14話 火をかけろ
いよいよ、ウッドゴーレムを乾燥させる段階に入る。
岩窟にはコウモリやトカゲが住んでいたのだが、彼らには退去願う。
そしてウッドゴーレムを積み上げた後、岩窟内部に岩の窯を作る。
窯の内部に炭と火種を入れ、岩窟を塞ぐのだ。
「これで大体一週間です。岩窟の中の空気にある燃える素……炎素がなくなるまで窯が熱を発して、その後は岩全体が熱を持ってじりじりと熱して水分を抜きます」
「ほう」
「本当は、賢者の塔にある乾燥設備を使えると二日で終わるんですけどね。熱の管理と空気の循環ができれば一番早いんですよ……あ、先輩さっそく記録してますね?」
「ああ。建築は専門分野ではなかったからな。君が話すことはどれもが新鮮で良い」
「良かったです! 先輩のためにマスターした甲斐がありました。でも、まだまだ私の仕事はありますからね!」
ナオは窯に火をかけると、土に魔法文字を刻んだ。
すると、土が盛り上がる。
マッドゴーレムだ。
これが岩窟の入り口に取り付いて蓋となる。
「これは一体何をしているのだ?」
「木材を乾燥させるんだ。人間が住む家というものは、樹木を切り倒して加工しないと建てられない。岩を削ってこういう家を作ることもできるが、住環境としては下等とされている」
「ふん、一々森を殺さねば住まうこともできんのか。人間という者は度し難いな」
「その通り。我々人間は、自然の様々なものを利用し、殺し破壊せねば生きていけない。そのように生まれついた存在なのだ。魔族の血が混じった私と言えど、その宿命から逃れることはできない。故に、我々と君たちは棲み分けが必要なのだ。今回の開拓任務で、君たちワイルドエルフの協力が得られることは大変ありがたい」
トーガは目を白黒させた。
私に皮肉でも言ったつもりだったのだろう。
だが、それはその通りなのだから反論のしようもない。
「ふう、終わりです! じゃあ一週間待ちましょう。ええと、この岩窟の炎素量だと三日くらいでなくなるから……中日でいちど封を開けて、窯の掃除と空気の入れ替えですね」
では、その間にできることをしよう。
全てのウッドゴーレムを岩窟に詰め込んだ我々は、一旦キャンプへと帰還する。
エルフの里の世話になってもいいのだが、彼らの住環境は特殊すぎ、私とナオには居心地が悪い。
「では、俺は里へ戻る。シーアはこいつらの監視を続けろ」
「えっ!? 兄さんずるい!! 私も帰るー! あーん」
トーガが我々の前から消えた。
今回あったことを、エルフの里に報告しに行ったのだろう。
憎まれ口を叩くが、きっちりと仕事をする男だ。
信頼できる。
置いてけぼりになったシーアがしょんぼりしている。
ナオが彼女を慰めに行った。
いや、正確にはいじりに行ったのである。
以前、ナオのことを、喜怒哀楽が乏しいと評したがそれは少し違うな。
彼女の感情は、喜と楽に偏っている。
故に、私は彼女と一緒にいると鬱々とした気持ちになる暇がなくなるのである。
私の精神を安定させてくれるとでも言おうか。
「シーアさん大丈夫ですよ。わたしたちは人間じゃないので怖くないですし、たまにはキャンプに泊まるのも楽しいじゃないですか。私は外の世界に出たのが初めてなので、何もかも珍しくて毎日楽しいですよ」
「外が初めてって、ナオはずっと家の中に籠もっていたの?」
「はい、そうです。わたしは人間に作られた、魔法生物ホムンクルスなので、本当は試験管から出たらすぐに死んでしまうんです。それを、先輩が手乗り図書館を使って外でも生きられるようにしてくれたんです。だからこうしてシーアさんともお話しできるんですね」
「すぐに死んでしまうって、お魚みたいな生き物だったのね」
「多分そうです」
いい加減に返事をしたな。
「お魚を水の外で生きられるようにするなんて、どういう精霊に働きかけたらそうなるのかしら」
シーアが私を興味深そうに見る。
そうだな。
あれは、私が予想できないような状況だった。
手乗り図書館がナオを前にした時、未知の知識を語り始めたのである。
試験管の中に浮かぶ、ナオの意思のない瞳を見た時、私は彼女のことが哀れに思えた。
擬似的に心臓や内臓は作られているから、生命はある。
だが、魂が宿らないからホムンクルスは長く生きられないのだと言う。
それは賢者の塔における一般的な学説だ。
「そうだな。魂を入れる魔法を使った。魂と呼ばれるようなものは、どこにでも浮遊しているようで、これを集めて凝縮し、ナオに注ぎ込んだのだ」
今になっても、その時行使した魔法がどういうものだったのか、私には理解できない。
だが、これによってナオは自立した意識を得た。
しばらくは賢者の塔で実験動物のように暮らしていたが、魂を与えた都合上、私が彼女の世話役になった。
ナオの人間性は、私から学び得たものだと言っていいだろう。
やがて、優れた知性と高い魔力を持っていることが明らかになり、ナオは賢者見習いとして賢者の塔内部を自由に活動することを許されたのである。
ナオの生活している様そのものが、賢者の塔にとっての研究材料なのである。
そんなナオだが、私の旅に付き合って賢者の塔を抜け出してきてしまったのだから、今頃向こうは大騒ぎであろう。
賢者の塔からも、追手がかかるかも知れんな。
対策を講じねば。
「時にシーア」
「なあに?」
「私とナオに害を加えようとする人間が、森にやってくる可能性があるのだが、対応策を実行するために手を貸してはもらえないか?」
「あなたたちって、本当に厄介事ばかり持ち込んでくるのね……! まあ、お願いっていうなら聞かないでもないけど!」
兄と比べ、素直な妹なのだった。