141話 シーバード漁
観光と研究は両立するか?
答えは是である。
私とナオとディーンとマルコシアスを積み込み、シサイドの漁船は海に繰り出した。
「陸が見える海もいいですねえ」
ナオはうっとりしながら、船べりからの光景を楽しんでいる。
そしてすぐに立ち上がり、
「じゃあわたし、船の構造を調べてきますね!」
『ピャピャー!』
『見てくる』
一人と二匹は常に自由である。
漁船探索に旅立ってしまった。
「自由ですねえ、奥方様」
「だろう? 彼女が生き生きしていると、私も楽しくなる」
オーラスに答えた後、私も仕事をすることにした。
「漁の仕方はどうやるのかね?」
「へえ。見ていていてください」
私に漁のレクチャーを行うのは、ベテラン漁師のフピンである。
彼は、大きな網を指差す。
網には棒が繋がっており、この棒の先端はロープで船にくくりつけられていた。
「これから、シーバードを取りに行くんですが、あいつらは水の中で助走して飛ぶんですよ。で、お決まりのコースを泳ぐ。この網をコースに置いて、飛んだところをキャッチするわけですわ」
「なるほど、空中で魚をキャッチするとは……!」
「この季節なら、卵を抱えたメスも多いですからね。ただ、まだ受精はしてないんで、こっちは俺らでやる必要がありそうです」
「ふむ、そこは改善点だね」
やはり、現場の漁師からは貴重な意見が聞ける。
養殖は学問ばかりではなく、産業でもあるのだ。
現場の目は大事である。
船が特定の地点に到着する。
微かに、シサイドの島々が見える程度の沖だ。
頭上では海鳥たちが飛び交っている。
「あいつら、シーバードが飛び出す瞬間を待ってるんですよ。で、飛んできたところをキャッチする」
「シーバードはなぜ、呼吸ができない空中に飛び出すのかね? 彼らを捕食する大型の魚に追われているのでは?」
「おっしゃる通りです。シーバードはちょうどいいサイズですからね。あいつらを食う大型の魚は多いんですよ。で、そいつらも俺らの獲物なわけですが」
フピンの話では、シーバードはとにかく数が多いのだそうだ。
だから、彼らが餌となり、海鳥や大型の魚たちを養っていることになる。
しかし、もしも人間がシーバードを一気に獲ってしまったらどうなるか。
餌が減少した海鳥や魚たちは、やはりその数を減じていくことになるだろう。
それはつまり、漁獲量も減ることを意味している。
シーバードを乱獲すれば一時的には豊かになるが、将来的にはジリ貧になるということだ。
我々はここでシーバードを獲り、これを増やして養殖せねばならない。
「じゃあ、棒網を下ろしますよ」
「これは棒網というのか。棒網漁だな」
「あ、そうです。そういう名前ですな! いやあ、外国から来た貴族様が視察するというから、何を言われるんだろうと緊張してたんですが、話の分かる人で助かりますわ」
「なに、現場のことを一番良くわかっているのは君たち漁師だ。こういうのはプロに任せるのが一番いいものさ」
「ありがたいことです。皆さんそうだと良いんですがねえ」
どうやら、シサイドものどかなばかりの国ではなく、色々と外野が口出しをしてくることがあるようだ。
「例えばどんな口出しが?」
「いやあー。将来のためにもっと魚を獲れ、とか」
「今が良ければ将来が地獄でも構わない主義の言葉だな」
「全くです。物事には適量ってものがあるんでさ。俺らも数年前の魚大発生の時、獲り過ぎちまったのが悪くてですね。お蔭で赤ん坊は増えて、将来の口の数がとんでもないことになるんで」
「そのために私が呼ばれたのだよ。そして、君が獲るシーバードがシサイド王国を救うことになるだろう」
「そう願いたいもんです」
浮かれることもなく、軽く愛想笑いを浮かべるフピン。
冷静である。
プロの漁師とはこのようなものか。
「さて、準男爵、来ますよ来ますよ」
「ほう」
「ぶつかって来ますからね、注意しててくださいよ」
「魚が? 船上の私にぶつかる……!?」
フピンの言葉が一瞬理解できなかったのだが、それはすぐに実体験という形で現れた。
海面が急激に泡立つ。
真っ青な海の中を、大群の何者かがこちらへ向かってくるのだ。
それらは、一斉に水面へと浮上してきて……。
飛び上がる。
青くキラキラと煌く、小さな魚たちの群れ。
陽光を浴びて、その青は私の目に深く焼き付く。
シーバードの大群が、船を飛び越えて飛んでいくのだ。
「うわあー!! 先輩! お魚が空を! うわー!」
ナオの歓声が聞こえる。
ディーンも喜んでいるようだ。
いや、あれは食欲かな。
「どうです、準男爵」
「いや……大したものだ。地底世界、古代の人造神、飛び立つ地竜……。様々なものを見てきて、ちょっとやそっとでは驚かないと思っていたが。世界にはまだまだ、凄いものが存在するのだな……!!」
海鳥たちが騒がしくなる。
彼らにとって、ごちそうにありつけるチャンスなのだ。
白い羽色が、青いシーバードに入り交じる。
まるで夢でも見ているかのような光景だ。
現実感が無い。
だが、私は唐突に現実に引き戻された。
ストッ、ストッ、と音を立てて、シーバードが網に突き刺さる。
次々に刺さっていく。
やがて、網目の多くにシーバードが刺さったところで、フピンが巻き上げの指示を出した。
棒網がくるくると巻かれていく。
すると、甲板にシーバードがぼとぼとと落ちてきた。
ぴちぴちと跳ねる。
「ふひゃー、せ、せんぱーい!」
ナオが、魚を踏まないようにふらふらしながらやって来る。
なんと彼女の頭に、シーバードが鎮座していた。
「魚が急に、どさーっておちてきたからー」
「うむ、彼らの孕んでいる卵から、養殖に用いる稚魚を作るのだよ。これだけいれば準備は万端と言えるだろう……!」
「そうなんですね! じゃあ、仕事は順調ですね! でも、なんか魚くさくなっちゃいました! においを落としたいですー」
ナオの言葉に、これまで静かだったオーラスが声を上げてきた。
「それじゃあ、泳ぎませんかね? ちょうど、昨日計った奥様の水着も出来上がってますし」
「ほう……」
海で泳ぐ。
なるほど、せっかく南国に来たのだ。
それもありかもしれない。




