124話 式の準備と子育て
「ピョ、ピョ、ピョ」
ナオが歩くと、後ろを子竜がついてくる。
立ち止まると、彼女に足にくっついて抱っこをねだる。
「もー。仕方ないですねえ」
ナオは、よいしょ、と子竜を抱き上げた。
「……先輩、これ、わたしが体を鍛えてこの子を軽々抱っこできるようにならないといけないんでは」
「なに、すぐに抱きあげられない大きさになるだろう。気にしなくていいのではないかな? ……待てよ。彼のような高位の竜種は、果たしてどれだけの成長速度なのだろうか。寿命が長い分、成長もゆっくりだとしたら……。なるほど、巫女は代替わりしているという事実が……」
「先輩、先輩」
裾を引っ張られて我に返った。
いかんいかん。
自分の思考に入り込んでしまっていた。
子竜は自分からナオにしがみつき、満足げにぴいぴいと鼻を鳴らしている。
「こーら、ディーン。わたしの服がのびちゃうでしょー」
ナオが子竜に話しかけながら、その背中をつんつんした。
「一瞬、私が呼ばれているのかと思ってしまうな」
「ふふふ、先輩から名前をもらいました!」
子竜のディーンは、ナオにつつかれてから顔を上げ、周囲を見回す。
そして私をじっと見た。
「ピョ」
「ふむ」
じっと見つめ合う。
そのうち、ディーンが興味を失い、ぷい、とそっぽを向いた。
「行きましょう先輩。ほら、式の準備とかあるそうですし」
「ああ、そうだったな。式も、子竜の育成もどちらも大事だ」
式の会場は、今まさに建設中だ。
トラボー殿が陣頭指揮をとり、彼の使うゴーレムと、男爵領からやって来た大工たちが忙しく動き回っている。
見学なのか、我が開拓地の女性たちもいた。
「あ、ナオが来た」
「きゃー、ディーンちゃん可愛い!」
シーアが我々に気づくと、彼女たちは一斉に寄ってきた。
すぐに取り囲まれてしまう。
一番人気はディーンである。
「何を食べるの?」
「なんでも食べますねー」
「抱っこしてみていい?」
「女の人が好きらしいんでだいじょうぶですよー」
そう。ディーンは女性が好きらしい。
ナオに手伝ってもらい、ディーンを調べてみたところ、どうやら高位の竜には性別というものが無いようである。
だが、ディーンは女性が好きで、自らに好意を持っている相手になら簡単に抱っこを許すのである。
興味深い。
「本能的に巫女を見極めているのかもしれないな。やはりこれは魔法的素質による、竜の好みというものか……」
「やー、あたし、単純に女好きな竜なだけだと思うんだけど」
いつの間にかアマーリアがいて、彼女なりの見解を伝えてくれた。
「そうか、そういう可能性もあるのか。彼らも生き物である以上、好みというものがあるだろうしな。ところでアマーリア。君は今日は彼女たちの付き合いでここに?」
「いんや。あたし、式とかにはそんな興味無いんだよね。うちら魔族って神を信仰してないから、男女の結びつきの儀式はぜんぜん違うし。ただ、旦那が手伝いに駆り出されててね」
「ガーシュイン殿がか」
なるほど、よくよく見れば、トラボー殿の近くで黒い影のような一団が蠢いている。
そして彼らの中に、見覚えのあるボサボサ頭の男の姿が。
「どれ、何をしているのか見に行ってみよう」
「兄貴も好きだねえ」
「あっ、先輩、わたしも行きます!」
ディーンを他の女子たちに預けたナオもついてきた。
今頃、子竜は女性たちによって、お弁当攻めにあっているであろう。
「おお、ジーン殿。結婚おめでとう」
すぐにトラボー殿がこちらに気付いた。
にこりともせずに祝辞を口にしてくる。
「ありがとう」
「兄貴も賢者のおっさんも、なんで真顔でそういうやり取りするの」
「二人ともいつもこうですからねえ」
訝しげなアマーリアに対して、ナオは慣れたものだ。
トラボー殿の視線がナオにうつり、ほんの少しだけ優しいものになった。
