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117話 快適なり? 船の旅

 船は大層揺れるものだ。

 世の中には船酔いというものがあり、これで調子を崩してしまう者もいる。

 我々一行の中にも、そのような者がいたかと言うと……。


「楽しかったですねえ。船の中なんて、見に行く機会がぜんぜんないんですもん。いっぱい見せてもらっちゃいました!」


 船の隅々までを視察して、満足げなナオ。


「風に吹かれた枝の上と変わらんな」


「そうだねえ。水の精霊の動きを読んだら、どう揺れるかとか分かるもんね」


 平常通りのワイルドエルフ兄妹。

 そして、私。


「ジーン、あんた、初めての船だろうに平気なのか?」


「ああ。どうやら魔族の血が混じっているぶん、船の揺れなどに対する耐性もあるようだ。荷馬車に数日揺られる旅をしても、どうということはなかった」


 我々一行は、誰も船酔いに掛かってなどいなかったのである。

 ちょっと期待していたらしいアルブレヒトは、露骨にがっかりとした雰囲気だ。


「酔い止めのまじないやら薬やら、幾らでもあるんだがな。なんだ、つまらん。全くつまらん」


「船酔いは体調を崩すそうじゃないか。そんなものにならなくて、良かっただろうに」


「お約束というものだろう。はあ、まったくつまらん」


 アルブレヒトはため息をついた。

 よく分からない男だ。


 特にこれといったアクシデントも無く、船は海を進んでいく。

 岸壁が見える辺りを航海しているのだが、これはというところで岸に寄せ、ボートを下ろすのだ。

 ボートから岸壁に接舷し、岩肌についた海苔を削り取る。

 あるいは上陸してみる。


「種類としては、この海苔が望ましい。だが、見ての通りこの岸壁は足場が少ない。とても、多くの兵士を留めておけるようにできていないだろう」


 ボートに同乗するのは、ナオとアルブレヒト、それから水夫が数名。


「ふーむ、確かに言われてみれば、この海苔は黒い。こいつが付着する岸壁に何か条件があるのか?」


「それについては、さっきまで見てきた岸壁と照らし合わせれば分かって来るだろう。この海苔は、深く入り組み、ぎざぎざとした場所にしか生えない。しかも、必ず波が被る場所である必要がある」


「待て待て。ここまで波が深くまで浸食する場所に、多くの兵士を留めておくことなどできんぞ! 俺が見回りをした時は、足場がしっかりとしていることを条件に探し回ったんだからな」


 アルブレヒトが反論してくる。


「うむ。アルブレヒトの行なった探索を否定するわけではない。何より、君はこの辺境伯領の地形については私などよりもよほど詳しかろう? そんな君が、この海苔の生える条件と、兵士を留めておけるほどの広い足場の両立は不可能だと言っているのだ。普通の手段であれば、それは本当に不可能なのだろう」


「ふつう? 先輩、何か気付いたんです?」


「ああ。シサイド王国側は、案外本気でこちらに攻めてくるつもりではないか、ということだよ。アルブレヒトが昨日発見したのは、囮だろう。彼らは積極的に戦ったかね?」


「いや、俺たちと小競り合いをした後、一目散に逃げていったぞ。まあ、ここは奴らのホームではないからな。分が悪いと見たのだろうと思ったが」


「それが囮の可能性があるということだ。無論、君たち辺境伯領のものを責める気などない。私の予想が正しければ、これは普通、気づくことができない仕掛けが施されているぞ」


 我々は船へと戻る。

 そして、私はトーガを呼んだ。


「ジーン、策を思いついたか?」


「うむ。相手側には、間違いなく魔法の使い手がいる。それも、こちらの地形についての知識を持つ者がな。トーガ、この辺りの岸壁で、魔力……君が言う精霊力を感じる場所がないか探ってみてくれ」


「お安い御用だ」


 トーガが船べりから身を乗り出した。

 彼の視線が、岸壁を隅から隅まで辿っていく。


「水の精霊力だ」


 彼の呟きが聞こえた。


「おい、ジーン。俺はあくまで聞いたことがあるだけだが、海にも俺たちエルフのような種族が存在しているそうだ」


「うむ。マーメイドのことかね」


「ああ、そういう名だったな。奴らなら、これくらいのことはやってのけるだろう。おい、あの岩壁、本当には存在してないぞ」


 トーガが真っ直ぐに指差す先には、どう見ても岸壁の一部としか思えない岩肌があった。


「待て。あれが偽物だというのか? 幻? 明らかに周囲と見分けがつかない……」


 ここでポン、と手を叩いたのはナオだ。


「あー! あの壁、周りの壁と岩肌のパターンが同じです! えっと、つまりですね、同じ形をした岩肌があそこだけ連続してるんですよ。まるで型取りしたみたいにそっくり。そういうことってよくあるんですか?」


「あり得ない! 岸壁の姿は、波が岩を浸食してできるんだ。どれ一つとして同じ形になるわけがないぞ!」


 アルブレヒトが目を見開いた。

 そして、大きく声を張り上げる。


「お前ら! あの岩壁に突っ込め!! あれが侵略者どものアジトだぞ!!」


 決断したなら即実行。

 ヴァイデンフェラー辺境伯は、なんと岸壁への突進を敢行した。


「ひ、ひょえー」


 ナオがびっくりして、私にしがみついてくる。


「なんで私なんだ」


「先輩、なんかいつもどっしりしてるじゃないですか。あと、抱きつき慣れてるので」


「そうか……。だが、いざとなれば私だって衝撃で吹き飛ばされてしまうかも知れない。私もどこかに掴まって……」


「平気平気! いざとなれば、私が風の精霊にお願いして船のショックを和らげるからさ」


 そう豪語するのはシーアだ。

 そうだった。

 この船には、恐るべき精霊魔法の使い手であるワイルドエルフの兄妹が乗っていたのだ。


「行けーっ!!」


 辺境伯が舳先に立って絶叫する。

 なんと危険な場所に立つのだ。

 仮にも立場ある貴族だというのに。


「辺境伯は大体常にあんな感じですねえ。俺らも危ないですよって言ってはいるんですが、必ず自分が先頭で、一番危険なところに突っ込んでいくんです。まあ、あの人それで一番手柄を上げて帰ってくるんで、おかしいんですけど」


「なるほど、個人の武勇にも優れているということか」


 水夫から話を聞き、私は納得した。

 絶対的な自分への信頼があるからこそ、あのような場所に陣取るのだ。

 そして、我々が伝えた情報を信じているからこそ、岸壁へ突っ込もうとする船の舳先に立っていられると。

 そしてついに、岸壁は目と鼻の先に。


「うわ、マジ!? ちょっとまって! タイム! まったまったー!!」


 どこからか、焦る女の声が聞こえた。

 そう思った次の瞬間、船は岸壁を突き抜けて、入り江に到着していた。

 そこには、明らかに外国の物と見られる作りの船が何艘もあり、荷物を運ぶ男たちがせわしなく動き回っている。

 そんな彼らは、突然の闖入者に、ぽかんとして動きを止めた。


「見つけたぞ侵略者ども! 俺は国王より辺境警護を任された、ヴァイデンフェラー辺境伯! お前ら、大人しく俺に叩き斬られろ!」


 ノータイムで荒事に突入しようとするとか。

 少し待ってほしいものである。

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