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129話 新婚旅行の準備

 式が終わってから数日が過ぎている。

 シサイド王国からは、すぐさまやってきてくれと声が掛かっているようだ。

 こちらにも準備というものがあるし、研究を途中で止めて向かうわけであるから、少々の猶予が欲しい。


「私がいない間、作物たちの世話を任せねばなるまいな」


「それで先輩、ずっと書き物ばっかりやってるんですね」


「ああ。私が育てていたのは、品種改良中の大森林の作物だ。これらを救荒作物として、セントロー王国にいつかやってくるであろう、作物の疫病を回避する。それこそが陛下が私に任せた使命なのだよ」


「ピョピョピョ」


 ナオに抱っこされたディーンが、私の書き物に気を取られ、身を乗り出してくる。


「ああ、こら、ディーン」


「だめですよーディーン」


「ピャアー」


 小さな子竜の手が、私が書き留めた記録の上をぺたぺたと叩いた。

 まだ、紙を握ることができないようだ。

 おかげで、表面を何度か叩かれただけで済んだ。


「ナオ、その子をちょっと遠ざけておいてくれ」


「はい先輩。だけど、たまには先輩にも遊んでほしいってディーンが言ってますよー」


「そうなのか……? もしやディーンは、何らかの意思疎通手段を持っていてナオにそのような話を?」


「違いますけど、なんとなく分かるんですよね。ねー、ディーン」


「ピャー!」


 子竜がまるで返事をしたように見えた。

 生まれたときから、一回りほど大きくなっているディーンだが、それでもまだまだ軽々と抱えられるサイズだ。

 地竜がどれほどの速度で育つかなど、誰も知らない。

 亜竜と呼ばれるものの生育速度は、リザードマンたちにデータがあった。

 およそ、十年を掛けて成体に育っていくようだ。


 森に住む獣たちと比べると、ゆっくりしたものだ。

 だが、彼らは二年から三年もすれば、幼体のまま親から離れ、一匹で暮らすようになる。

 とすると、ディーンも三年ほどで独り立ちできる程度には大きく……?


「うーむ」


「ピャアピャア」


 ディーンが私の膝をぺたぺた叩く。


「そうですねー。先輩と遊びたいですねー」


「……ナオ。ディーンはどうして私と遊びたがっているのだね?」


「えっとですね、わたしと先輩が結婚したので、ディーンにとって、群れに新しい仲間が増えたみたいな感覚なのかもですね」


「なるほど、道理だ」


 しばらく、作業の手を休め、ディーンと遊ぶことにした。

 こんなに小さくとも竜。

 私がしゃがみ込むと、ディーンは狩りの姿勢になった。

 体勢を低くして、尻尾を高く上げている。

 この尻尾で地面を叩き、反動で高速の移動をするのだ。


「きたまえ、ディーン」


「ピャー!!」


 私の呼びかけに応え、子竜が跳躍した。

 尻尾の反動で飛び出した彼の勢いは素晴らしく、私が一瞬よろけるほどの衝撃だった。


「ピ、ピャア~」


 ディーンが鼻を押さえて、足をばたばたさせる。


「あー、いつもわたしにやってるつもりで飛び込んじゃったんですね。先輩の胸、硬いですからねえ」


「それなりに鍛えてはいるからね。つまりディーンは、ナオの胸に飛び込むつもりで私に飛び込んできたと」


「そうですねえ。あー、ディーン、痛かったねえ。よしよし」


 ディーンはナオにしがみつき、非難がましい目でこちらを見てくる。

 いや、私の責任ではないぞ。


「先輩、準備は整ってきているわけですけれど……今後の予定は決まってます?」


 ディーンをあやしながら、ナオ。

 そうだな。

 新婚旅行とは言え、ほぼ仕事だ。

 私たちには、明確な目的があってシサイド王国へ向かうのだ。

 ここで、やるべきことを纏めておこう。


「うむ。まずはこちらを見たまえ。私の研究の言伝の他に、計画表を作っておいた。まず、船旅を含めてシサイド王国までは片道三日かかる。宿に到着後、あちらの王族との会見。養殖という技術についてのレクチャーを行う。そしてようやく、街中を見て回れるというわけだ」


「忙しいですねえ。遊ぶ暇がないみたい」


「なに、暇くらい作ってみせるさ。せっかく君と二人きりの旅行なのだからね」


「ピャアー」


 ディーンが抗議の声を上げた。

 まさか、ついてくるつもりなのだろうか。


「いいんじゃないでしょうか。この子も、わたしの子供みたいなものですし!」


「ふむ……ナオがそう言うのならば、私にも異存は無いが」


「それよりちょっと意外です。先輩、ちゃんと旅行をするつもりだったんですね?」


 ナオが上目遣いで、こちらを見てくる。


「私をなんだと思っているのかね? これは、私と君がスピーシ大森林に来た時とは違うんだ。前回は、上手くいく可能性の低い、後のない旅だった。今回は、国が我々を全面的にバックアップしてくれる。その上、陛下や大臣が、これは私とナオの新婚旅行だと明言しているのだ。堂々と、旅行を楽しむべきだよ」


「そっか、そうですね! じゃあ、思いっきり楽しんじゃいましょう!」


 ナオが大喜びでバンザイすると、ディーンはそれを見て、同じような仕草をした。

 なるほど、子供みたいなものだ、

 彼を放っていくわけにはいくまい。


「それで先輩、調べてほしいものがあるんですけど」


「何かね?」


「シサイド王国には水着っていうのがあって、それを着て海で泳ぐらしいんです! これ、どうやって作るかとか調べたいなーって」


「おっと、最後に未知の単語が飛び込んできたな。良かろう。水着なるものを調査し、さっそくドンジャラスへの仕立てを依頼するとしよう」


 旅の準備で、心が躍る。

 大森林に向かう最初の旅路では、こんな気持ちにはなれなかった。

 人も、状況も、変わるものである。

 私はしみじみと考えつつ、手乗り図書館を起動するのだった。

これにて五部は終わりです。

二週間ほど充電期間を設けて、新婚旅行編が始まりますのでよろしくお願いします。

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