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112話 有名人には弱い

 マドラー男爵は落ち着かなげだ。

 来客を迎えることになれていないのだろう。

 夕食を摂るための部屋は、我々四人が入ると少々手狭になった。

 貴族の部屋とは思えないほど、こじんまりとしている。


「狭いでしょう」


 マドラー男爵は苦笑した。


「鉱山都市は、冷えるのです。暖房が行き渡る程度の広さでなければならない。それから、もっと根本的な問題なのですが、大きな屋敷を作るほどの資材が手に入らんのですよ」


 食事が運ばれてくる。

 いきなりの来客なので、慌てて作ったらしきスープである。

 スープと、干し肉を戻したものと、パン。

 それだけであった。

 なるほど、ロネス男爵とは大違いだ。

 地域が変われば、貴族の食事とて大いに変化する。


「いや、宿泊の件をご了承いただけて嬉しい。この対価は必ず」


「ああ、気にされずともいいのですよ。もっと早く、ビブリオス卿がいらっしゃることが分かっていれば、わしも服装などに気を遣ったのですが」


 男爵の服装は、一言で言えば作業着だ。

 彼は毎日、鉱山を見回り、民の言葉に耳を傾け、問題が起きていないかを調べて回っている。

 勤勉な貴族なのだ。

 王都の謁見の間で見かけた時は、それなりに貴族らしい姿をしていたと思ったが。


「あれは一張羅でしてな。わしはあれしか持っていないのです」


 男爵は破顔した。


「先輩、先輩」


 ナオがこそこそと話しかけてくる。


「なんだね」


「男爵、いい人そうじゃないですか。なのになんで、町はあんなふうにやな感じなんでしょうね」


「それだけ余裕がないということだよ。差別を行うことは、鬱憤のはけ口でもあるのさ」


「なるほどー」


 ナオが頷き、シーアが目を丸くした。

 トーガが鼻を鳴らす。


「俺には分からんな。森で暮せばそんなもの、生まれようはずもない。人間どもは、自分が作った町とやらに閉じ込められて苛立っているのか? 己を囚えるための檻のようなものじゃないか」


「言い得て妙だ。その言葉、いただきだ」


 私はサッと手乗り図書館を起動して、トーガの名言をメモした。

 これを見て、食卓に座した他の人物が目を輝かせる。

 男爵の息子、リットである。


「うわあっ……! そ、それ、噂に聞く手乗り図書館ですか……!? きれいだなあ」


 純朴そうな若者だ。

 年齢は、まだ成人していないくらい……十四歳と言ったところだろうか。


「触れてみるかね? 実体を持たないものだが、触ると反応するぞ」


「いいんですか!? どれどれ……あっ、光った!」


 リットが振れると、図書館がピカピカと光った。


「……先輩の手乗り図書館にそんな機能が……?」


「知らなかったのか」


 ナオが神妙な顔で頷く。

 そして、指を伸ばして図書館をつついた。

 無論、実体がない図書館に指は潜り込むが、その部分を中心としてピカピカ光るのだ。


「手乗り図書館って、術式そのものじゃないですか。実体がないのは常識ですもん」


「ああ、賢者だからこそ、触れるという発想に至らなかったというわけか! ちなみに以前は光らなかったのだが、最近光るようにな」


「図書館に何か変化が起こっているんじゃないですか?」


「そうかも知れない」


「こら、リット。いつまでも準男爵にご迷惑をかけているんじゃない。食事に戻りなさい」


 たしなめる男爵に続き、彼の近くに座っている妙齢のご婦人が頷く。彼女はマドラー男爵の夫人である。

 私に向けて、妙に熱っぽい視線を向けてくる。


「そうですよ! ビブリオス準男爵と言えば、今話題の時の人ではありませんか! そのような有名人に無礼があってはいけません! あ、あの準男爵。あとでわたくしに開拓地のレクチャーをお願いしても……」


