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122話 ジーンの決断

 地竜の卵を観察する日々が続いた。

 これが孵ることで、その時にあたためていた女性が次なる地竜の巫女となるらしい。

 私は執務そっちのけで観察しようとしたのだが、カレラやアスタキシアによって襟首を掴まれ、毎日執務を終えるまでは卵に会えないという拷問のような生活を送った。

 何ということだ。

 私が見ていない間に孵ってしまっては悲しいではないか。


「先輩はお仕事です。ちゃんと終わったら卵を見せてあげますからね」


 ナオはそう宣言すると、卵を抱っこして外にでかけてしまった。


「ううっ、なんと辛い試練なのだ」


 私は呻きながら、書類にサインをする。

 ロネス男爵から、効率のいい仕事のやり方は学んだ。

 だが、一地方の領主というものは、そもそもの仕事量が多いものなのだ。

 どうやっても、午前中はまるまる仕事に消費されてしまう。

 しかも、我が開拓地は成長著しい新たな領地である。

 領主が忙しくないほうがおかしい。

 今まで、私は好き勝手にあちこちを飛び回ってきたのだが、とうとうそのツケを払う時が来たのであった。


「むぐう」


 呻きながら仕事をしていると、アスタキシアが良い香りのする茶を淹れてくれた。


「準男爵、この世の終わりみたいな顔をして仕事をしていますわね……。見ているこちらが苦しくなりますわ」


「ジーンさん、研究以外の仕事基本的に大嫌いだからねえ」


 こちらは、すっかり執務に慣れたカレラ。

 未だにロネス男爵からは、毎週のように恋文が届くのだそうだ。

 我が開拓地の女子連中は、カレラが果たして男爵の求愛を受けるのかどうかで盛り上がっている。

 私にはさっぱり分からぬ世界である。


「ところでビブリオス準男爵としては、いつ式を挙げられますの?」


 アスタキシアに問われた。

 私は不思議な質問に、きょとんとする。


「うわ、今この方、心底不思議そうな顔をしましたわよ!!」


「ジーンさん、その辺全く理解できない人だからねえ。あのねジーンさん。世の中は、もうジーンさんとナオは夫婦だって認識なの。分かる?」


「……? 言われてみれば、マドラー男爵からも辺境伯領でもそのような扱いだったような……」


「気づきませんでしたの!? 準男爵、興味のあることないことに対する認識の解像度に差がありすぎません?」


「賢者は皆そのようなものだよ」


「いやいやいや」


 カレラとアスタキシアが首を横に振る。


「だめでしょジーンさん」


「貴族として、立場というものがありますからね。ナオをどこにでも連れて行っているでしょう。必ず貴方の横にナオがいるのですから、これは普通に世の中では夫婦であるとみなされるんです」


「そうだったのか」


 驚きの事実である。

 世の中はそうなっていたのか。


「それに、妻がいたほうが、わたくしのように政略結婚のために送り込まれる刺客が減りますわよ? 面倒事が無くなるほうがいいでしょう?」


「全くその通りだ……。私は政略結婚など迷惑なだけだからな。研究に全ての時間を費やしたい」


「で、ジーンさんはナオのことどう思ってるのよ」


「ふむ」


 私は考えた。

 ナオのことか。

 常に傍らにいるから、意識したことも無かったな。

 だが、ナオがエルフの里に行った時、しばらく彼女がいないことでなんとなく隣が寂しかった気がする。


「ナオだって女性ですものね。他の男になびくことも……ことも……。うーん……」


「ナオは基本的にジーンさんと同類だよね」


 おや?

 カレラとアスタキシアが難しい顔をしている。

 どうやら、提示する前提条件に致命的な誤りがあったようだ。


「……ともかく、貴族の立場として、身を固めておくべきですわよ! わたくしみたいなのがたくさん来てもいいのですの? 今回のことで、戦争が起こる前に終わったとしたら、準男爵の名声はさらに高まりますわ! それほどの大事を成した貴族が適齢期の独身だなんて、世の中の成り上がりを狙う下級貴族や、権勢を広げたがっている大貴族が放っておくとお思い?」


「なん……だと……」


 私は喉が渇くのを感じた。

 それほどの大事であったのか。

 アスタキシア嬢一人の件を丸く収めるだけでも、大地に眠る地竜が飛び立つ必要があったのだ。

 これから同様の案件が立て続けに来るとなると、これを捌いていては生涯、私に研究する時間など与えられまい。

 それに、ナオが他の男に、というところで、ちょっと胸がむかむかした。


 よし、私は決断するとなったら早いのだ。


「では式を挙げるとしよう。手順諸々を教えてもらっていいだろうか、アスタキシア嬢」


「ええ、もちろんですわ。貴族のルールに関しては、わたくしにお任せ下さいな」


 彼女はどんと胸を叩いてみせた。

 実に頼もしい。

 彼女が幕僚に加わってくれたことは、私にとって望外の幸運である。


「男爵も喜んで協力してくれると思います。ではそのように運びますね。新しい書類を用意しないと」


 カレラが嬉々として動き出す。

 しまった、新しい書類仕事が増えるのか!

 私は天井を仰いだ。

 いや、仕方あるまい。

 これから、もっと面倒な仕事を増やさないためだ。

 今は作業に励み、後の研究を楽なものにしておこう。

 しかし、式か。

 思えば、一度も参列したことは無いし見たことも無いな。

 そもそも賢者の塔の住人たちは皆独身だったような……。

 いや、塔の外に住む賢者には既婚者もいたか。


 さて、カレラとアスタキシアによる、挙式準備の作業はしばらく続きそうである。

 私は目の前の書類を片付けた後、外に出かけることにした。

 歩きまわって気晴らしでもしようではないか。

 いや、その前に卵の観察だ。


 外に出ると、ナオが卵を抱っこしたまま、マルコシアスに寄りかかって昼寝している。

 ふーむ。

 背負子を改造した、卵を抱っこするための器具がしっかりと働いている。

 ナオのお腹の前に卵は配置され、上に蓋をするように、彼女の胸が乗っている。

 全体に保温を行う効果が期待できる。

 間違いなく、卵を温めることに最大のパフォーマンスを発揮するのはナオであろう。


 じっと観察していると、次の卵温めシフト要員であるシーアがやって来た。


「あれ、ナオ寝てる」


「うむ」


「起きるまで待つね。ジーンも暇ができたの?」


「ああ。私も卵の観察をしようと思ってね」


「そっかー」


 私とシーアで、並んでその辺りに座り、卵をじっと見る。

 すると、その表面に突如、ぴしっと亀裂が走った。


「!?」


 動揺する我々。


「まさか……」


「卵が孵るぞ……!!」


 気晴らしどころではない。

 新たな一大事がやって来る。

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