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123話 赤ちゃんとプロポーズ

 卵に入ったひびは、どんどん広がっていく。


「ナオ、目覚めるんだナオ!」


「ナオったら、もう、ぐうぐう寝てないでー!」


 私とシーアでナオを揺さぶり起こす。


「うーん、もう食べられません……」


「完全に寝ぼけているな。ではこうだ」


 私はナオの脇腹に手を差し入れ、くすぐった。


「あひゃ、うひゃひゃひゃひゃ」


 途端に目を見開いて、ゲラゲラ笑い出すナオ。

 彼女は私に似て、大変くすぐったがりである。


「も、もー! 先輩やめてください! かんぜんに目が覚めちゃったじゃないですかー」


「うむ。目を覚ますつもりだったのだ。そしてナオ、また少しお肉がついたのでは?」


「えっ、そうです?」


 ナオが自分の脇腹をつまんでみる。

 そして難しい顔をした。


「んもー! 二人ともそうじゃないでしょ!! あのね、ナオ。卵が孵りそうなの! ナオのおっぱいの下敷きになってる卵!」


「えっ、えっ、ええーっ!?」


 ナオは慌てて卵を見ようとする。

 だが、自分の胸が邪魔になって見えない。

 これは一大事である。

 抱っこするための器具を外さねばなるまい。

 シーアが後ろに回り、器具の紐をほどき始めた。

 私は正面で、ヒビが広がっていく卵をじっと見ている。


「あーん、先輩だけじっと見れててずるいです!」


「気持ちは分かるが、このままヒビが入るに任せていてはいけないだろう。観察をせねばな」


 ヒビは加速していく。

 ばりばりと卵全面が割れ始め、小さな子竜の鼻先が突き出されてきた。


「ピュイー」


「おおっ、孵った!」


「ピュイー」


 金色の目が瞬く。

 生まれたばかりの子竜は、じっと私を見た。

 そして首を傾げると、ぷいっとそっぽを向いた。

 あ、やはり男は駄目なのか。

 クークー嬢からの聞き取りで、そのような伝承については調べていたが、真実だったらしい。

 子竜には、その者の体を流れる魔力が見えるようだ。

 そして、男女では魔力の流れ方が違う。

 子竜は、女性……それも、ある程度以上の魔力を持った女性を巫女として選ぶ。


「ピュピュピュ」


 竜が鳴きながら、小さな手足で卵殻をぱりぱりと破っていく。

 小さな羽と尻尾も出てきた。


「あ、なんか抱っこしてるものがちっちゃくなりました」


「ああ。完全に孵った」


「ええー、見たいです!」


「ほい、紐外れたよ!」


 シーアの宣言と同事に、ナオにくっついていた卵の孵化器は取り外された。

 それと一緒に、子竜がころりと地面に転がる。


「あっ、小さい子がいます!」


 ナオがいそいそと、子竜を抱き上げた。


「ピュイー!!」


 子竜はナオを見て、金色の目を大きく見開いた。

 そして次には目を細め、手足をばたばたさせる。


「あー、竜のお母さんはナオかー」


 シーアがとても残念そうである。


「そうなんでしょうかね? 正確にはわたしは、地竜の巫女っていうのになるんでしょうか」


「成長した地竜にとっては、巫女であろう。だが、誕生したばかりの竜にとって、巫女は母親的役割を果たすものだと考えて間違いはないのではないかな。つまり、竜は他の知的種族に力による庇護を与える代わりに、次代の生命を合意の上で托卵してくる存在と言えるわけだ」


