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115話 海産物に踊る賢者

「ほう……!! これは、市場に流通していない種類の貝ではないか! 君、これに名前はついているのかね?」


 私は鼻息も荒く、手のひらの貝をお付きの騎士に差し出した。


「は、はあ。そいつは俺らがおやつ代わりに食べる、オオシジミって貝です。もちろん、俺らがそう呼んでるだけですけど」


「正式名称がついてないというわけか。食味はどうかね? いや、答えなくていい。自分で調理して食べてみよう。ナオ、ナオー!」


「はーい! 厨房を借りてきますね!」


 我々は今、ヴァイデンフェラー辺境伯の執務室に間借りし、臨時の研究室にしている。

 今は、アルブレヒトが海に出て、侵略軍の拠点を探し回っている頃である。

 ただ待つだけでは時間がもったいない。

 未知の生物がひしめく、ヴァイデンフェラー領において、研究をしない手は無いのだ。

 私は無理を言って、この執務室の半分を改造させてもらった。

 騎士たちは、


「本当に噂通りの人だなあ」


「まあ、辺境伯も面白いこと好きだし許すんじゃね?」


「やっちまおうやっちまおう」


 ということで、かなり好意的であった。

 彼らに手伝ってもらい、臨時研究室はほどなく完成。

 そして現在、私とナオは研究に没頭しているわけである。

 ところで、辺境伯領の騎士たちは他の領地に属する騎士とは毛色が違う。もっと砕けた感じだな。


「先輩、厨房使っていいそうです! せっかくだから、食材みんな持ってきたらまとめて料理してあげるってコックさんが!」


「ありがたい! ナオ、トーガ、シーア、この籠をそれぞれ持ってくれ」


「どうして俺が……と普段なら言うところだが、海のものを食べるのは初めてだな。ちょっと興味があるぞ」


「私もー! どんな味なのかしらね。人間が作ったお菓子も美味しかったし、期待してもいいかも!」


 私、ナオ、ワイルドエルフの兄妹、そしてお付きの騎士も加わって、五人で海岸から採集してきた貝やカニや海藻を、厨房へ運び込んだのである。


「よく来たなはらぺこども!」


 出迎えたコックは、恰幅のいいオーガの男性であった。

 頭にはねじり鉢巻をして、台の上には何本ものナイフや包丁が並べられている。


「辺境伯たちが戻ってきたら絶対に腹をすかせている! 奴らのための飯を作るとともに、留守番をしている偉い俺たちのおやつも作る! いいな!」


「いいとも」


 私とコックは、ニヤリと笑いあった。

 私としては、採取してきた生物の味見ができ、調理の過程で簡単な解剖もできる。

 一石二鳥なのである。

 早速、ナイフの一本を借りて調理を開始する。


「……先輩、何気に器用ですよねえ」


「解剖のようなものだからね。コック、これらは触れた後の指は洗ったほうが良さそうかね」


「おう。腹下しの虫がついていることがあるからな! よーく手を洗って、塩をすり込んでおけ!」


 海沿いの領地である。

 塩だけは売るほど取れる。

 

 火を掛けて、味付けは基本的に塩だけ。

 ぶつ切りにしたり、ばらした食材を豪快に炒める。

 それだけで食材から味が染み出してくるので、これに頼るのだそうだ。

 うーむ、見ていて唾がこみ上げてくる。 

 食欲をそそる香りである。


「む、むむむ……。森も食べ物の豊富さでは負けてはいないが、う、海の食べ物も悪くはなさそうだな」


 トーガの腹が鳴った。

 かくして、海産物の炒めものが出来上がる。

 コックは鍋をおたまで連打し、大声を張り上げた。


「お前ら! 飯だ! おやつの時間だぞ!! 集まらないのろまはありつけないと思え!!」


 その声と同事に、屋敷のあちこちから騎士が集まってくる。

 誰も彼も、公爵の部下の騎士とは違い、どこか砕けた印象を感じる人物ばかりである。


「辺境伯の人徳だろうか。この地に集う騎士の彼らは、私が知る騎士とは随分違うように思える」


 お付きの騎士に尋ねてみると、彼は笑いながら答えた。


「そりゃあそうです。この平和な時代に、唯一戦いがあるかもしれない領地に来る騎士なんて変わり者かはみ出し者ばかりですよ。平和な世の中じゃやっていけない、平々凡々に暮らす才能が無い連中が集まってるんです。辺境伯だって、戦がなきゃあの人、凡人ですからね」


