137話 養殖場とご婦人方
「翼人で興奮してましたけど、よく考えたら開拓地にいるアンドロスコルピオの方々はもっと形が違うんじゃないでしょうか」
養殖場予定地へと向かう最中、ナオが質問をしてきた。
よい質問である。
「ナオ、アンドロスコルピオは、どちらかというと我々よりもマーメイドに近い存在なんだ。厳密にはさらに違うけれどね。彼らはもともと、外骨格の生物であったと考えられている。その外骨格が体内に、簡易な骨格のようなものとして侵食し、その代わりに人間の様に見える部位の大半が柔らかな皮膚と肉に入れ替わった。その形跡があるんだ」
「なるほどー! 成り立ちからして、ぜんぜん違うんですね!」
「そういうことだ。翼人は我々と同じ、脊椎を持つ動物から進化していると考えられる。それでありながら、六脚なのだよ。ちなみにマルコシアスも六脚なのだが……彼は悪魔だからね」
『うむ』
魔狼が鼻を鳴らして答えた。
ナオは納得してくれたようだ。
我々の会話が終わるのを待っていたらしく、オーラスが声を掛けてくる。
「準男爵、そろそろ予定地です。以前に言われたものをこちらでも準備はしてみました」
「ああ、了解した」
そこは、ゴツゴツとした岩の目立つ入り江である。
小舟が何艘か係留されており、そこここに、網で囲われた空間がある。
「あれでいいんでしょうかね」
「どれどれ」
我々は小舟に乗り込み、網を見て回った。
この網で囲われた空間が養殖場だ。
巨大な生け簀を作り、この中で魚を育てるわけだ。
さて、私とて、養殖に携わったことがあるわけではない。
この世界の人間の誰だってそうだろう。
今行われようとしているこれは、この世界で初めての、魚の養殖という産業なのだ。
手乗り図書館を展開して、確認作業を行う。
うむ、記されているものと、今構成されている生け簀はかなり近い状態のようだ。
「ナオ、どうだね?」
「うーん、養殖の意図を考えると、ここはもうちょっとこうした方が……」
ここで建築物の専門家であるうちの妻の意見が入る。
生け簀周りにいた漁師たちは、まさか準男爵の妻が意見してくるとは思わなかったのだろう。
みな、面食らっているようだ。
彼女はここに来るまでに、養殖計画について私と綿密な相談を重ねてきている。
準備も充分。
ナオがリュックをごそごそすると、生け簀のミニチュアが出てきた。
「こんな感じで……」
おおーっとどよめく漁師たち。
その後、ぞくぞくと小舟が集まってきて、ナオの話の説明会になった。
「ええと、ちょっとまっててくださいね。わたしの声だとあんまり通らないから……。魔力を通して、筒と成す……っと!」
ナオが久しぶりに錬金術を使った。
リュックの中の道具に魔力を通し、拡声効果を持つ魔道具を作ったのだ。
正に、こんなこともあろうか、というやつである。
「素晴らしい」
私は微笑みながら彼女の説明会を見学した。
「へえ……奥方様、こんな特技があったんですねえ」
「船の中で散々見ただろう? 彼女は建築に関する賢者なのさ。今回の仕事は、私とナオの二人がいなければ始まらない」
オーラスはほうほう、と分かったのだか分かっていないのだか分からないような頷きを繰り返すのだった。
一通り、ナオの説明が終わると、漁師たちからの質問が飛んできた。
これにナオは答え、想定外の質問があると、私が横でメモをとる。
現場の意見は貴重だ。
「はい! ありがとうございまーす! これで今日の質問会はおわりになりまーす! 後日、サンプルを作ってみなさんぜんいんにおとどけします!」
漁師たちから、『うぉー』やら『うぇーい』と大歓声が上がった。
「生け簀の担当者が女性でも、彼らには特に偏見などは無いようだね」
「そいつはもちろんです。漁師ってのは女でもやりますからね。海に出てしまえば、男も女もありません。軍隊ばかりは男の仕事ですがね」
オーラスが笑った。
軍隊は、ある程度の大きさの閉鎖空間に、人間が閉じ込められることになる。
男女を同時に入れると、そこでトラブルが発生することが多かったから、現在は男の仕事になっているということだ。
これは単純に、男のほうが力仕事が得意であり、軍隊には力仕事に属する作業が多かったからである。
「ということで、女性ながらあの海を超えてやって来た奥方は、ちょっと尊敬されてますよ。これから別の意味で忙しくなりますから、覚悟してて下さい」
「別の意味……?」
オーラスが語った内容はすぐに分かった。
入り江に、シサイド王国の御婦人方が集まっていたのである。
それも、それなりに立場のある女性たちであろう。
「せ、先輩、あれなんでしょうか」
「君のお客さんかも知れないな」
「わたしの!?」
ナオが目を白黒させた。
そして私の言葉は的中である。
「ナオさん! 貴女が職業婦人の走りだということで、王国では注目が集まってますのよ!」
褐色の肌に、長身で肩幅の広い女性が前に進み出る。
「ヤクマ王子の妻、マガレット妃殿下です」
「ほう。何やら熱心に、ナオにインタビューしているようだが」
「妃殿下はご結婚前は、名の知れた女性運動家でして。あらゆる学問、仕事に女性は挑むべきだという持論で、職業解放運動を行い、著書も発行されてまして」
「ほう。それはつまり、男性だけで占められている職業を女性にもやらせろというような?」
「ああ、いえ。社会的に重要な役割にも女性は加わるべきで、責任も同時に負うべきだという考えです。結構ハードな考えなので、女性の支持も半々でしたが、ご覧の通り宮廷の若い御婦人方からは大変な人気で」
「なるほど」
ナオは、マガレット妃と年若い女性たちに囲まれて、きゃあきゃあ騒がれている。
彼女はどちらかと言うと、ひとりでコツコツ研究して、ふひひ、とか喜んでいるのが好きなタイプだ。
つるむとしても少人数。
これだけの大人数に囲まれて、わいわいと褒め称えられる経験はあまりあるまい。
この間の結婚式くらいだ。
「せんぱい、たすけてえー」
ほら、ヘルプ要請が来た。
「諸君、妻が悲鳴を上げているので、今日はそこまでにしてもらえないかね?」
「せんぱーい!」
ナオがじたばたしながら人混みを抜けてきて、よろよろと私にしがみついてきた。
彼女が私に抱きついたように見えたので、ご婦人方が、きゃーっと黄色い歓声を上げた。
なんだなんだ。
「準男爵。ご婦人はなんだかんだ言って、ロマンスがお好きなのですよ」
「ははあ」
なるほど、よく分からない。
マガレット妃は腰に手を当てて、私の頭から爪先までをじろじろと見た。
難しい顔をしていたのだが、すぐに笑顔になる。
「妻に責任ある仕事をきちんとさせて、フォローする夫! 合格!」
「何の話だね? 我々は夫婦である前に二人の賢者なのだ」
私が応じると、マガレット妃は笑顔のまま固まった。
「あ、これは妃殿下が想定してないあさっての方向の答えが帰ってきたからですな。さすが準男爵です」
オーラスがよく分からない褒め方をしてきた。
「ともかく、我々はここで失礼する。行こう、ナオ」
「はーい! 観光ですね?」
ナオは人混みから抜けて、すっかり元気になっている。
そんなわけで、ご婦人たちの熱い視線と、漁師たちの戸惑いの視線に見送られながら市街地へと移動する我々なのだった。
ちなみにこの間、岸で待っていたマルコシアスの背中で、ディーンはすやすやと眠っていた。




