131話 シサイド王国へ向かって 2
マドラー男爵邸での一泊の後、旅立つことになる。
男爵の子リットと別れを惜しんだり、ナオが夫人から怪しい薬を受け取ったりしつつ。
「先輩、なんでしょうねこの薬は。本当に効力があるんでしょうか」
「見るからに怪しいな。落ち着いたら調べてみるとしよう」
『我に質問すればすぐ分かるぞ』
マルコシアスは質問して欲しいらしい。
そうだな、せっかく彼がいるのだ。
「ではマルコシアス。この薬は何に効くのかね?」
『その質問に答えよう。血行を促進する効果があるため、腰痛と肩こりに効く』
「おお、本当に効能があったようだな」
「ちゃんとしたお薬なんですね! えっと、なんでこれをわたしに……? あ、わたし、ちょっと肩こりがあるからかも知れません!」
「うむ、肩は凝るだろうね」
私とナオの会話の中、魔術師のアーガスがチラッとナオの胸元を見て、「だよなあ」と呟いたようだった。
彼も年頃の青年ということだな。
かくして、マドラー男爵領を後にした我々は、次なる移動魔法でヴァイデンフェラー辺境伯領へと到着した。
以前に来たときから、四ヶ月ほどが経過している。
ついこの間のような、懐かしいような。
「おや、誰かと思えばビブリオス卿ではありませんか!」
我々が到着した報告を受けたのか、馬に乗ってやって来た騎士が声を掛けてきた。
「オーベルト。久しぶりだ。元気でやっていたかな」
「ええ、もちろん。それに、準男爵のお力添えがあったおかげで、我がヴァイデンフェラー領は今、ちょっとしたお祭り騒ぎですよ」
馬から降りたオーベルトが、笑顔でそう告げる。
お祭り騒ぎ……?
「なんでしょうね、先輩。そう言えば、男の人も、ご婦人方も、せわしなくあちこちを行ったり来たりして。荷物を運んでますけど」
「それはですね、奥方」
ナオの疑問に、オーベルトが答える。
「シサイド王国との本格的な貿易が始まったのですよ。おかげで、その入口となるヴァイデンフェラーは大騒ぎです。国の守りが一転して、国の入り口となったわけですからね」
オーベルトは楽しそうだった。
「お二人を案内したいところですが、私も忙しい身でして。では、これで! 後は辺境伯がやってくださるでしょう。あの方は、港の方におられますから!」
港?
そう言えるほど、きちんとした設備は、辺境伯領には無かったように思うが。
アーガスと別れ、ここまで送ってくれた礼を言う。
そして、我々はオーベルトに教えられた港へ。
到着してみて、なるほどと納得する。
積み上げられた石の塊。
今まさに、拡張されていく桟橋。
ヴァイデンフェラー領の港は、作られていく真っ最中だった。
港が出来上がる様を見ながら、腕組みをしている男がいる。
あの堂々たる体躯と、様になった立ち姿は私が知る限り一人しかおるまい。
「アルブレヒト!」
声を掛けると、彼が振り返った。
ヴァイデンフェラー辺境伯アルブレヒト。
私と親しい貴族の一人である。
「よう、ジーン! 二人一緒にやって来たな」
彼は日に焼けた顔に笑みを浮かべた。
そして、物珍しそうに我々の格好を眺める。
「これから新婚旅行だってのに、まるで調査にでも行くような服装だな。それがビブリオス流か?」
「そうなるな」
「卿らしい」
彼は笑いながら、私の肩を叩く。
その後、ナオに「今日も凄いですな」と挨拶をしながら、握手を交わしていた。
どこを褒めているんだ。
『ピャーッ』
「おっと、子竜は俺がお嫌いのようだ」
「ディーンは人見知りするんですよ」
ディーンはナオのリュックに乗っかり、彼女の肩ごしにアルブレヒトを威嚇する。
「ディーン、おいでー」
『ピャッピャ』
ナオが手を出しだすと、子竜はそこに飛び込んでいった。
すぽんとナオの腕の中に収まると、ご満悦でピプーと鼻を鳴らす。
「まるで卿等の子供だな」
「似たようなものかも知れないな。我々は、彼の育成を地竜に任されたのだから」
「それは責任重大だ。セントロー王国内地の運命は、ジーンが握っているというわけだな。だが、俺も負けてはいないぞ」
案内しよう、とアルブレヒトは歩き出した。
途中、従者たちが現れて、我々の荷物を持ってくれる。
これは大変ありがたい。
「今、こうして木製の桟橋を急造で仕上げている。しばらくはこれを使うつもりだ。今までは二つまでしか無かったが、これを四つに増やす」
「二倍か! そこまで多くの船がやって来るようになったのか」
「そういうことだ。そして、それだけでは無いぞ。あそこに集めた石があるだろう。あれを用いて、頑丈な奴をさらに二つ作る。そこから順次、桟橋を石造りに直していくつもりだ」
「なるほどです! 石造りなら、規模によっては大きな船も直接繋留できますし、重い荷物も運べますね!」
「奥方は建築が専門だったか。そう、その通りだな。ま、俺は雇った建築家の受け売りだが」
ちなみにこの建築家というのが、賢者トラボー一門の一人で、ナオの先輩だったりしたのだが、辺境伯領の港建設の責任者であるために大変忙しい。
挨拶もそこそこで、交友を深める暇など無かった。
「それで、ジーンと奥方が乗り込む船はこいつだ。どうだ、大したもんだろう。うちの船じゃなくて、シサイド王国の船だからな! 作りが違う」
それは、大型の帆船だった。
漁業に使うためのものではなく、もっと別の用途のために建造されたと思われる船だ。
形は優美で、そして居住区画と見られる部位が、後方にある。
「えっと、これは……シサイド王国の王族が持っている遊覧船ですよね? 一度もこっちには来たことがないはずで、わたしも資料でみたくらいしか分からないですけど」
「流石は奥方! その通りだ! ジーン、卿の奥方は優秀だな!」
「無論。彼女もまた、立派な賢者なのだからね」
「えへへ」
ナオが照れた。
「奥方だけじゃない。俺は卿にも感謝してるんだぞ。いや、俺だけじゃない。うちの領地の連中はみんな、お前ら夫婦に感謝している」
「どういうことだね?」
「戦うしかできなかった俺たちに、新しい役割をくれたってことさ。戦争は終わり、シサイド王国と我が国は講和した。そして国同士の交流が始まる。ジーン、卿が二つの国が損害を得る前に、決着を付けてくれたお陰だ。俺たちは、国の入り口としての役割を得た。新しい時代がやって来て、そこに俺たちはいることができるんだよ」
アルブレヒトが、私の肩に腕を回した。
「旅立ちは明日だろう? 今夜は俺に、最高の酒を奢らせてくれ、ジーン! お前らに感謝したい連中は幾らでもいる。夫婦揃って、この歓待を受ける義務があるぞ? うん?」
私とナオは顔を見合わせた。
「また先輩は、誰かを救っちゃいましたね。これは、歓迎されないとだめみたいな雰囲気です!」
「ああ。そうだな。これもまた、貴族の役目というものだろう」
辺境伯領での思わぬ歓迎を受けることになった我々。
私は酒を嗜まないのだが、その辺り、アルブレヒトは分かっているだろうか。そこだけが心配である。




