121話 そして卵を温める
シサイド側の船が帰っていくのを見送り、辺境伯領に別れを告げた我々。
幾つかのお土産を持って帰還することになった。
ヴァイデンフェラー辺境伯領名物の、海産物の干物である。
こればかりは、我が開拓地では絶対手に入らない。
トーガとシーアなどは、海のものを口にする機会が基本的にないエルフ。
物珍しそうに、干物をむしゃむしゃ食べていた。
「では皆さん、連続で移動しますよ。一応初日のみ、マドラー男爵領で一泊します」
移動魔法の使い手であるアーガスが、我々に告げる。
「ああ、その通りに。それから一人増えているようだが。君も行くのか、オーベルト」
我々の傍らには、辺境伯領で世話係をしてくれた騎士オーベルトがいる。
「ああ、私は王都への報告役です。ビブリオス準男爵がなさったことを、陛下に伝えねばなりませんから」
「なるほど、よろしく頼む」
オーベルトが増えたお蔭で、王都までは一日に移動できる距離が減るのだそうだ。
二回の移動魔法で、マドラー男爵領に到着した。
一泊。
ついでに、住民たちに今回の事件の顛末などを語って聞かせた。
大いに受けた。
娯楽が少ない土地では、旅行記や風聞などでも喜ばれるものだ。
ここでも、我々はお土産をたくさんもらった。
主に、原石状態の宝石などである。
量が少ないため、住民たちが一個一個自分で加工し、アクセサリーにしたり置物にしたりしていると言う。
「ふむ、この七色に輝く石は……。マルコシアス、これはなんだね?」
『その質問に答えよう。バルゴーンの欠片だ』
「手乗り図書館、検索、バルゴーンの欠片」
情報が展開される。
灰色の魔王は、世界最強の火竜ワイルドファイアと、最後に空の上で戦ったらしい。
ワイルドファイアは倒され、魔王もまた、己の魔剣バルゴーンを失った。
バルゴーンは欠片となって世界中に降り注ぎ、こうしてごくごく稀に発見されるのだとか。
「こんな貴重なものをもらっていいのかね?」
町の人々に尋ねると、彼らは笑顔で頷いた。
「ビブリオス準男爵! 頑張ってください。準男爵が冒険するお話が、俺らはみんな大好きなんです!」
「そうか。ではありがたく頂戴しておこう」
ナオがニコニコしながら、私の脇腹をつついてきた。
「くすぐったい! なんだね」
「先輩、わたしたち、彼らにとってはお話の中の人物なんですねえ。なんだかこそばゆい気分です」
「ああ、そうだな。そう言えば、灰色の魔王と同様に、我々も面白おかしい物語の中に生きていることになるのか。あまり実感は湧かないな」
「だって先輩! わたしたち、ワイルドエルフと友達になって、神様をやっつけて、地底の世界で冒険して、地竜を旅立たせて、戦争を止めて……。けっこうすごくないです?」
「言われてみると凄い」
私は感心してしまった。
それほど多くのイベントが起こっていたのか。
私としては、目の前のことを次々解決していただけだったのだが。
冷静に考えてみて、一介の賢者がしていい冒険ではない。
よく私は生きているな。
「ジーンはこれだけの事件を、真っ先に飛び込んでいくからな。俺も常にハラハラしている」
トーガから意外な告白が来た。
「ジーンがまだ生きてるの、ただただ運がいいだけだよね」
シーアのその話は笑えない。
ちなみに、同行している騎士オーベルトは爆笑していた。
その後、我々はマドラー男爵領を発つ。
男爵の子、リットがついて来たがったが、何事にも準備というものがある。
もっと成長してから来るようにと言い聞かせたのだった。
二度の移動魔法で、王都へ到着。
魔法は凄いな……。
我が開拓地から王都までは半月かかる。
それが、一日かそこらで移動できてしまうそうだ。
今後、ビブリオス領でも魔術師連盟との契約を行おう。
この時短はあまりにも魅力的だ。
報酬はマルコシアスのフンで良かろう。
