143話 泳ぐ賢者たち
「それー」
ナオがゆるゆるとした掛け声とともに、足をばたばたと動かす。
浮力に恵まれた彼女なので、足さえ動かせば水の上を移動していける。
「おおー! 泳いでます、泳いでますよ、わたし!」
「君は水に浮くから、動力さえ確保すればあとは楽だな。自らの足で泳がなくても、動力を担当してくれるゴーレムを作れば解決するかもしれない」
「その手がありました!」
ざぶりと立ち上がるナオ。
ちなみに浮力が高いことにも弱点があり、ナオは頑張らなければ潜水できない。
すぐにぷかっと浮かび上がってしまうのだ。
「先輩、ここでゴーレム作っちゃいます。海の底の砂を掬ってきてもらえませんか?」
「いいとも」
私は潜水し、砂を掬い上げた。
頭上では、ナオがぷかぷかと浮かんでいる。
また浮かんでしまったか……。
彼女の奇妙な特技を知った私である。
ホムンクルスがもともと、人間よりも少し比重が軽いのかもしれない。
「先輩おかえりなさーい」
「うむ。水底の砂はこんなものでよいかな?」
「はい、じゅうぶんです!」
ナオは私から砂を受け取ると、その表面に指先で何かを書き始めた。
ゴーレムを作るための魔法文字である。
「ゴーレム、汝に命を与える」
ナオが唱えると、砂がもぞもぞと動き出した。
生まれたのは、奇妙な形をした小さなゴーレムである。
カエルの二本の足だけを実体化したような、というと分かりやすいだろうか。
私はこの後、もう一度もぐり、砂を持って来た。
ナオがこれをゴーレムに変える。
そして、二体のゴーレムは、ナオのつま先にセットされた。
「見ててください、先輩! わたしの泳ぎ!」
「うむ」
「ゴーレム、スタート!」
ナオの宣言とともに、ゴーレムが猛烈な勢いでバタ足を始める。
すると、ミニゴーレム二体をくっつけてなお、充分な浮力を持つ彼女の体はどんどんと進んでいった。
「おお、大したものだ……!」
「でしょうー」
バタ足で泳ぐ程度の速度ではあるが、確かに進んでいっている。
私は浮き袋を押しながら、彼女を追いかけて泳いだ。
すぐに追いつく。
「えーっ、先輩どうしてそんなに速いんですか?」
「私の泳ぎ方は、平泳ぎというものだからだよ。カエルの泳ぎ方を真似た泳ぎ方だ。君のゴーレムはカエルの足のようなのだから、バタ足は非効率なのかも知れないな」
「なるほどー!」
ナオが納得した。
そして、すぐに改善してくる。
カエルの足ゴーレムが、ちゃんとカエル泳ぎをし始めたのだ。
素晴らしい対応速度だ。
さすがはナオである。
もちろん、そのお陰でナオの水上航行速度はぐんと上がる。
「はやいはやい!」
ナオがはしゃぎながら、水上を走り回っている。
ディーンがこれを砂浜から目撃したらしい。
『ピャアー!』
ばたばた手を振り回して、水辺に走ってくる。
乗りたいようだ。
「マルコシアス! ディーンを連れて泳いでこれるかね!?」
私は声を張り上げ、マルコシアスに質問形式で言葉を投げかける。
すると魔狼は満足げに尻尾を振った。
『その質問に答えよう! できるとも!』
少々距離が離れているので、彼も声を張り上げてくる。
そしてマルコシアスは、ディーンの尻尾をくわえ、ぽんと頭上に放り投げた。
子竜が魔狼の頭の上に、ちょこんと乗る。
『しっかり掴まっていろ』
『ピャ』
ディーンが、マルコシアスの耳にしがみついた。
かくして、海の中に入ってくる魔狼である。
四本の足と翼を駆使し、水中を掻く。
さらに、蛇に似た太い尾が水の中では尾びれの役割を果たすらしい。
猛烈な勢いでこちらに迫ってきた。
「ひゃー! はやいはやい!」
あまりに速いのでナオが驚き、手をバタバタさせる。
ちなみにこれは、ナオの航行に邪魔な動きだったようで、彼女の速度が緩んだ。
『お届けだ』
マルコシアスが、頭を下げた。
魔狼の頭から鼻先を伝って、ディーンが滑り降りてくる。
そして、ナオのお腹の上に乗った。
『ピャー!』
大満足のディーンである。
「ディーン、落ちないようにつかまってるんだよー」
『ピャ!』
ナオの指示を受け、ディーンはナオのお腹にぴったりと伏せた。
すると、前方の視界が悪くなるらしい。
くるりと後ろ向きになった。
『ピャー』
「出発~!」
ナオが進み始めた。
これを眺める、私とマルコシアスである。
「……あのゴーレム、よく考えると、ナオ以外には使いこなせないのか。つまり、ナオが水に浮きながら移動するためだけのゴーレム……。なんと専門的なゴーレムだろうか」
私は感心してしまう。
最初は実用的なものが必要だ。
だが、やがて実用によって生活が満たされたとき、必要になるものとは何か。
それは、一見して無駄なもの、である。
例えばナオの水上推進力となるだけの、カエルの足ゴーレムのような。
しかしこれがあれば、ナオはぷかぷかと浮かぶだけで水上を自由に移動できる。
ディーンをお腹に乗せることもできるのだ。
これは即ち、余裕があるからこそ生まれるものである。
心の潤いとなる、娯楽としての発明品なのだ。
「開拓地にも、娯楽を用意していかねばなるまいな。生物は時に、遊ぶものだ。娯楽とは、生き物にとって切っては切れぬものなのだ」
私は開拓地に戻ってから、新たなやるべき事を見出していた。
目の前を悠然と航行するナオが教えてくれたことだ。
ありがとう、水上船ナオ号。
「なんだか分からないけど、先輩が嬉しそうな顔をしてるので! わたしも嬉しくなっちゃいます」
私の前を通過しながら、ナオが微笑んだ。
「ああ。君はいつも、私に新たな気付きをくれる。改めて礼を言おう。ありがとう」
「どういたしましてです!」
こうして、いつまでも海の上でぷかぷかと浮かびつつ楽しんでいた我々だが……。
「準男爵ー! 奥方様ー! そろそろ戻ってこられてはー!」
オーラス将軍から呼ばれてしまった。
海水浴はこれまでらしい。
この砂浜は、人払いをしてもらい、私とナオの二人で使っている。
そろそろ人払いしていられるタイムリミットが来たということだろう。
「ナオ、時間のようだ」
私が声をかけると、水上船ナオ号は随分遠くにいる。
これはいけない。
ただでさえ、くらげのようにぷかぷか浮いているのだ。
カエルの足ゴーレムの推力も加わり、沖に流されてしまうぞ。
「マルコシアス、手伝ってくれ」
『質問ではないのか?』
「マルコシアス、ナオとディーンを連れ戻せるか?」
私は言い直した。
魔狼はご機嫌で口角を吊り上げる。
『その質問に答えよう。お安い御用だ』
魔狼が猛烈な速度で泳いでいく。
狼というよりは、魚類のそれを思わせる速さである。
あっという間にナオに追いつき、鼻先でナオを押しながら戻ってきた。
「せんぱーい! 向こう側、流れが早いんですねえ。あっという間に持っていかれちゃいました!」
「うむ。危ないからあまり遠くまで行かないようにね」
「はい!」
『ピャ!』
一人と一匹の良い返事を聞きながら、我らは帰途に着く。
初めての海水浴は、こうして終わったのである。




