132話 シサイド王国へ向かって 3
宴だが、私以外は大いに盛り上がった。
私は酒を飲まないので、水と果実の汁を混ぜたものを飲みながら、粛々と食事をしたのだ。
海の町である、ヴァイデンフェラー領の料理は、実に素晴らしいものだった。
趣向を凝らした海の幸を、様々なやり方で料理している。
聞けば、シサイド王国からシェフを雇ったのだという。
なるほど、それ故に、セントロー王国では見られない料理の数々か。
この料理など、生魚ではないのか?
海のものでも陸のものでも、生で食べるのは危険なはずだが……。
ふむ、細やかに生肉の表面に切れ目が入っている。
寄生虫の類を、これで殺すわけか。
付け合せのソースは、ビネガーを主体としたものである。
さらに、辛みの強いスパイスを練ったものが添えられている。殺菌の効果を期待されているのであろう。
これほどまでに注意をした上で、生肉を食らう人種とは、なんと欲深きものか。
飽くなき食への執念に、私は感嘆を禁じえないのだった。
『ピャー!』
「あっ、ディーン! 私がつらつらと感想を述べている間に!」
気がつくと、生魚はほとんどディーンに食べられてしまった。
いつもはナオの膝の上がお気に入りの子竜だが、今日はナオが、辺境伯領のご婦人や騎士たちと盛り上がっているため、ここで留守番なのだ。
テーブルの下にはマルコシアスもいるため、ディーンが寂しがることもない。
『ピャピャピャ』
生魚をもりもりと食べ、ご満悦のディーン。
次には、テーブルの上を探検し始めた。
山盛りの茹で野菜に近づくと、両手いっぱいにそれを掴み、もりもりと食べる。
『ピャー』
「ディーン、それは皆で取り分けるものだ。その場で食べてはいけないぞ。持ってこっちに戻ってくるのだ」
『ピャァ』
ディーンが首を傾げた。
私が手招きすると、野菜の山を抱えて、こっちによちよち歩いてくる。
差し出した皿に、ディーンの野菜は盛られた。
「肉も野菜もバランス良く食べるとは、偉いな」
『ピャー』
ディーンは元気に答えると、野菜をもりもりと食べ始めた。
どれ、負けてはいられない。
私も明日の活力のため、料理を食べるとしよう。
「おや、ジーンひとりなのか? 誰も話しかけに来ないとは、何を考えてるのだか」
私の横に、アルブレヒトがやって来て腰掛けた。
「うむ、マルコシアスが怖いのではないかな」
「ああ、女子供はこの魔狼が怖かろうよ。だが、我が騎士団の朴念仁どもには、卿の方が恐ろしいのだ」
「ほう?」
「力を頼みに、物事を解決してきた者たちだ。力を振るうことしか知らん。だが、卿は力だけではなく、知恵の力で俺たちが解決できなかったことを成し遂げてしまった。得体のしれない人物のように思っているのさ。あるいは……己の知恵のなさを恥じて近寄れないかだ」
「ふむ。知らないことは恥ではない。人はいつからでも、学び、知ることができるのだからね。なんなら、私が彼らに一つ、講義をしてもいいくらいだ。ところで食事をしても?」
「わはは! 卿は相変わらずだな! 存分に食ってくれ。高い金を払って雇っているシェフの料理なんだ。そして、講義の件は新婚旅行が終わったら、依頼させてもらうとするさ。これからは力だけではいかん時代だ」
酒盃を手にした辺境伯は、笑いながら去っていった。
向こうで騎士たちに合流したようで、歓声が上がる。
「辺境伯領も、明るくなったものだ。戦争がなくなり、新たな仕事がやって来る。自分の居場所さえあれば、人は明るくいられるものだ」
私の独白に、分かっていないであろうディーンが顔を上げ、『ピャ』と応じた。
自然と笑みがこぼれる。
「君は食事に専念したまえ。赤ん坊は食べることと、寝ることが仕事だ」
『ピャー』