「では、ビブリオス準男爵、また! 恐らく、世界は貴方を放っておかないでしょう。すぐにお噂を聞けると私は確信しています!」
「オーベルト、君も壮健で。それと、洒落にならない事は言わないように」
彼らと別れ、いよいよロネス男爵領へ。
アーガスはまだ、我が開拓地を訪れたことがない。
そのため、ビブリオス準男爵領へは移動できないのだ。
移動したポイントは、ロネス男爵の家の庭だった。
メガネのメイドがちょうど窓を開けていたところで、目が合った。
彼女は目をぱちくりとさせ、咳払いをした。
「お帰りなさいませ、ビブリオス準男爵」
「やあ、ただいま。男爵はおられるかな?」
「今お昼寝中です。叩き起こして参りましょう」
屋敷の中で、どたばたと音がした。
「ハンモックから主を蹴り落とすやつがあるか!」
「こうでもしないとあなたは起きないでしょう」
しばらくして、ロネス男爵が庭までやって来た。
「やあ、元気だな、準男爵! その様子だと、戦争は止まったな?」
「ええ、おおよそその通りです。また後々、事件の進捗が伝えられてくるでしょうが」
「ああ、流石はビブリオス卿だな! いや、こんなに早く戻るとは思わなかったから何も準備はしてないが……寝起きの茶でも一緒にどうだ?」
「ご相伴に与りたいところですが、私も開拓地が気になっていましてね」
「おおそうか! そう言えばそうだな。よし、馬車を仕立てるから、少し待っていろ」
ロネス男爵の言葉が終わらぬうちに、メイドは姿を消していた。
そして、湯が水に変わるほども時が経たないうちに、我々のための馬車が用意されていた。
「ゴンドワナー!」
見覚えのある荷馬が馬車の横にいる。
ナオが歓声を上げて、馬に飛びついた。
我々の最初の仲間とも言える馬である。
ロネス男爵家でたっぷりと飼い葉をご馳走になったようで、毛艶が大変良い。
ちなみに、彼を馬車につなぐと、馬の足が乱れるので横につけているだけのようだ。
荷馬と馬車馬は違うからな。
かくして、我らは久方ぶりの開拓地へ。
それでも、王都に行って帰ると一月半経つのに比べ、ほんの一週間かそこらである。
片道二日と少々の旅路を終えると、懐かしきビブリオス領が見えた。
我々に気付いた領民たちが、駆け寄ってくる。
「お帰り、準男爵!」
「ジーンさん、お帰りー!」
その中へ、ゴンドワナにまたがったナオがかっぽかっぽと進んでいった。
向かう先には、背負子で卵を温めている、アスタキシアの姿。
「ナオ、卵は温めていましたわよ! あなたにこれを返しますわ!」
「はい! お役目ご苦労さまです、アスタキシアさん!」
そんな約束になっていたのか。
ゴンドワナから降りたあと、背負子を装備するナオ。
「進捗はどうですか?」
「わたくしと、カレラさんとサニーさんとアマーリアさんとローラさんでシフトを組んでるのですけれど、ローラさんがちょっと動いたと言ってましたわね」
深き森の民まで協力していたか……!
確かに、新たな地竜を孵化させるという意味では、重要な仕事であろう。
ちなみにシフトのメンバーが全員女性であることには理由がある。
地竜の巫女というだけあって、生まれたての竜は女性にしか懐かないらしい。
そして、初めて見た女性を巫女にする。
男性ではない理由は、どうやら性別により、体内にある魔力の性質が異なるかららしい。
「じゃあ、今日からナオと私がシフトに入って、みんなでぐるぐる回そう!」
ナオとシーアを入れて、七人の女子が卵を温めるわけか。
誰の番で卵が孵るのか、楽しみではある。
「諸君、卵の動きについて、可能であればレポートが欲しい。頼めるかな……!」
「準男爵、目が本気ですわ……!!」
「竜も生き物である以上、先輩の専門分野ですからねえ」
こうして、我々は平常運転に戻る。
戦争の終わりに向けて、我々が撒いた種が芽吹くまでは、まだしばらくかかるだろう。
それまでは、開拓地は平穏な時を過ごすのである。




