13話 森奥の岩窟へ
「本当に森の奥でやるのお……!? 燃えちゃう……森が燃えちゃうよう」
おろおろしているシーア。
それが可愛いようで、ナオが笑顔で彼女の頬をつついている。
「大丈夫ですよシーアさん。うちの先輩は優秀なんですから。ちょっと人の感情が理解できないだけです! あっ、わたしはホムンクルスなのでその辺りはバッチリ大丈夫なんですけどね」
「感情が理解できないとか……」
「やはり」
エルフの兄妹が私を胡乱な目で見ている。
ナオ、なんと人聞きの悪いことを言うのだ。
ここは、私が自ら彼らの誤解を解かねばなるまい。
「いいか、エルフの諸君。君たちはこれから建材を乾燥させる工程で、炎を使うことについて危惧があるようだが」
トーガが顔をしかめた。
シーアが泣きそうな顔になる。
「先輩、先輩! 言葉が難しくて伝わってませんよ!」
「むっ、そうか。では、これらの木材を乾かして、建築に使用することになる。そのため火を使用することになるのだが、これが森に燃え移ることを恐れているのだろう?」
「なんだお前、分かるように話せるのではないか。突然人間語を使うから分からなかった」
「エルフ語だったのだが? まあいい。私がこれから行なう作業で、森に火がつくことはない。……確証は、現場を確認してからでなければ得られないが」
「先輩、最後の一言は余計じゃないですか! エルフの人たちが不安な顔をしてますよ」
「しかし不安要素があることを伏せるのは不誠実に過ぎるだろう。何事も絶対に大丈夫ということはない」
「そういうところで誠実にならなくていいんじゃないですか?」
「こういうところが不誠実なのが世の常なのだ。私はそういう風潮が好かなくてね」
「先輩もしかして、割と賢者の塔でも煙たがられていたのでは……?」
目的地に向かいながら会話する我らの後を、あくびするマルコシアスとゴンドワナ、そしてウッドゴーレムの大群がついてくるのだった。
エルフ兄妹に道案内されながら、森の奥の岩窟に向かう。
あの、森をエルフの通り道にする魔法が使用され、何の障害もなく進むことができた。
歩いた距離はそれほどでもない。
だが、何も用意せずに森を抜ければ、迷わなかったとしても一日や二日ではたどり着けないだろう。
「ここだ」
トーガが立ち止まったのは、通り道の行き止まりだった。
鮮やかな緑が連なる通り道は、目の前に巨大な岩が立ちふさがっている。
「ゴーレム、停止ー!」
ナオが振り返って指示を出す。
すると、ウッドゴーレムたちは一斉に立ち止まろうとし……、最前列のゴーレムに、二番目が頭をぶつけた。
丸太に手足が生えたような外見だから、どこが頭か分からないのだが。
そして、軽い衝突があちこちで起こる。
最後には、ウッドゴーレムは両手を振り回しながら、ドミノ倒しになっていった。
「可愛いかも」
シーアが呟いた。
分かる。ウッドゴーレムの機能美は確かに、賞賛に値するな。
「入り口発見! 先輩、やっちゃっていいですか?」
「ああ。やってくれ」
「ウッドゴーレム行進! 岩窟に突っ込めー」
ウッドゴーレムたちは次々に起き上がると、命令通り、規則正しい行進で岩窟の中へと向かっていく。
その間、私は岩窟の周囲を歩き回り、よじ登り、その構造を確認する。
一つの岩山で作られた岩窟か。
これは人工的なものだな。
私は建築の素人だが、見たところは目立った隙間はない。
「ナオ、内部からも確認してくれ」
「はーい。ちょっとエルフの人たち、手伝ってください。手分けして中に隙間が無いか探しましょう!」
「何故俺が……」
「兄さん、隙間があったら火が溢れてきちゃう! 森が火事になるよ!」
「くっ」
トーガは不満を言いながらも、最後は付き合ってくれる。
責任感が強いのだろう。
その間に、私は岩山を登っていく。
これだけ起伏に富んだ岸壁ならば、容易く登ることができるな。
苔むした岩壁。
その一部は、手を掛けるとぼろぼろと崩れていった。
下から現れる、明らかに人の手による紋様。
「これは……壁画か……? 外部に彫られているというのに、まだ残っているとは。いや、苔に覆われたことで深い所に刻まれた跡が残ったのか」
私はナイフを取り出し、周囲の苔を削り落とす。
そして壁画を手乗り図書館に記録した。
この術式は、文章や言葉だけでなく、絵画などを記録しておくこともできるのだ。
描かれているのは、何かを見上げる人々の姿だった。
極端に抽象化されたそれらは、人間やドワーフ、エルフ、他の亜人たちと思われた。
そして彼らが見上げる先には、何か巨大なものが存在しているのだが……。
ここは頂点に近いせいか、削れてしまってよく見えない。
だが、その何者かの足とみられる部分は、人々の中から突き出して高いところへと続いている。
「未知のモンスターだろうか? 後でマルコシアスに聞いて……いや、いや待て。調査の甲斐がないではないか……!! くっ、なんでも質問に答える悪魔を得て、私は堕落しようとしているというのか。なんということだ。恐るべし、悪魔の誘惑……」
岩山のふもとで、マルコシアスが大あくびをする声がした。