「なるほどーです先輩! そう考えると、この子が大きくなって開拓地を守ってくれるまで、わたしが育てなくちゃなんですねえ」


「ナオ! 私たちでしょ! 私たちだって、みんな卵を温めたんだからね! ちょっとみんなを呼ぶ」


 シーアが精霊に呼びかけ、風の魔法を使いだした。

 卵を温めた女子たちを呼び集めるのだろう。

 その間、ナオの腕の中で、子竜はじたばたしていた。


「どうしたのだろう」


「どうしたんでしょうね」


 子竜の動きを眺める、私とナオである。


「抱っこしてほしいんじゃない?」


 魔法を使い終わったシーアからアドバイスが来た。 

 なるほど。


「こうですかね? ちっちゃい子を抱っこしたことってあんまりなくて」


 ナオに抱きしめられると、子竜は目を細めて、彼女の胸元に顔を埋める。


「ピュー」


「あ、動きが止まりました! シーアの言ってたとおりです!」


「まだ赤ちゃんだもんねー」


「興味深い。これから、竜の生態をじっくりと観察できるわけか。なんという僥倖だろう」


 我々が子竜を囲んでわいわいと話していると、女子たちも到着したようだ。


「かわいい!」


「誕生したのですわね!」


「あー、やっぱりナオかー。ナオって絶対持ってるよね」


 彼女たちは口々に言いながら、子竜を眺めたり触ったりである。

 赤ちゃんとは言え、流石は竜。

 触られても、泰然としたものである。

 ナオに抱っこされている限り、竜に怖いものは無いらしい。


「私も触れてもいいかね?」


「どうぞどうぞ」


 女子たちが道を空けてくれたので、私は竜に触れるべく手を伸ばした。

 するとである。


「ピュ」


 ぺちっと尻尾が手の甲をはたいた。


「あっ」


「ピュイー」


「警戒されている」


「男の人はダメみたいですね」


「ジーンさん、残念だったねえ」


 残念過ぎる。

 私はちょっとがっくりと来た。

 いや、だが待て。

 これはまだ、私とこの竜との間に信頼関係が生まれていないからではないか。

 これから時間を掛けて、竜と親しくなっていけば、必ずや触らせてもらえるようになるであろう。


「私は諦めないぞ」


 ぐっと拳を握って誓う私なのだった。

 そこで、やって来ていたアスタキシアとカレラがふと気づく。


「準男爵、もうナオには話されましたの?」


「そうそう。大事な話があるでしょ」


「何のことだったかね」


 私が真顔で問うと、二人は唖然とした顔になった。


「この人、竜の誕生騒ぎで他の全てを忘れてしまいましたわ」


「そういう人だよこの人。私たちがしっかりしないと」


「ですわね」


 私と彼女たちのやり取りに、ナオが首をかしげる。

 子竜を撫でながら、彼女は問う。


「わたしがどうかしたんですか?」


「ああ、それはですわね。ナオは、準男爵と一緒にあちこちを回っていますでしょう?」


「うん」


「外から見るとさ、最初からジーンさんと一緒だったナオって、特別な人になるわけね。一番親しい家臣とか……あるいは奥さんとか」


「なるほどー」


 ナオがうんうんと頷いた。

 ここで私も思い出す。

 そうだ、そうだった。


「ナオ、つまりこういうことだ。結婚しよう」


 アスタキシアとカレラを継ぐようにして、私はナオに話しかけた。

 その瞬間である。

 集まった女子たちが、ピタリと動きを止めた。

 視線が私とナオに集中する。


「今なんて?」


「兄貴、もしかしていきなりプロポーズした?」


「まあ、森の外の者は情熱的なのですね」


「えっ、ジーンがナオと結婚!? っていうかまだしてなかったの!?」


 最後のはシーアの感想である。

 ナオはと言うと、目をぱちくりした後、すぐに満面の笑みになった。


「はい! じゃあ結婚しましょう!」


「よし。契約は成立だ」


「そうですねえー。わたし、結婚って初めてでよくわかりませんけど」


「私もよく分からない。だが、対外的に必要な処置でね。子竜の育成で忙しいとは思うが、こっちはこっちで忙しくなるぞ」


「腕が鳴りますねえ」


 私たちの会話を聞いて、女子たちは顔を見合わせた。


「なんですの、この二人」


「……なんとなく予想できてた」


 アスタキシアとカレラが、ぐったりした様子でため息をつく。

 ここで、神官のサニーが大きく手を打ち鳴らした。


「はい、注目!! お二人が結婚なさるということは、この神のしもべたるサニーの出番というわけです。式も挙げなくてはいけません。神の御前で、契を結ぶ宣誓も必要です。それから式には親しい方々や、お世話になった方々をお招きしないと! ほら、カレラ! そういう書類はカレラの仕事でしょう! アスタキシア様もぼーっとしてない! アマーリアも手伝ってあげて! エルフのお二人は、うん、別の信仰形態でしょうから、そこは自由にどうぞ!」


 急に生き生きとしだした。

 そうだ、サニーが信仰する大地母神は、人々の婚姻を司る神でもあった。

 まさに本職である。


「忙しくなってきそうですねえ、先輩! わたし、がんばりますよー!」


 子竜をしがみつかせたまま、腕まくりしてむふーっと鼻息も荒いナオ。


「うむ、私も頑張るとしよう。婚姻に関しては、あまり調べて来なかったからな。これもまた経験、実学だ」


「ですね!」


 ナオの返答とともに、彼女の胸元から子竜が顔を出し、


「ピュイー」


 と鳴くのだった。

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