「ほう、レクチャーですか良いでしょう」


「先輩!!」


「ふわっ」


 ナオが私の脇腹をつついたので、大変くすぐったい。


「ご婦人と一緒になって何か勉強とかは駄目です! いかがわしい感じです!」


「私にはやましい感情は何も」


「先輩は無いでしょうけど!」


 このやり取りを見て、マドラー男爵が目を瞬かせた。

 そして、夫人を見る。


「やましいことは……ないよな」


「は、はい」


 むむっ。


「ほらぁ」


 ナオが半眼になった。

 うーむ、二人きりは身の危険を感じる。


「ではどうでしょう。明日、旅立ちの前に、私が開拓地の話をしましょう。町の方であればどなたでも参加できる形で」


「おお、それはいい!」


 私が提案すると、男爵が同意した。


「我が領土の民にも、ビブリオス卿の物語は伝わっているのですよ。何せ、娯楽が少ない土地のこと。そこに降ってきた、かの伝説の辺境を開拓したという、辺境賢者にして貴族、ジーン・ビブリオス。誰もがその物語に熱狂したのですよ」


「ほう、そんな事に。ならば、問題ないでしょうな」


 ナオが首を傾げた。


「先輩、何が問題ないんですか?」


「人間の生態というものを、諸君に見せることができるぞ」


 私の言葉を聞いて、トーガとシーアが目を丸くしたのだった。





 ここは、青天井の講義室。

 つまり外である。

 町の人々が集まっている。

 そこに私が出てくると、一同がどよめいた。


「あいつは昨日の……!」


「魔族の血が混じってるじゃないか」


「誰なんだ」


「おい、待てよ。確か今日は、あの辺境賢者ジーン・ビブリオスが来るって」


「ジーン・ビブリオスは確か魔族との混血で……」


「あいつは俺のこと、教養が無いって言って……賢者だからか!?」


「つまりあれが、賢者ジーン!」


 私が町の人々の前で、手のひらから図書館を出現させると、彼らは一瞬静まり返った。

 その直後、うおーっと大いに盛り上がった。


「な、なんですかこれ。昨日と全然態度が違うんですけど!」


 ナオが目を白黒させる。


「人を差別する感情というものは、相手が何者だか分からないからこそ生まれるものだ。だが、その相手が自分たちが、物語なりでよく知る存在であると理解できれば反応も変わってくるものさ」


「理解できん」


 天を仰ぎ、呻くトーガ。

 その後、私による開拓地についての語りは、鉱山町の人々にとって大いなる娯楽として受け入れられた。

 無論、語りの内容は分かりやすく、専門知識は説明する必要が無いよう、一般的な言葉に置き換える。

 相手が賢者ではないのだ。

 伝わりやすい言葉を選ぶ必要がある。


 おおよその語りが終わると、人々は喝采した。

 物語の中の人物が現れ、自らの口で、娯楽として明確に話を伝えてくれる。

 彼らは満足したことだろう。


「何だ? 何だったのだ今のは」


 トーガが不満顔で問う。


「何を言ったかではなく、誰が言ったか。真実とは受け取る人間の数だけある。世の中とはそういうものなのだよ。ちなみに、これは大いなる間違いだと私は思うのだがね」


 会場から、町の人々が離れていく。 

 あるいは、残った人々は昨日とは打って代わり、好意的な視線を向けてくる。


「彼らにとって、私は未知の存在ではなくなった。娯楽として消費していた物語の登場人物が現実となって現れた。物語の中の私は主役であり、彼らが感情移入して楽しむ対象だった。それは、敵意を向けたり、警戒をする必要のない存在なのさ」


「愚かな……。自分では無い何者かに感情移入するだと?」


「興味と娯楽。最初の入口はそこでいい」


 私の仕事が終わったのを見て、魔術師のアーガスがやって来た。 

 移動魔法の用意も整ったようだ。


「入り口? ジーンは何の入り口って考えてるの?」


 シーアが不思議そうに問う。


「学問さ。教養は人々に広まっていくべきだ。私がこれまで、数々の危機的な状況を乗り越えてこれたのは、全て私が身に着けた知識と教養があったがためだ。未知を既知に変え、危機を克服していく。それが知識というものだ。今日、彼らは知識の入り口に辿り着いたのだよ」


「言っている内容は分かったが、俺にはあいつらがそこまで来たとはとても思えんな」


「誰か一人でも、入り口をくぐることができたならそれでいい。王国は千年の間、その場で足踏みをして来たのだからね。歩き出すのも一苦労というわけさ」


 だが、確実な一歩である。

 私が歩んできた道が、王国の人々に伝わっているとすれば。

 人々に学びを広められるかも知れないな。

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