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116話 賢者、船に乗る

 砂浜に出て、生き物を採集などしていると、アルブレヒトが帰ってきたようだ。


「おお、いたいた、ジーン!」


 アルブレヒトが駆け寄ってくる。

 私がしゃがみ込んで、作業に勤しんでいると、彼は傍らに立ち止まった。


「卿の言う通りだったぞ! 俺の領地で、岸壁など幾つもない。その一部に、奴らはキャンプを張ってやがったんだ。この剣で海に叩き込んできてやったよ」


「ほう、一戦交えてきた後だったか。怪我などは?」


「おかげさまでピンピンしてるぜ。その代わり、連中もあまり仕留められなかった。最初から逃げ腰だったな」


「それはそうだろう。向こうも向こうで、戦争など遠い昔のおとぎ話くらいの感覚なのだ」


 この世界の住民は、戦に慣れていない。

 セントロー王国は千年の平和を謳歌しているし、シサイド国だってこの百年は大きな戦が無い。

 他国では頻繁な小競り合いが発生しているとは聞くが、その程度のものだ。

 手乗り図書館が語る、遥か過去には国々はもっと頻繁に争っていたようだが……。


 それは世界が人間だけで満ちていた頃の話だ。

 灰色の魔王が亜人たちを連れてきて、人間はこの自分たちとは大きく異なる隣人と共存せざるをえなくなった。

 外国の人間以上に、自分たちと異なる隣人たち。

 彼らと共存を果たすことに尽力するあまり、国々は戦争を行うだけの余裕がない……というのが私の見立てだった。

 ああ、いや、正確には、国際情勢を研究する賢者ノービスの見解である。

 あの御仁は、小型の飛竜を飼いならし、文字通り世界中を飛び回っている。

 世界の現実をリアルタイムで見ている彼の見解は、とても重要なのだ。


 そこまで考えていた私だったが、ふと目の前にあるアルブレヒトの足が気になった。

 彼の靴には、海藻の類が張り付いている。

 それは確かに、この砂浜で採取された海苔ではあるのだが……。


「アルブレヒト、違うぞ、これは……」


「うおわっ!? どうしたジーン、俺の足を取って」


 私は思わず、彼の足を持ち上げていた。

 片足状態になるアルブレヒトだが、体勢を崩しはしない。大したバランス感覚である。


「君の足に付着している海苔が違う種類だと言っているのだ。つまり、君は違うキャンプを見つけ、襲撃したに過ぎない可能性がある」


「なんだと!?」


 アルブレヒトも砂浜に腰を下ろした。

 そして、靴に付着した海苔を見て首を傾げている。


「……分からん。全然同じに見える……」


「色合いがやや赤くなっているのが分かるか? これは乾燥環境に比較的強い種でな。君が降り立った岸壁は、そこそこの広さが無かったか?」


「あった。それに、俺は波打ち際なんぞ歩いてねえぞ」


「そう言うことだ。波の飛沫で育つ種類の海苔がこれだ。対して、私が採集したものは、常に波が打ち付ける場所で育つ」


 瓶を取り出し、その中にある海苔を見せた。


「あ、確かに黒いな」


「そう言うことだ。まだ、シサイド王国は別にキャンプを張っているぞ」


「本当か……! なんてことだ。あいつら、一体どこに……」


 アルブレヒトが腕組みして首を傾げた。


「あっ、辺境伯戻ってらしたんですね! おかえりなさーい。先輩、なんでこの人、こまってるんですか?」


 ナオがやって来て、辺境伯を指差した。


「我々が見つけた岩海苔とは、違う海苔を靴に貼り付けて戻ってきたのだよ」


「あー、別のところに降りたんですね」


 海苔の種類で、状況を理解するナオなのである。


「やっぱり、実際に詳しくないと、分かりづらいんじゃないですか? いっそ先輩が一緒に行ったら……もちろん、わたしも行きますけど!」


「ふむ……!」


 私はハッとした。

 そうだ、その通りだ。

 せっかく船に乗り、海の調査と洒落込めそうなチャンスではないか。

 シサイド王国のキャンプ発見も同時にやりつつ、船に乗っての調べ物をさせてもらえないだろうか。


「という事で、私と仲間たちが同行する」


「何が、という事だ……。いや、だが、卿に来てもらったほうが話が早いかも知れんな。無論、卿等の身は俺が守ろう」


「ありがたい。では、頼む」


「今日じゃないぞ。明日だ、明日。素人を乗せて出航する準備などできてないんだからな!」


 かくして、明日は船に乗り込むこととなった私。

 胸を高鳴らせながら床につくことになったのである。




 翌日。


「まさか海に出るとはな……。相変わらず、お前に付き合っていると妙なことにばかりなる」


 口ではそう言っているが、まんざらでもなさそうなトーガ。


「うわー、船って揺れるのねえ。足元がぐらぐらしてるって、枝の上に立ってるみたい。あ、普通か」


 賑やかなシーア。


『質問があればいつでも聞くのだ』


 マルコシアスは適当な樽を見つけて、横倒しにしたそれを前足で弄びつつこちらをチラチラ見る。

 なんだかんだ言って、みんな航海は初めてなのだ。

 無論、私もである。


「おおー! これが船の上なんですねえー! なんだか不思議なかんじです!」


 甲板を小走りで往復するナオ。

 無邪気な様子の彼女を見て、船を動かすメンバーであろう、水夫たちの目が優しくなった。


「いつもむさくるしい男ばかり乗ってるから、若い女が乗るとなんか爽やかな感じになるよな」


「だよなあ。しかもあの二人、ホムンクルスとエルフなんだろ? で、あれが噂の辺境賢者」


「へえ、じゃああのホムンクルスのお嬢ちゃん、人妻かあ」


「いい趣味をしてるぜ……。でかい」


 むっ、何か男の根源的感情を含んだ視線が、走るナオの胸元に注がれている。

 これは水夫たちの精神衛生上よくあるまい。


「ナオ、ナオ、こっちに来るのだ。私と一緒に今できる調査をして行こう」


「はーい!」


 ナオが戻ってきた。

 彼女とともに、これから海へ漕ぎ出す船を見て回るのだ。


 樽の類は、普段ならば水や食料、酒などが詰め込まれているという。

 今日は日帰りの航海なので、樽の数は少ない。

 船の中ほどには、二本の帆柱が立つ。

 舳先と船の後方にも、帆が張られるようだ。


「風力で動くだけあって、帆がでっかいですねえ」


 甲板に投げ出された帆を、興味深そうにつつくナオ。

 私もしゃがみ込み、帆をいじってみた。

 ほうほう、丈夫な素材で作られているのだな。


「すんません準男爵! 帆はデリケートなんで、あんま触られると……」


「おお、済まないな」


 水夫に言われて、帆から離れる。

 航海から戻ってきたら、存分に触らせてもらおう。


「わたしとしては、船の構造は知ってたんですけど、こうして動く本物を見るのははじめてなので」


 ナオは私を従え、船の端から端まで歩き回った。 

 彼女は建築が専門だからな。

 水に浮かぶ構造物としての船が、大変興味深いのだろう。


「じゃあ、ちょっと船底をみてきます!」


「ああ、気をつけてね」


『……』


 船底へと向かっていくナオ。

 その後を、心配そうにマルコシアスがついていった。

 魔狼にとって、ナオは子狼みたいな扱いだからな。

 少しあって、船底から、


「ひえー!? なんで船に狼が!?」


 という悲鳴が聞こえてきたのだった。

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