「そうか、お前がな。いつかこうなるとは思っていたが、思ったよりも早かった。俺は独身だが、娘を送り出す父親の心持ちだな」
「はい。いろいろお世話になりました! 師匠には世の中の一般常識から、建築の基礎、錬金術までたくさん教わりましたから、とっても感謝してます!」
自我が芽生えたばかりのナオは、彼女の意思で賢者トラボーの預かりとなったのである。
ナオが現在有している人間性は、トラボー殿との生活の中で育まれたものであると言っていいだろう。
「兄貴、あのおっさんがナオの教育係だったわけ? あー、納得だわ。ナオ、ちょこちょこ変なところがあるけど、あのおっさんに教わってたんなら納得したわ」
「ほう、俺とナオは似ているか」
トラボー殿が少し嬉しそうになった。
「そのようだ。高名なる賢者トラボーの弟子は、しっかりと師の背中を追い、賢者としてのあり方を身に着けたと言っていいのでは?」
「うむ。嬉しい話だ!」
私とトラボー殿、そしてナオで、和やかに笑い合う。
アマーリアが難しい顔をして、ずっと首を傾げているのが印象的だった。
「……なあ旦那。あたし、この人たちがよく分かんないんだけど」
「賢者を理解しようとするな。本物は大体、浮世離れしてるものだ」
最近、トラボー殿やウニス殿とよくディスカッションしているらしいガーシュインは、すっかり我々賢者の習性というものに詳しくなっているようだ。
ちなみに、彼はシャドウストーカーたちを率いて、細かな細工仕事をしていた。
金属粉によって構成されるシャドウストーカーは、どんな隙間からでも入り込んでくる。
それはつまり、体を細く細く構成することができるということでもあるのだ。
錐のように細くなった彼らの体が、建材の表面に文様を刻み込んでいく。
そのデザインは、建築の大家たる賢者トラボーだ。
「師匠、いつくらいに完成なんですか?」
「人間が作ったのなら、半年後だな。だが、力仕事はゴーレムに任せればいいし、連続する単純作業はシャドウストーカーが強い。これを利用すれば、工期は半分になるな」
それでも三ヶ月後である。
それが、私とナオの式を挙げる日ということだ。
カレラに言わせれば、「国中の貴族に式の誘いをして、彼らが開拓地に到着するまでを考えると、平気で二ヶ月以上はかかる」とのことだから、式場の完成予定日もちょうどいいのだろう。
「ほえー。ゴーレムもシャドウストーカーもすごいんですねえ。この子たちがたくさんいたら、職人さんの仕事がなくなりそうです」
「そうでもないだろう。こいつらは維持運営に、とんでもない魔力を必要とする。俺やガーシュイン殿ならそれが賄えるが、このレベルの魔力がある人間など、千人に一人というところだろう」
「ほう、魔力学の権威、賢者ユースタスの言葉ですな」
「ああ。俺の愛読書だ。惜しい賢者をなくしたものだ」
「年でしたからな」
私とトラボー殿でしんみりとする。
命あるものである以上、いつかは死ぬのだ。
我らがこうして得た知識も、死とともに消える。
だからこそ、我々賢者は知識を書物として残すのだ。
書の形になった知識は、言わば我ら賢者の子供である。
我々が死んだとしても、書物は残り、後世に知識を伝えていく。
「我々もそうありたい」
「うむ、同感だ」
もう少し、トラボー殿と喋っていくか。
そう思った矢先である。
式場の入り口から、ばたばたとカレラが走ってきた。
「ジーンさん! ナオ! 何してるの! こっちこっち!」
「何かね」
「何かねじゃないでしょ! 職人が来てるんだから、式の礼服の採寸してもらわないと! 三ヶ月後だって言っても、そうそう猶予はないのよ!」
「礼服ですって」
ナオがウキウキした顔でこちらを見る。
「うむ。我々には縁がなかったものだな。これも実学。測られに行くとしよう」




