで十分なようだった。
シーアが指さした場所から、地面に穴が開く。
穴からは土が宙を舞い、辺りに積み上がっていく。
この要領で、シーアは何箇所かに穴を開けて回った。
手作業で穴を掘るよりも、何倍も早い。
「ふう……もう、限界……! 精霊力が尽きそう」
シーアがへばってしまった。
畑の予定地は、半分ほどまでが掘り返されている。
これで十分だろう。
「手乗り図書館に記録する。今の魔法の再現をすれば、我々も穴を掘れるというわけだ」
「はい! 建築に使用する魔法よりも、断然効率が良かったですね! 魔力を名付けて行使するというのは、通常の魔法よりも効果が高いのかも知れません」
「ここに、シーアが行なった精霊魔法の挙動が記録してある。我々賢者や、魔法使いといった者たちは言葉の詠唱を用いるが、ワイルドエルフは言葉だけでなく全身を使うのだ。舞踊の要素を詠唱と組み合わせることで、魔法の行使に奥行きが出るのではないだろうか?」
「……そこ。私がくたびれてるのをいいことに、勝手に調べてるでしょ」
切り株に寄りかかったシーアからの鋭い指摘が飛ぶ。
当事者が目の前にいる以上、彼女の精霊魔法行使を勝手に真似するわけにはいくまい。
「シーア。君に許可をもらいたい。我々が、君の精霊魔法を真似してもいいかな?」
「……そう真正面から来られると……。そんなに、私の魔法ってすごかった?」
「ああ。我々の使う魔法が非効率に思えるほどだ」
「そう? そお? ふふん、じゃあ許可を出しちゃおうかな」
言質は取った。
「ナオ。やってみたまえ」
「はい! えっと、詠唱は省略! ふんっ、ふんふんっ!」
ふんふん言いながらナオが踊り始める。
シーアと違って体を鍛えていない彼女は、動きに切れがないな。
すぐに疲れて、座り込んでしまった。
「先輩……全然魔法が発動しません。おかしいなあ……? しかも、すっごく疲れるし」
「ふむ。さきほどのシーアの動きと比較して、違うところがあるのかも知れない。今のナオの動きを記録したから、二人の魔法行使を並べてみるとしよう」
手乗り図書館から、二つの映像を展開する。
「体のキレは雲泥の差があるが、概ね動きは合っている」
「雲泥の差ってなんですかー」
ナオが私の服の裾を掴んでくる。
やめるのだ。
生地が伸びる。
「違うところは……詠唱の有無か。精霊魔法は、この詠唱にこそ真価があるのかも知れないな。どうだろう、シーア」
シーアは得意げな顔をして頷いた。
「精霊に名前をつけなくちゃ。何も言わなかったら、精霊に伝わらないでしょ?」
「道理である」
私は納得。ナオは不満げだ。
無詠唱で魔法を行使できることは、ホムンクルスたる彼女の大いなる長所でもあるからな。
それが精霊魔法を行使するにあたっては、欠点となるわけだ。
「先輩、わたしはいらない子です」
うじうじし始めた。
私はしゃがみ込み、彼女と目線を合わせた。
「そんなことはない。君がいなければ、私は思考の堂々巡りを始め、鬱々とした気分に陥ってしまう。私の思考をリセットしてくれる君という存在は貴重なのだ。それと、ナオも詠唱をしたらいいのではないか?」
ナオの顔が明るくなった。
「先輩にはわたしが必要ですか! 仕方ないですねえ。それじゃあ、詠唱もちょっと本気を出してやっちゃおうかな?」
気を取り直したナオ。
再び立ち上がると、私と並んだ。
「では、合わせて詠唱いってみよう。横でシーアの詠唱を再生する」
「はい!」
私たちは声を合わせ、詠唱を行う。
「ノーム、呼びかけに応えよ。この土地を掘り返せ!」
すると、我々の詠唱と舞踊に合わせ、地面がゆっくりと掘り返され始めたではないか。
体内の魔力が、ゆっくりと抜け出ていく感触がある。
通常の魔法行使に比べると、ゆっくりしたものだ。
なるほど、これは……周囲に存在する魔力と、自己の魔力を同調させて発動しているのか!
精霊魔法とは、自己と自然の一体化なのだ!
「これは素晴らしい……!!」
「あっ」
思わず私が呟いたら、精霊魔法が止まってしまった。
ナオもつられて、魔法を停止してしまう。
「あはははは! 初めてにしては上出来だけど、精霊に意識を集中しないなんてまだまだねー! さて、それじゃあ私が、精霊の名付けから教えてあげましょう!」
「本場のワイルドエルフから、精霊魔法の教授が!? ありがたい……!!」
かくして、畑作り作業は一転。
精霊魔法の基礎講座になっていくのであった。