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128話 バウスフィールド家お取り潰し!?

 式は終わり、宴の時間となった。

 天井のない、青空の下の宴である。

 本日の天候は、風の精霊操作に優れたワイルドエルフたちがしっかりと管理している。

 そのため、晴天から変わることはまず無い。


 貴族たちは、彼らが慣れた立食パーティ形式や、給仕が料理を運んでくる形式ではないことに戸惑っているようだった。

 我が開拓地は、多種族の土地である。

 全ての種族のマナーやしきたりを守っていてはたちゆかない。

 自然と、最低限のルール以外は存在しないようになる。


「先輩、最低限のルールってなんですか?」


「良い質問だね」


 我々新郎新婦は、動きやすい宴会用の礼服に着替え、会場を歩いていた。

 ナオはいつものメガネを掛けて、私の腕と自分の腕を絡ませて歩いている。

 一般的に、カップルとはこうするものらしい。

 うーむ、生地の上からでも分かる柔らかさだ。

 だが、私の意識はすぐに、ナオからされた質問に移った。


「他者を貶めないことだよ。開拓地にあっては、基本的に誰もが平等なのだ。種族に上下は無く、立場に上下はない。私がツナダイン陛下に接する時のみ、人間の世界のルールを用いている。これは、私が人間社会という共同体に属する人間であるからだ。それに、私は個人的に陛下を尊敬していてね」


「なるほどです! だから、みんなでお皿を持ってあちこちのお料理コーナーに行く形式になってるんですね!」


「その通り」


 我ら二人は、肉鍋の行列に並ぶ。

 こちらは亜人たちに人気があり、リザードマンとダークドワーフが多く並んでいた。


「ジーン、おめでとウ」


 クロクロとクークー嬢が祝ってくれる。


「ありがとう。君たちも仲が良いようで何よりだ」


「うム。お前のおかげダ。それからナ」


 クロクロがちらちらと、クークー嬢を見る。

 美しい緑の鱗をしたクークー嬢だが、彼女は今日も喋らない。

 どうやら、ドワーフ語やエルフ語をマスターしたものの、元来性格がシャイなのだとか。

 彼女はナオに近づくと、こそこそと耳打ちした。

 メガネの奥で、ナオの目が見開かれる。


「えーっ! おめでとうございますー!」


 こくこくうなずくクークー嬢と、二人で手を取り合ってはしゃぐ。

 むむっ。

 これは、流石に鈍い私でも分かったぞ。


「クロクロ。おめでたかね」


「ちがウ。家ができたのダ。今度遊びに来イ」


 私の予測は外れた。

 そうか、ナオのテンションが上がるということは、建築物関連だったか。

 その後、我々は適当なところに座し、肉料理を食べながら来賓の挨拶を何度も受けることになった。

 本来であれば、我々夫婦があちこちに出向く必要があるらしいが、食事中に歩き回るのはどうかと思うのだ。

 なに、式の当事者である夫婦はまともに食べている余裕は無いはずだと?


「そうですわよ! 準男爵、どうして堂々と会場の真ん中で、二人で座ってご飯を食べてますの! 挨拶回りとかするものなのですわよー!」


 アスタキシアは大変マナーに詳しい。


「だが、私は空腹でね」


「わたしもです! ほら、ドレスに汁が掛からない用のエプロン! 内蔵されてるんですよ! ドンジャラスさんに作ってもらっちゃいました!」


「食事用エプロン内蔵のウェディングドレスとかありえませんわよ!? なんですのそれ!?」


 アスタキシア嬢が天を仰ぐ。

 そこへやってきたのは、サッカイサモン公爵だ。


「凄まじい式であったな……。わしも度肝を抜かれた……。確かに、あれを見せられたら、アスタキシアをここに預けて正解だったと思うぞ。ともあれ、おめでとう」


「ありがとうございます」


 公爵と握手する。


「時に、娘はしっかりやっているかね?」


「お、お父様!」


「ええ、彼女は優秀な執政官補佐として活躍しています」


「待て。大使としてこちらに置いていたはずだが、どうして準男爵領の重鎮の一人に収まっているのだ……!?」


「大使も執政官補佐も一緒でしょう」


「いやいやいやいや」


 公爵が何度も首を横に振る。

 どうやら違うようだ。

 だが、この話を進める前に、向こうから小さいものがすごい勢いで走ってきた。


「あー! ディーン待ってー!」


「待てー!」


 シーアとアマーリアが走っている。 

 彼女たちが追いかけているのは、四つ足の姿勢で、猛スピードの疾走をする子竜ディーンだ。


「あら、ディーン!」


 ナオがお料理を地面に置き、座ったまま両手を広げた。


「ピャーッ!!」


 ディーンが嬉しそうに叫び、ナオの胸元に飛び込んでくる。


「ディーン寂しかったんですねえ」


「ピャピャ」


 ナオに抱っこされ、子竜はご満悦である。

 二人仲良く、肉料理を食べ始めた。


「そ……それが噂の、地竜の子供か。完全に妻君に懐いておるのだな」


「動物などでもよくある、刷り込みというものかも知れませんな。だが、人間の赤子もまた、血の繋がりではなくどれだけ共にいたかで相手を判断するでしょう。そこは、人も獣も竜も変わりません」


