134話 シサイド王国への到着
船上での暮らしは、刺激に満ちている。
陸にいては会えない海鳥が、日々マストや船べりに止まる。
船をちょっとした休憩場所に使っているのだろうか?
「こいつらが群がっている場所には、魚がいるんですよ。なんで、そこで釣りをすると夕飯が豪華になるってわけです」
「なるほど、鳥の習性を利用して魚を得る訳か。理に適っている……!」
私は感心して、手乗り図書館にメモをした。
私の手のひらに浮かび上がる図書館に、ディーンが目を丸くする。
『ピョピョー』
私の膝からよじ登ってきて、手や尻尾を伸ばして手乗り図書館に触ろうとしてきた。
「ディーン、これは私しか触れないぞ。実体がないからな」
『ピャー』
今度は頭を突っ込んできた。
子竜はわんぱくざかりである。
ディーンをあやしつつ、海鳥を観察することにする。
手乗り図書館をいじられていても、私は図書館にメモなどをすることができるのだ。
ほうほう、造形はこう……。
私がよく知る鳥とは若干、構造が違う。
書物で読んで知ってはいたが、実際に目の前で見てみるとその差がよく分かるものだ。
少し向こうでは、船底からナオが上がってきたところだった。
後ろに保護者のマルコシアスが続いている。
船員たちは、まだマルコシアスがちょっと怖いようだが、基本的に人間のできた魔狼であることが分かってきたようである。
マルコシアスと出会っても、甲高い悲鳴を上げなくなった。
「せんぱーい! 竜骨すごかったです!」
ナオが興奮して鼻息を荒くしている。
「ほう、私にも見せてくれるかな?」
「もちろんです! えっとですね、これがですね」
駆け寄りざま、早口で説明をしてくれるナオ。
彼女を見て、オーラスが不思議そうな顔をした。
「準男爵。どうして奥方様は、準男爵を先輩と呼ぶんですかね」
「ああ、それはだね、私が賢者として彼女の先輩だからだ」
「ですー」
我々の返答に、オーラスの顔がさらに訝しげになった。
「分からん……」
「先輩は先輩では……?」
ナオも訝しそうな顔をする。
船員たちも、このやり取りを聞いて首を傾げた。
おかしい。
一般的にはそうではないのか?
だが、我々は我々である。
このまま行こう。
そんな研究ぐらしが、一週間ほど続いただろうか。
そろそろ、体を洗える真水が恋しくなってきた頃合いだ。
シサイド王国が見えてきた。
ぐんと、帆船が加速する。
まるで水流が変わったかのようだ。
恐らくは、マーメイドたちが手を貸してくれているのだろう。
船はどんどん突き進む。この速度は、既に船のそれではない。
「ひええ、先輩ー!」
ディーンを抱きしめたナオが、私の腕にひっついてくる。
「うむ。私から離れないように」
私もナオを固定した。
そして自らを、マルコシアスに固定する。
「大丈夫かね、マルコシアス」
『その質問に答えよう。大丈夫だ』
果たして、結果はマルコシアスの返答通りとなった。
船は桟橋が見えてくると同時に、急激に減速した。
帆が畳まれ、船はゆったりと、正確な動きで桟橋に接舷する。
「ふう、相変わらず、マーメイドたちの操船はとんでもないですな。ですが、これほど安全なものもない」
オーラスが額の汗を拭った。
何度もこれを経験しているようだが、やはり慣れないものらしい。
彼は軽く息を整えてから、我々に手を差し出した。
「では準男爵夫妻。こちらへどうぞ。ここからが、シサイド王国でございます」
芝居がかった仕草だ。
だが、悪い気はしない。
私は彼の手を取って立ち上がった。
オーラスが微妙な顔をする。
「準男爵が掴まるとは……」
「おや、もしやナオの手を取るのを期待していたかね」
「はあ、まあ……。こういうのはそういうお約束かなと」
「なるほど。だが私に掴まってナオも立ったので問題ないだろう」
ナオは私にくっついていたので、私が立ち上がると自然と立つ体勢になるのだ。
「まあいいじゃないか。では、シサイド王国に降り立つとしよう」
「ですね! 行きましょう、先輩!」
我々は、船の下り口に立つ。
視界いっぱいに広がる、海と砂浜。
私たちを歓迎する、シサイド王国の人々……はいなかった。
「おや?」
「あ、準男爵、ちょっとまってて下さい。今ようやく、船が到着したって国の連中が気付いたみたいなんで。あと一時間くらいでみんな集まりますから」
「ふむ。割とゆっくりした気風の国なのかな?」
「ええ。シサイド時間とも呼ばれてまして、大体予定時間の一時間から二時間後くらいに動き出しますな」
なんたるのんびりとした気風であろうか。
嫌いではない。
準備が整うという時間まで、私とナオは砂浜に降りて遊んだ。
ディーンが砂を掘り返す。
出てくるカニを私が捕らえる。
そして研究だ。
「きゃー、ディーン、水をかけちゃだめー」
『ピャーピャー!』
しばらくこうして過ごしていると、船の辺りが騒がしくなってきた。
歓迎の準備が整ったようだ。
オーラスが呼びに来たので、私とナオで船に戻った。
歓迎に集まった人々の前で、船に乗り込んでいくという不思議な状況になる。
そして、歓迎する一団の前にいた髭の男が声を張り上げた。
「セントロー王国使節、ジーン・ビブリオス準男爵、並びにナオ夫人、ご到着ー!!」
わーっと盛り上がる、歓迎の一団。
陽気な打楽器のリズムと、角笛みたいなものが吹き鳴らされ、肌もあらわな小麦色の肌の女性たちが踊る。
次には、上半身裸の褐色の男性たちが現れ、筋肉を誇示するようにして踊りだした。
「これはどのタイミングで登場すればいいのかね?」
「割と適当でいいですよ」
オーラスからの指示も適当だ。
シサイド王国は、それだけ大らかな国だということだろう。
私とナオは、踊りと音楽の最中に、トコトコと現れた。
拍手が巻き起こる。
踊っていた筋肉男性の一人が、スッと進み出てきた。
白い歯を見せながら微笑み、握手のために手を差し出す。
「シサイド王国の第一王子、ヤクマです」
「なんと。まさか次の王たる方が半裸で踊っているとは思いませんでした。素晴らしい歓迎をありがとうございます。ジーン・ビブリオスです」
我々は固く握手を交わした。
「準男爵、さすがにそこを全部言うのはシツレイでは」
後ろでオーラスがハラハラしていたようだ。
だが、ヤクマ王子は気に入ったようだ。
「我が国を救う手立てをご教授下さったと聞いています。今回の滞在では、シサイド王国の美しい自然と、素晴らしい文化を楽しんでいただきたい。その上で、養殖という新たな産業を確立するため、ご教授を願いたい」
「尽力しましょう」
私が答えると、ヤクマ王子は満面の笑顔になった。
白い歯が目立つ。
そして、我らは手を握りあったまま、国の人々に向き直り、大きく腕を差し上げた。
湧き上がる大歓声。
楽器が賑やかに鳴らされ、人々が踊りだす。
そうか、こういう国なのか。
「楽しいところですねえ、先輩! わたしもおどっちゃおう」
ナオも不思議な踊りを始めた。
さあ、これから、旅行に養殖の指導にと、忙しくなるのだ。




