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113話 視察、国境線

 マドラー男爵領の人々に別れを告げる我々。

 どうせ帰りにも立ち寄るのだが、ついたばかりとは随分扱いが違う。

 生きとし生けるものは、手のひらを返すものだからな。


「ビブリオス準男爵! 僕、あなたの土地に留学をしたいです!」


 マドラー男爵の子、リットくんが頬を紅潮させて告げる。

 これには男爵も頷いているから、そのうち正式にやって来るだろう。

 広大なセントロー王国を縦断することになるが、大丈夫だろうか。

 まる一ヶ月はかかるぞ。


「無理はせずにな」


「大丈夫です! あの、そのためにお金を貯めて、魔術師連盟にお願いしてですね」


「それが無難だろう。我が開拓地は、勉強を志す者を歓迎する。いつでもやって来たまえ!」


「はいっ!」


 一人、若人を学びの道へと導いたようだ。

 良いことをした。


「ジーンが一人、魔道に誘ったな」


「ジーンみたいなのが増えるの? ひええ」


 エルフの二人が好き勝手を言っている。

 マルコシアスは大歓迎らしく、尻尾をぶんぶん振っている。


『質問者が増えるのか? 契約できるほどの者になると良いな』


「マルコシアスわくわくしてますねー。よーしよしよし」


 ナオがマルコシアスをもふもふとする。

 ここで、アーガスが咳払いをした。


「おほん! ええと、では盛り上がっているところすみませんが、そろそろ移動します。呪文の詠唱も終わってるので、発動しないともったいない……」


「あ、これはすまない」


 移動魔法は、一日に三回しか使えない。

 その機会を無駄にしては、確かにもったいないというものだ。

 我々は即座に、移動することになった。

 ぶんぶんと手を振るリットの姿が、一瞬で消える。

 周囲の光景も湧き上がる光の渦に飲まれていき……。


 次の瞬間には、そこは緑豊かな山裾だった。


「到着だ。ここが国境線になる。私も一度しか来たことがないが」


 豊かな植生を有する、開拓地とは全く違った大自然がそこにはある。

 これは、未知に満ちたスピーシ大森林のそれとは全く違う。

 既に、先達の賢者たちが調査を進め、植物、動物、昆虫、菌類、山々のあり方や川の流れなど、全てが書物としてまとめられている場所だ。

 それでも、視界を覆い尽くさんばかりの緑には圧倒されそうになる。

 叶うことならば、何度でも来たいものだ。

 来られない理由は簡単。


「遠すぎるのだよ。ここは、我が開拓地から一月半かかる。セントロー王国はあまりにも広大すぎるのだ。それこそ、王の目が隅々まで届かぬほどに」


 さて、ここでセントロー王国の話をしよう。

 私が住まうこの国家は、世界最大の国だと言われている。

 かつての伝説では、四つの王国だったそうである。

 これは、どこからかやって来た外敵、灰色の魔王によって滅亡の危機に陥った。

 四つの王国が頂く神ですら、灰色の魔王には刃が立たなかったという。

 だがある時、空から星を飲み込む異神が降りてきた。

 人と灰色の魔王は手を結び、この異神と戦うことになった。

 やがて、世界の半分の生命を犠牲に人は勝利した。

 灰色の魔王はどこか、闇深き森へと姿を消し、魔王がこの世界に呼び込んだ者たちは、亜人となって住み着いた。

 魔王と戦った四つの国は一つとなり、セントロー王国を名乗るようになった……。


「と言われているが、半分は嘘だ」


「おい」


 私の話を聞いていたトーガが半眼になった。


「セントロー王国の前に存在し、君たちワイルドエルフとの争いによって滅びた国があっただろう。あれが元々の国だと言われている。セントロー王国は、その後釜に座って千年の平和を享受したに過ぎんよ」