どれ、私も料理をやっつけることにしよう。
ナオが酒盃一杯でダウンし、目を回したので宴はお開きになった。
残りたいものは残り、酒を飲んで語り合っているようだ。
だが、我々は明日の出発のために引っ込むべきだろう。
「すみません、準男爵。奥方様、こんなにお酒に弱いと思ってなくて……」
「なに、気にする必要はない。彼女は酒の場の雰囲気が好きなのだよ。それに、ホムンクルスゆえ、アルコールとは親しい存在だ。この場の空気と、酔うためのアルコールという概念で彼女もまた酔ってしまうのさ。実際にはほとんど口をつけていなかっただろう?」
「あ、はい」
ナオを運んできた騎士たちは、私の言葉にきょとんとしていた。
「どうして奥方様が、ほとんどお酒を召してらっしゃらなかったって分かるんです?」
「アルコールのにおいがしないからね。それに、寝息の質が違う。体組織が弛緩して発する息ではない。これは微量のアルコールがきっかけになって、眠ってしまっただけさ。では、我々は先に失礼する」
去り際に、辺境伯もやって来た。
「おう、では明日だな、ジーン! 既に準備は万端。卿等も張り切りすぎて、明日に疲れを残すなんて無いようにな!」
「……? これから寝るだけだというのに、何を疲れるのだ」
私の返答を聞いて、辺境伯の笑いが固まった。
「卿、それ、本気の返答か……? お、おお……」
アルブレヒト、おかしな男だ。
私はナオを背負って、部屋へとやって来た。
彼女を寝かせ、マルコシアスの頭に乗っかってきたディーンをベッドに置き……。
『ピャー』
「ディーンも眠いか。寝てしまっていいぞ。明日の準備は私がやっておくからな」
『ピャ……』
すぐに、子竜は寝息を立てるようになった。
さて、私も準備を整えて寝るとしよう。
「まずは、海水を採取するための瓶。これには耐腐食性の加工を施したスピーシカヅラをくくりつけ、船べりからも海面に届く長さにしてある。これによって、水中にいる微生物を採取し、調査することができるだろう……!」
フフフ、と不敵に笑い、私は瓶をいそいそと旅装のベルトに差し込んだ。
紐は瓶の口にぐるぐる巻にする。
「次に、ガーシュイン殿の知る古代の魔法と、ダークドワーフの技術が生み出した固定型拡大レンズ……! これさえあれば、採取した微生物も観察できることだろう。こうして折りたたんでしまい込むことができる」
何度もいじっているが、綺麗に折り畳める素晴らしい仕掛け。
そしてこの、未知の拡大率。
素晴らしい……。このレンズで見られぬものは存在しないのではないか。
テンションが上ってきた。
レンズも、専用のホルダーを旅装に作っている。そこに引っ掛けて準備完了だ。
「そして、これはシサイド王国の土を採取するためのシャーレ……! 地下世界で採取される油を固めた、割れないガラス、ラスティックで作られている。これならば安全に、かの国の土を持ち帰ることができるだろう……!」
次々に、この日のために用意した最新装備を取り出し、確認していく。
開拓地に集めた、様々な出自、多様な種族の仲間たち。
彼らの力を結集し、他にはない最強の研究道具を作成していたのである。
私のリュックの中には、これらがパンパンに詰まっていた。
あとは下着だけである。
ちなみにこれはナオも一緒で、測量道具や図面を書くための紙などで、リュックはいっぱいになっている。
「いや、これは実に良い新婚旅行になりそうだ。……いかんいかん。これほどまでに興奮していては眠れないではないか。何か落ち着くことを考えねば。例えば……開拓地に戻った後の書類仕事……」
スッと頭が冷めてくる。
「いかん、気分が沈んできた。寝よう……」
輝かしき、研究漬けの明日に向け、私はベッドに潜り込むのだった。