 なるほど、つまり辺境伯領は、適材適所だったということか。

 我々は辺境騎士団と肩を並べ、おやつの海産物炒めを食することにした。

 これも研究である。


「コック。君が調理したということは、私たちが採集してきたものはどれも食べられるということかね?」


「おう。毒があるやつもいるが、浜に打ち上げられたりするやつらは、毒のある器官を取り除けば食えるんだよ。例えばあんたがフォークで刺してる貝。そいつは毒針を持っててな、人間でも毒で殺す。だけど、毒針の器官だけを切っちまえばただの美味しい貝だ」


「なんと……。危うく私は死ぬところだった……!?」


「先輩、その貝、マルコシアスが掘り返したやつですね」


「だったら安心だ」


 私は毒針の貝を口に放り込み、咀嚼した。

 塩味とともに、貝に含まれた何とも言えぬ旨い汁が溢れ出してくる。

 これは美味しい。

 陸上生物の肉には無い、不思議な美味しさだ。

 歯ごたえも良く、いつまでも噛んでいたくなる。


 炒められたカニは、このままでは食べられない。

 ナイフを使って切り分けて、断面から中身を吸うらしい。

 せっかくなので、これをバラバラに切ってみる。

 構造などは、書籍で読んだカニのものと相異はない。

 だが、本で読むのと実際に見るのとでは大いに印象が変わるものだ。


 私は検分し、終えたものを食べ、また検分しつつ食事を進めた。

 お蔭で、食べ終わるのが一番遅くなってしまった。


「賢者様、あんたは執務室で食ってくれ。いつまでも片付かないからな!」


 とうとうコックに追い出されてしまった。

 お付きの騎士曰く、


「皿ごと取り上げられなかっただけ、彼も準男爵に敬意を表してますね。あなたは我々、あぶれ者の希望みたいなものですから」


「あぶれ者の希望? 一体、どういう話になっているんだね……?」


 執務室、もとい研究室に戻り、料理を平らげた私。

 先ほどの言葉の真意を騎士に尋ねてみる。


「賢者の塔から追い出されて、誰も開拓できなかった魔境に追いやられ、そこを見事開拓してのけたでしょう。これはあなたが思っている以上の意味があるんですよ。どれだけの者たちが、この快挙で勇気づけられたことか」


「そうだったのか。私は目の前にある問題に全力で取り組んだだけだ。だが、それが君たちにとっての楽しみとなっていたのなら、悪い気はしないな。ええと……」


 ここで私は騎士の名前を聞いていないことに気づいた。

 騎士は、オーベルトと名乗る。


「その調子で、この辺境伯領でも凄いところを見せてください、辺境賢者様。うちの辺境伯も、きっとそれを期待していると思うんで」


「そこまで大それた事はしていないつもりなのだが……」


「先輩、これは期待に応えなくちゃですね! わたし、先輩ができる子だって知ってますから!」


 ナオがかけてくるプレッシャーは、天然なのかわざとなのか。

 彼女がニコニコしているのを見て理解した。

 意図的に良かれと思ってプレッシャーを掛けてきたな。つまり天然だ。


「良かろう。私のする仕事は見世物ではないが、後輩に道を示すためには成果を出すよう努力せねばなるまい。食事が終わったらまた調査だ。行くぞナオ」


「はい、先輩!」


 実に嬉しそうな彼女の声を聞きながら、私は席を立つのだった。

 ああ、食器を厨房に返しに行かねばな。


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