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114話 残留物を調査する

 アルブレヒトと、しばらく壇上にある地図を指差して話し合う。


「ここから奴らは上陸した。見ての通り、国境線は山と海で隔てられているからな。船でやって来るのが現実的というわけだ」


「ふむ。それは戦闘を行うための格好だったと?」


「やる気充分だよ。あの完全武装で国境警備なんて言われたら、笑っちまうな。で、この砂浜が緩衝地帯。ここで連中と小競り合いをした。まあ、二割は削り取ってやったよ」


「ほう……。既に戦闘行為が発生していたか」


「当たり前だ。こちとら最前線なんだ」


 なかなか、状況は退っ引きならぬところまで来ているらしい。

 私としては、戦争行為に加担するのは好みではない。

 だが、自国が侵略されるのを黙ってみている阿呆でもない。


「奴ら、国からこっちに船で来るには、どこかを中継地点にしているはずなんだ。そこをどうにかできれば、うちに攻めてくる足がかりを減らせるんだが」


「よし。では、実際に現場に行って調べてみよう。その中継地点を破壊することができれば、戦争は起きづらくなるのだね?」


 アルブレヒトは頷いた。


「この辺りの海流は激しくてな。それを避けるには大回りしなきゃならん。余計な水や食料が必要になるから、船を出すのにかかる費用だって跳ね上がる。やる気は確実に削がれるだろうよ」


 ということで、侵略を行なってきているシサイド王国が、ヴァイデンフェラー辺境伯領のどこを拠点としているかを調査することになった。

 早速向かったのは砂浜である。


「なるほど、複数の足跡が入り乱れているなあ」


 私は砂浜を歩き回る。

 そして、少し行く内に、調査の目的を忘れた。


 砂浜から顔を出す、色とりどりの貝にカニ。

 波打ち際では足の長い鳥たちが歩きまわり、砂の中に埋もれた獲物を探し回っている。

 遠い海面で、青い魚が飛び跳ねた。

 これを、飛来した海鳥が咥えていく。


「おお……。海よ、海辺よ。生命の宝庫よ……!」


 私は天を仰いだ。

 できることなら、ここでしばらく生活して研究したい……!

 よく考えたら、海辺の生態系を調べられるなんてめったに無いことだ。


「ナオ、ナオ」


「はーい! 先輩、すでにここに潮干狩りの道具が」


「でかした!」


 二人でウキウキと、ハンディサイズの熊手を使って砂浜を掘り返す。


「何をしてるんだ……?」


 アルブレヒトの困惑した声が聞こえてきた。


「気にするな。あいつはいつもああだ。新しい生き物に会えそうな環境に来ると我を失うんだよ。ああ見えて、ちゃんと仕事は同時にやってるから心配無用だ」

 

 トーガが私をフォローする声が聞こえた。

 ちなみに我々の横では、マルコシアスが爪で砂を引っ掻いている。

 すると、ヤドカリがポンと飛び出てきて、彼の鼻先に当たった。


『むっ』


 彼はヤドカリを、爪でつんつんと突く。

 大変のどかな光景である。

 私は私で、文献では知っていたものの、現実に初めて見るセントロー王国の砂浜に住む生物を確認できていた。

 とても充実した時間である。


 ちなみに。


「この乾燥した海藻は、波が打ち付ける岩場にしか生息しない、岩海苔という生き物だね。アルブレヒト、これを靴に付けてシサイド王国の者が来たなら、岩海苔が多く張り付いた岸壁を拠点にしていたと考えて間違いない。心当たりがあるかね?」


「岩海苔……。それだけじゃなんとも言えんな。漁師に聞いてみよう」


「それから、この種の岩海苔は大きなコロニーを作る。そのコロニーが生息するだけの岸壁が必要になるから、幅広く人間がいられるだけのスペースがある場所の可能性が高い」


「幅広い岸壁で、岩海苔か! おう、それだけあれば場所が絞られそうだ。今の今で、そこまで分かったのか」


「君から提供された情報と、砂浜に残された痕跡。知識を以て違和感を辿れば、自ずと見えてくる結論だよ。健闘を祈る」


「おうとも。やはり、噂通りの男だな、ジーン!」


 アルブレヒトは私の肩を強く叩くと、豪快に笑いながら去っていった。


「戦を生きがいにしているような男だな。あれが森の開拓にやって来なくて、良かったよ。試練の民とあの男では、絶対に血みどろの戦いになる」


 トーガが顔をしかめている。

 なるほど、本当にそうなるかは分からないが、確かに物事を争いで片付けるような御仁なら、スピーシ大森林の開拓はもっと物騒なものになっていただろう。


 しばらくすると、向こうから大型の船が姿を現した。

 ヴァイデンフェラー領の紋章を帆に描いた船である。

 辺境伯自ら、侵略軍の拠点を潰しに出かけるようだ。


「彼は働き者だな。そして、我々にこうして調査する時間をくれるのだからとてもありがたい環境だ」


 流れ着いた海藻を手に取る。

 どっしりとした重みと、ぬるりとした手触り。 

 海の底に生えていたものだろう。

 どれどれ、手乗り図書館で確認……。

 ほう、既知の海藻とはちょっと形が違う。これは私が名付けねばなるまいな。


「先輩がとても嬉しそうで、わたしもニコニコしちゃいます」


 言葉通り、笑顔のナオが、調査のための道具を色々持ってきた。

 巻き尺で海藻の長さを測ったり、表面のぬめぬめを瓶に採取して蓋をしたり。


「これは海水を入れたものと、そうでないものに分けておいた方がいいな」


「じゃあ、サンプルを二つ用意しますね。どこで調べます?」


「辺境伯の屋敷を借りよう。足りないものは代用品で済ませる」


「じゃあ、行きましょう! わたし、先にひとっ走り行って、色々用意してもらいますね!」


「頼む!」


 ナオは軽やかにマルコシアスにまたがった。

 魔狼が、『えっ』とでも言いたげな反応をする。


「マルコシアス、ちょっと走ってもらっていいですか? 急がないといけないんです!」


「あ、ナオが行くなら私も行くわ。マルコシアス、走ってー!」


 背中に二人の娘を乗せたマルコシアスは、じっと私を見た。


『ジーン』


「頼むぞマルコシアス」


 魔狼は微妙な顔をした後、トコトコと走り出した。

 彼にしてはのんびりのようだが、ナオの全力疾走よりはよほど速い。


「あの魔狼が乗り物に……。かつての敵ながら哀れな」


 トーガの呟きが印象的だった。

 うむ、マルコシアスには、またまとめて質問を投げてやらねばならないな。

 彼は質問に答えることを存在意義とする悪魔なのだ。


「それからジーン。本当に即座に仕事を終えて、趣味の作業の時間を作ったな」


「これだけ証拠が残っていればね。だが、この程度の推理と違い、研究には近道というものは無いぞ。しばらく、砂浜の生物の調査で忙しくなりそうだ! その間、襲撃などして来られては堪らないな」


「お前たち人間の国の一大事なのだろう? その中でも研究を優先するか。ぶれない男だ」


「なに、国を守らなければ私の研究もできない。趣味の傍ら、この小競り合いが本格的な戦争にならないよう、仕事もしてみせるさ」


 ちなみに私の心は、既にこれから行う研究へと飛んでいたのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >「あの魔狼が乗り物に……。かつての敵ながら哀れな」 マルコシアスを見てると悪魔って一体…と思うこの頃。 どー見ても人間の魂を地獄に連れ去る存在ではなさそう…。
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