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119話 マーメイド会談

 うやむやのうちに、辺境伯と侵略部隊の隊長との会談が開かれることになった。

 我々とマーメイドが仲良くなったため、とても戦争などやっていられる雰囲気では無くなったからだ。

 これはどうやら、彼らシサイド王国もマーメイドから好意で力を貸してもらっている状態と見た。

 そうでなければ、長らく平和に浸かっていた国家が、いきなり侵略戦争をしようなどとは思わないだろう。

 確かに、マーメイドが使う水の精霊魔法の威力は絶大である。

 これだけ巨大な入り江を作り出し、それを霧の魔法を鏡のようにして隠す。

 人間の魔法使いではできない所業であろう。


「俺もこの程度のことはできるぞ。仲間がいればな」


「うんうん、兄さんは負けず嫌いだから」


「できるったらできるぞ!!」


 トーガは何をむきになっているんだ。


「内通者がいるはずだ。それはどこの連中だ?」


 辺境伯は空気を読めない性分らしく、いきなり本題に切り込んだ。

 向こうの隊長が目を白黒させている。


「は、話すわけが無かろう……!」


「話すも話さないも、比較的攻めに適した土地が我がヴァイデンフェラー領しか存在しないことは、そう分からないはずだ。何しろ、シサイド王国とヴァイデンフェラーは、大陸を挟んだほどの距離があろうが。何を好んで一週間以上かかる船旅をしてここまでやって来る」


「ぬっ、ぐぬ……。漁師が偶然、ここを見つけて……」


「ジーン、こいつの言うことは本当か?」


「シサイド王国の近海は、どこも豊富な海産資源に恵まれているはずだよ。書物で得た知識だが、水に流れ込む氷河と南方から来る海流が混じり合い、多様な生物相を形成していると聞く。それは正に、海の至宝。ぜひ一度、私もお目にかかりたいものだね」


「むっ、確かに我が国の海は豊かだ。獲り過ぎぬ限り、海の恵みは永遠に我らを養ってくれるであろう……!」


「ああ。だから、漁師がここまでやって来る必要などない。余計な危険を生むばかりで、採れる独自のものと言ったら海苔程度のものだからね」


 私の説明を受けて、むこうの隊長は凄い顔をして黙り込んだ。

 さらりと自分の生国を褒められると、人間、ちょっと口が軽くなったりするものなのである。


「あ、あと先輩。この入り江なんですけど、マーメイドの人たちって、建築的な素養があったりします? なんか設計図通りに作ったみたいな感じで、結構緻密なんですけど。こことか」


「せっけいず? なんですー?」


 マーメイドの一人が、魔法で浮遊する大きな泡を作り出し、これに飛び乗って移動してきた。

 ナオの隣で、壁面をぺたぺたする。


「なんですー? 絵は見せてもらったですよーう。絵のとおりに刻んだです」


「あ、じゃあやっぱり設計図ですね。あらかじめ、この場所の入り江に誰かが目星をつけてて、そういうのを計画したっぽいですね。ほら、だってこことか、強度を考えて柱になるように元の岩盤を残してますもん。俯瞰で見ても、大体同じ感じになると思いますよ?」


「やるな、ナオ。建築学的見地からしても、この侵略行為は計画的なものだったと言えるわけだ」


「むむむむ……!!」


 隊長は必死に、何も語るまいと口をつぐんでいる。

 だが、彼の言葉以上に、残されている状況は雄弁なのである。

 彼らがこうしてここにいて、ここに何があるのか。

 それら全てが、今回引き起こされようとした戦争の全容を語ってくれる。


「ちなみにこれって、伝統的な、セントロー王国の神殿を作る時の設計技法なんですけど」


「なにっ」


 アルブレヒトが反応した。

 この辺境伯、知識的な話はつまらなそうな顔をして聞いていたりするが、事が戦争の核心に触れそうになると、動物的勘で理解するようだ。


「どうして外国の亜人が、この国の設計を知ってるんだ」


「うーん」


 ナオが難しい顔をしたので、ここからは私が引き継ぐことにした。

 彼女の言わんとした事は既に把握している。

 プレゼンであれば、私は彼女よりも得意であることだしな。


「つまりだ。この国からもたらされた情報と設計図が、この入り江を作り上げた。拠点を築くことができ、攻めに適した土地の情報を得たシサイド王国は、戦争をしない理由を失ったとそういうことではないかな? 本来、国家とは成長し続けることを志向するものだ。人民は増え、消費される資源も増えていく。大きくなり続けなければ、維持できるものではない」


 私はここで、手乗り図書館を呼び出す。

 周囲を取り巻いている兵士にも見えるように、少し大きめにだ。

 おおっ、という感嘆の声が、周囲から漏れた。


「シサイド王国は、連なる群島による国家だ。一つ一つの島は小さく、島民の数にも限りがある。水産資源が豊かだろうと、人はそればかりを食べて生きていくわけにはいくまい。島の実りにも限りはあり、そして人が人として生きていくためには、金も必要だ。近年、シサイド王国は人口爆発などしてはいないかね?」


 私が水を向けたのは、兵士の一人である。

 彼は急に話を振られて、驚いたようだ。


「じ、じんこう、ばくは……?」


「赤ん坊がいっぱい生まれたってことじゃね?」


「あ、それか!」


「お前かしこだな!」


 おっと、難しい言葉を使いすぎたか。


「人の数が増えているのかね?」


「お、おう。ちょっと前、大漁続きでよ。だからみんな余裕ができて、子供をたくさんこさえた」


 私はこの言葉を聞き、頷いた。

 そして、彼らの話の続きを語る。


「そして今現在、漁獲高などは以前のそれに戻っているのではないかね? つまり、物を食べる口の数は増えたが、手に入る資源の量はもとに戻った」


 これを聞いて、兵士たちが一斉にどよめいた。


「な、なんで分かるんだ!?」


「誰か、少しでもそういうこと言ったか!?」


 彼らの隊長が、恐ろしいものを見るような目を私に向けた。


「君たちは、戦争をしない理由を失ったが、それで積極的に犠牲を伴う戦いをするのは気が進まなかっったはずだ。だが、そこに戦争をしてでも領土を拡大せねばならない理由があったらどうだね? 君たちの目の前には、広大な陸地を領土とする、世界最大の王国が存在している。そして、その国の領地をいくらかでも掠め取れる可能性がある、値千金の情報が提示された」


 戦争のための先遣隊である彼らが、どこまで知っているかは定かではない。

 だが、隊長と兵士たちの顔を見るに、私が口にした言葉は間違っていないようだ。


「君たちが間違っていたわけではない。この状況を意図して作り上げた者がいる。その情報が欲しいだけなのだよ。ああ、ちなみに、我々は既に、その内通者にあたりをつけている」


 私の脳裏に、公爵が告げた言葉がリフレインする。

 バウスフィールドの女狐が、良からぬことを企んでいる、と。

 そうだ、そうだったな。

 貴女は、こうして人の窮地を利用するような人だった。

 なるほど、これは懐かしい感覚だ。

 確かにこれは、彼女が仕組んだ策略なのだろう。


「戦争などせずとも、シサイド王国の窮地を救う手は模索できましょう。さあ、隊長殿。我々に、その内通者の名を教えてもらえはしないかね?」

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