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120話 伝言と帰還

「俺にはその権限が無い」


 隊長が悲しげに言った。

 それはそうか。

 一国の先遣隊を任されているとは言え、いざ戦争になろうというこの状況の、起こりを作った張本人を告発するなど、一介の兵士には不可能であろう。


「知ってはいると思っていいのかね?」


「たとえ知っていても、話すわけがなかろう。お前が今言ったように、これは我が国の一大事なのだ!」


 なるほど、道理である。


「確かになあ。困ってることがどうにかなるって確証が無い限りは、話すわけがないな」


 辺境伯が納得した。

 私と彼が、隊長の言い分を了承したので、この会談はここまでとなった。

 だが、ここで私は隊長に告げておく。


「後ほど、シサイド王国の置かれた現状や、産業の形態などを詳しく教えて欲しい。解決策が提示できるかも知れないからね」


「何……!? お、お前はどうしてそんなことを……」


「私は賢者だ。賢者とは知識を蓄え、来たるべき時にそれを使って人を救う者だよ。その対象に自国の者も他国の者もあるまい。なんなら、シサイド王国から私の領地に使者を送ってくれていい」


「……俺の一存では決められん……!」


 軍隊の節理に忠実な男のようだ。

 分かりやすいが、この隊長を相手にしていては話が進まんな。


「どうかね、マーメイドの諸君」


「はいはーい」


 マーメイドたちが手を振ってきた。 

 大変朗らかな人々である。

 この状況が、人間の支配する二国間の戦争であるなどと、理解しているとは思えないほど陽気な様子だ。


「どうって、なあに?」


「シサイド王国は、君たちも所属しているのかね?」


「ううん。私たちは近くに住んでるのです。で、漁村の子たちとは仲良くしてるんだけど、人間が困ってるっていうから手を貸してあげてるのですー」


「お礼にって、陸の食べ物もらったよねー」


「宝石もらった!」


 一人のマーメイドが髪を構成する触手から緑の石がはめ込まれたネックレスを取り出してくる。


「なるほど、では諸君は協力関係ということか。では、シサイド王国の状況に詳しい? どういう感じで苦境にあるかとか」


「お、おいこら!」


 隊長が慌てて私を止めようとした。

 だが、これは辺境伯に遮られる。


「まあ待て。ジーンは賢者なのだ。俺らのような戦争屋じゃない。本気で知識を役立てて、人を救おうと考えているのだと思うぞ」


 フォローをありがとう、アルブレヒト。

 私は私の仕事を続けるとしよう。


「食料状況なども教えてもらえるとありがたい」


「うーん、えっとねー」


 その後、マーメイドたちから聞き出したシサイド王国の状況について。

 まず、かの国は人口爆発により、若年人口が国家の半分近くに達している。

 口が増えたことで、食料の消費量が増した。

 だが、問題は今ではなく、その若年層が成人する数年後である。

 食糧問題と、就業先が不足する問題が出てくることになるのだという。


「ふむ、それを戦争で領地を拡大し、解決しようと考えていたわけか。だが、戦闘行為を行えば、現在生産人口である男性が目減りするのではないか? ああ、そこに若者を滑り込ませようということも考えているのか。それなりに考えているのだな」


 だが、これには問題がある。

 就業者たちを、兵士として徴収せねばならないことだ。

 現在職に就き、知識と技術を持っている者たちを兵士として消費することで、社会に強制的に空きを作る。

 彼らが切り開いた侵略先で、新たな市場を開拓する。

 それは一つの考え方だろう。

 だが、失われた知識と技術は戻ってこない可能性がある。

 侵略が成功し、新たな市場が産まれたとしても、そこがある程度発展するまでには時間がかかる。


「できるだけ、生命を失わずに人口爆発という状況を打破できる策を考えねばならないな」


「それができれば、我が国はとっくにやっている!」


 隊長からの返答は、憮然としたものだ。

 だが、何か見落としは無いか?

 シサイド王国は豊かな海の恵みに支えられた国だと聞く。

 その王国が、得られる海の恵みでは足りないほどに人の数を増やしたと。


「むむっ」


 何か、もやもやしたものがひらめいた。

 我々人は、かつて野生にある獣を狩り、野生に実った菜や果実を採取する生き物であったと言う。

 そこに神が文明を与えたと宗教は説くが、それがなくとも、必然として我々は、そんな原始的採集生活から抜け出す術を編み出したであろう。

 狩猟採集生活では、ある一定以上の人口を養っていくことができないからだ。


 家畜、作物。

 これが、人が生み出した、多くの人口を支えるための術である。


「魚を家畜に……」


「バカなことを」


 兵士たちがせせら笑った。

 だが、人は思いもよらぬ発想をされると、理解するよりも先に拒絶するものである。

 彼らの反応は当然と言えよう。

 私がすべきことは、今の発想の前例を探ることだ。


「手乗り図書館。魚を家畜にする術を検索」


 すぐに結果が導き出された。

 図書館が輝く。

 野次を飛ばしていた兵士が、一斉に黙り込んだ。

 呆然と口を開き、図書館から吐き出される光に見入る。


 そこには、図があった。

 海に作られた大きな囲いの中、魚たちを家畜として飼う方法と、その名である。


「養殖か。これが、シサイド王国を救う一助となるだろう」


「魚を囲って飼う、だと……? だが、魚など幾らでも泳いでいる……!」


 隊長が告げる。


「無限に見えて、魚は取り尽くせば減る。彼らもまた、野生の獣なのだ。人が増えたまま、狩り尽くせば最後は人も魚も滅びることになる。ならば、魚を人の手で増やせばいい。簡単な理屈だ」


「……だが、こんな妙な仕事に、誰がつく……」


 そこまで口にして、彼はハッとした。

 これより、若年人口が成人し、シサイド王国の大人の仲間入りを果たす。

 彼らを受け入れる場所はどこか。

 全く新しい形の産業があれば、それを受け入れられるのではないか?


「お、おい! 誰か、これを記録しろ!! 陛下へご報告だ!!」


「隊長!?」


「俺たちの頭では分からん。だが、この賢者が何か、とんでも無い事を言ったのは分かる……! 俺も、お前らも死ななくて済むやり方だ!」


 この隊長の言葉がきっかけになったようだった。

 兵士たちの目の色が変わり、彼らは光の中に浮かび上がる、養殖の図を目に焼き付け、あるいは手にした板に刻み込んだ。


 マーメイドたちが喜び、きゃあきゃあ言いながら手を叩いている。


「お魚を人間が育てるのです? たまに分けてもらいに行ってもいいですね!」


「魔族の血が混じった人、不思議なことを考えるです! 面白いです!」


「それはどうも」


 私が返事をすると、マーメイドたちは何がおかしかったのか、みんな一斉にキャッキャと笑った。


「お、おい、セントロー王国の者たちよ。我々は一時、国へ帰る。構わんか」


「許すわけが無いだろう、と普段の俺なら言うが」


 ヴァイデンフェラー辺境伯は、ちらりと私を見た。


「どうやら、俺や騎士団の仕事は、この賢者殿に取られてしまったらしい。行け」


 隊長は、ほんの僅かだったが、私とアルブレヒトに頭を下げた。

 そして、シサイド王国の船が次々、入り江を出発していく。

 展開していた彼らのテントや、諸々の資材を回収する暇も無いほどの大急ぎである。


「さて、状況がどう転がるかは分からんが……俺の勘が告げている」


 アルブレヒトは自らの船へと戻りながら、肩をすくめた。


「また、我ら辺境騎士団は冷や飯食らいに逆戻りだな」

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