 ただ、だからこそ王国は平和の中、広大な国土を保ち続けて来られたというのはある。

 四つの王国であったものを、一つの国が束ねているのだ。

 御しきれぬほどのスケールになるのも無理はあるまい。


 そしてこの国境線には、一人の有力な貴族が領地を構えている。


「お越しになられましたな! お待ちしておりましたよ」


 朗々たる声が響き、その男はやって来た。

 鎧こそ身につけていないものの、軍装に剣を佩いた長身の男。

 背筋は伸び、黒髪を後ろへと撫で付けている。


「連絡が来ていましたか、ヴァイデンフェラー辺境伯」


「いかにも。俺も、噂の辺境賢者が来るというので胸をときめかせていたところだ」


 男は笑った。

 アルブレヒト・ヴァイデンフェラー辺境伯。

 セントロー王国の国境線を守る、王国の壁である。

 王国が永年の平和を享受できるのは、この男と、ヴァイデンフェラー騎士団によるものだと言われている。

 王国最強の騎士団であり、それを率いる辺境伯は、貴族にして王国最強の剣士だとも。

 話半分であろう。


「ジーン、人間にも大した者がいるのだな」


 トーガが私の後ろで囁いた。


「地下の暴れる牙と言ったか? あの程度の亜竜ならば、この男は一人で片付けるだろう」


 おっと、トーガのお墨付きだ。

 なかなかできる男であるらしい。

 だが、私は武力には興味が無いぞ。


「ビブリオス準男爵。俺は卿を歓待しよう。親しみを込め、ジーンと呼んでいいか?」


「好きにしてもらって構いませんよ」


「敬語もやめてもらって結構。俺のこともアルブレヒトと呼ぶがいい」


「了解した、アルブレヒト。そちらの方が、私としても気が楽だよ。では、状況を教えてくれるだろうか?」


 即座に態度を切り替えた私に、アルブレヒトは一瞬目を瞬かせた。


「卿、態度が全く変わるのだな」


「楽にしていいと言われればそうするまでだ。この方が私にとっても、負担が無いのでね。できるだけ、意識は頭脳の方に向けていたい」


「なるほど、噂通りの御仁だ。俺は卿の叙勲の時も、王都には駆け付けられなかったからな」


 アルブレヒトに案内され、私は彼の住まう城へとやって来た。

 いわゆる山城であり、見た目は木造の平屋。

 そこに見張り塔が設けられている。


「随分新しいな。ナオ、見立てはどうだ?」


「えっと、割とちょこちょこ、改修を繰り返してますね。作りはあちこちが個別のブロックでできてて、その部分をまるごと交換できる作りです。面白いですねえ。辺境伯! 建物に触っていいですか!」


「どうぞ、可愛らしいお嬢さん」


「どうも!!」


 ナオは可愛らしい、と言った語句には全く反応せず、城に駆け寄っていってペタペタ触りだした。

 これを見て、慌てて辺境騎士団が出てくる。


「これこれ、何をしとる」


「辺境伯からいいよって言われたんです!」


「あー、またアルブレヒト様かー」


 辺境騎士団が脱力する。

 そして、城に戻っていった。


「なんだか下からの扱いが、どこかで見たことあるねえ」


 シーアがちらちら私を見る。

 何かね。


「似てるのかも」


「何がかね」


「何がだい」


「なんでもない」


「似ているな……」


 シーアとトーガは何を言っているのだ。

 我々は城へと到着し、アルブレヒトの執務室へと通された。

 執務室と言うか、中央に木造の巨大な机があり、そこに地図が一枚貼られている。

 地図には下部が針となった駒が刺され、あたかも、伝承に謳われる戦争前の作戦本部というやつだ。


 部屋の奥にはアルブレヒトの机があり、そこには奇妙な飾りが置かれていた。

 ガラスの台座にはめ込まれた、虹色の金属の破片である。


「ああ、これかい? これは俺の先祖が使っていたという剣の欠片らしい。千年以上経過しているというのに、錆一つ無い。虹色をしている理由も分からんな。調べてみるかい?」


「いや、武器の類は専門外だ。美しい装飾品だとは思うが、それ以上では無いな。では、状況説明をしてもらおう」


「ああ、任せておけ。シサイド王国の話だろう? あの小国め、何度追い返されても諦めぬと思ったら、今度はこちらの裏をかいて攻めてきたんだ。誰かが内側から手引してるんじゃあるまいな……」


 さあ、作戦会議と行こう。

 と言っても、戦争をするための会議ではない。

 戦争を起こさせないための会議なのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 知識というのは力の一つ。 武力には興味が無いとか、知識を求める賢者としてはどうかと思うぞ。誰でも主人公の屁理屈を聞く耳を持っているじゃないだろう。 世の中は力が全てだ。 運、知識、武力…
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