「うむ……。大変興味深いが、ビブリオス卿と話しているとわしの価値観が揺らいできて大変不安になる。今日はこれで暇させてもらうよ」


 公爵は、たくさんの供をつれて去っていった。

 お供のものたちも、去り際に、次々私へ挨拶してくる。


「随分私も人気になってしまったな」


「準男爵は今や、王国で最も有名な貴族になりつつありますわ。サッカイサモン、バウスフィールド、この二大派閥の他に、ビブリオス派閥が生まれると言われているようですわよ」


「ははは、まさか。私は政争などに興味はないよ」


「興味が無い方が、恐るべき勢いで成果を上げ続けていますもの。それに少なからぬ貴族は、打算抜きで準男爵の味方になっていらっしゃるでしょう?」


「言われてみれば確かに」


 ロネス男爵、マドラー男爵、ヴァイデンフェラー辺境伯は、特に親しい貴族たちだ。

 私を含めた四つの貴族が集まれば、派閥と呼ぶこともできよう。


「自覚するべきですわよ。もう、あなたは誰も無視できぬ権勢を誇る、王国最有力貴族の一人なのですわ」


「そんなものか。しかし、政治のことは考えるほど面倒になるな……。やりたくない仕事ばかりが増えていく」


「そのためのわたくしですから」


 アスタキシアが実に頼もしいことを言った。

 ありがたい。

 私としては、主席執政官のカレラは、近々役職を離れるのではないかと睨んでいる。

 男爵がお忍びでやってきて、カレラと密会している情報が入ってきているのだ。

 当然、ワイルドエルフたちは何もかも見通したうえで、これをスルーしている。私には報告だけが上がってくるというわけだ。

 ロネス男爵への祝品を用意しておかねばな。

 だが、カレラがいなくなっても、アスタキシアがいれば安心なのだ。


「それと……今、二大派閥と言いましたけれど、ここからバウスフィールドが消えるかもしれないそうですわ」


「なにっ」


 それは気になる情報だ。

 仮にも私の生家であり、王国でも最大の貴族の一つがバウスフィールド伯爵家だ。

 それが消えるとはどういうことか?

 言葉のあやだろうか。


「もう話は進んでいるようだな。説明してやろう」


 その言葉とともに現れたのは、大臣カツオーン。

 そして。


「陛下!」


「ああ、構わぬよジーン。頭を下げないでくれ。余も今日は参列客の一人に過ぎない。開拓地を構成する、多くの種族たちの一つが人間であるというだけだよ。せっかくだから、皆の流儀に従うのも一興だ」


 ツナダイン三世陛下は、穏やかに笑った。

 そして私の前の地面に腰を下ろす。

 カツオーンはこれを見て、ため息をつくと、やはり腰を下ろした。


「陛下、そのようなことでは周囲の者に示しが……」


「カツオーン。人間よりも、他の種族の方が多いのだ。彼らに倣い、彼らと交流するほうが大事ではないかな?」


「さすがです」


 私は感服した。

 こと、政治においては何もわからない主君ではあるが、知と文化に関しては深い理解を示す御方なのだ。ご本人も、幾人かの賢者から学問を教えられ、論文などを書いておられると聞く。


「陛下、話を戻しても構いませんな?」


「ああ、それは余が話そう。せっかくジーンと色々話せるのだ。面倒事は先に片付けておきたい」


 陛下はそう仰ると、私に向き直った。


「よく聞け、ジーン。バウスフィールド伯爵家は取り潰しになる。理由は分かるだろう」


「はい」


 不思議と、衝撃は無かった。

 これまで、何度もやらかしてきた伯爵家だ。

 今の今まで存続できていたことが奇跡なのかも知れない。


「最大の理由は、シサイド王国と内通し、我が国に戦を起こそうとしていたことだよ。内乱罪、反乱罪……理由はいくらでもつけられる。それだけ危険で、許されないことをした。だから、伯爵家はなくなるのだ」


 陛下は悲しそうである。

 たとえ、問題ばかり起こすような貴族だとしても、陛下にとっては大切な国の一部なのだ。


「そこでジーン、そなたに聞きたい」


「なんでしょうか」


「バウスフィールド伯爵になるつもりはないか?」


 陛下の言葉に、一瞬周囲は静まり返ったようだった。

 どうやら、誰もがツナダイン三世陛下の話に耳を(そばだ)てていたらしい。

 確かにこれは、傾聴に値する一大事だ。

 だが、私の答えは決まっている。


「ございません。私はビブリオス準男爵領を育て、大きくしていきます」


「そうか!」


 陛下が笑った。

 大変、明るい笑顔だ。

 私ならそう答えるであろうと、察しておられたのだろう。


「ジーン、王国の未来はそなたに掛かっておる。期待しているよ」


「はっ。お任せください」


 陛下はここまで話した後、すっかり脱力したようになった。

 そして、ナオの膝に座ったディーンをつついたりしながら、食事を楽しまれるのだった。

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