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111話 マドラー男爵領の鉱山町

 アーガスの魔法で降り立ったのは、赤茶けた大地が印象的な土地である。

 家々は、なんと石を中心とし、それを木でつなぐように作られている。

 材木が豊富に採れない場所なのであろう。

 となれば、ここがどこなのかは自明の理だ。


「今日はここまでです。明日には国境線に到着できるでしょう」


 アーガスが額の汗を拭いながら告げた。


「うむ。二度の移動で、マドラー男爵領まで到着するとは素晴らしい」


 私の言葉を聞いて、アーガスが目を見開いた。


「えっ、どうして分かるんですか!? まだここにやって来たばかりじゃないですか」


「この土地の赤い土は、豊富に鉄を含んでいる証拠だ。そして家々は独特の、岩と木を組み合わせた形状をしている。さらに見渡す限り、森らしいものは無い。これらの条件を合わせると、ここが極めて特殊な場所であることが分かるというものだよ」


 私は街路を歩き出す。

 石畳などというものは無く、馬車のものではない轍が幾つも刻まれた、土の凸凹道である。


「王国に鉄を供給する、鉱山都市。マドラー男爵領である可能性が極めて高い。つまりここは、鉱山の上というわけだ」


「お……お見事です」


「当然だろう。ジーンにとって、この程度の洞察は苦でもない。この男の頭の中には、どれだけの知識が詰まっているのか俺も見当がつかんくらいだ」


 何故かトーガがちょっと笑みを浮かべている。

 その後、小脇をシーアに突かれて、むっつり顔になった。


「なるほど。噂に聞いていた通りの方のようです。ロネス男爵が、あなたに肩入れする理由が分かるというものです。あのお方、言うこと為すこと、何事にも裏があることで有名ですからね。それが損得なしで、ビブリオス準男爵を全面的に支援している。あなたの能力ゆえかも知れません」


 ロネス男爵、そんな噂が立っていたのか。

 私は貴族の人柄については全く興味がなかったので、詳しくない。

 だが、確かに初対面の男爵は、食えぬ男だという印象があったな。

 今では頼れる貴族としての先輩という感覚だが。


 さて、我々は本日の宿を取るため、街路を歩いていく。

 すると、道行く人々は我らの姿を認めるやいなや、ギョッとして目を見開き、道を空け、あるいは家に飛び込んだ。

 道端に座り込み、酒瓶を抱えた男が怒鳴ってくる。


「魔族の混血と耳長が、人間様の街を歩いてるんじゃねえ! 裏路地を歩けえ!」


 トーガが無表情で彼を見た。

 これはいかん。


「トーガ、抑えたまえ。この辺りの地区では、人種差別は一般的な事なのだ。彼らには事情があるのだよ。それはおいおい話そう。それはそれとして、往来で大声で言うのは教養がない」


「先輩、すごく通る声でこの人に教養がないっていうのはかわいそうかもしれません!」


 ナオも声が大きいぞ。

 実際、王都から南に向かうに連れ、人間至上主義的な考えをする者たちは増えていく。

 理由は簡単だ。

 住民が外部との交流をあまりせず、内輪で凝り固まっているからだ。

 迷信が固く信じられ、よそ者を排除する思考をする傾向がある。

 それもまた、王国南部は厳しい生活環境になっているという理由もある。

 内部で結束しなければ、生きていくことが難しいわけである。


 私とナオの声に反応して、家々の窓から、敵意のある視線が覗いてくる。

 酒瓶の男は唖然として、すぐに怒りで真っ赤になり、ぷるぷる震えだした。

 血管が切れないか心配だ。

 これはいけない。

 トーガの我慢が限界に達しない内に、町中を抜けるとしよう。

 さもなくば、住民の身の安全を保障できない。




 急いで町を抜けた我らは、この土地の領主の屋敷を目指した。

 町からやや離れた丘の上にそれはある。

 この辺りに来ると、周囲の風景を一望できるようになる。

 それは、どこまでも連なる山々の光景だ。

 マドラー男爵領の町の周辺は、鉄分を含んだ土で赤くなっている。

 かなりの広範囲で森は刈り取られ、山は丸裸だ。


「こいつはひどい光景だな」


「はげ山だねえ」


 エルフ二人が顔をしかめる。


「鉄を精製するためには火を使わねばならない。そのためには、燃料となる木が必要となるのさ。マドラー男爵領では、周辺の山から木々を伐採して燃料に使っている。王国の鉄を使って豊かな暮らしは、まさにこの土地の尽力によって成されているわけだ」


 だが、お蔭でこの地区は雨が降れば地すべりが起こり、むき出しの地面は養分を蓄えられずに木々が生えない。

 夜ともなれば恐ろしく寒く、実に厳しい生存環境になっていると聞く。


「ねえジーン、なんで人間はこんなとこ住むの?」


 シーアが素朴な疑問を投げかけてきた。

 確かに、生存に適した森に暮らし、普段はそこから出てこないワイルドエルフには理解できないだろうな。


「それはだね。ここならば、他の人間たちとの競争が発生しないからだよ」


「競争?」


「そう。暮らしやすい場所には、多くの人間が集まる。そこには人間同士の助け合いも生まれるかも知れないが、同時に競争が生まれる。より良い暮らしをしよう、より多くのものを得よう。そういう考えはどの人間にもある。だが、世の中にある資源は有限だ。全ての者がそれを享受できるわけではない。だからこそ、競争がある」


 マドラー男爵の屋敷が見えてきた。

 平屋で、あまり大きくはない。


「故に、あぶれた者や、争いを好まないものはよりニッチな環境へと移動する。そこは生存には厳しいかも知れないが、限られた人数であれば、競争することなく生活できるだけの糧を得られる。では、シーア、ナオ。二人に問題だ」


「なーに?」


「はい!」


 彼女たちらしい返答を聞きながら、私は問題を告げた。


「限られた人数しか生活できない場所に、よそ者がやって来たらどうする?」


「……追い出すね。競争しないで生活できるだけの食べ物しかないんでしょ? 余計な人を入れる余裕なくない?」


 シーアはちょっと考えた後、答えた。


「そう言うことだ。差別とは、人種だけではない。よそ者に対する差別でもある。そうすることで、自分たちと自分たち以外とを区別しているのだよ。これもまた、彼らの生存のための知恵なのだ。だが、王国全体で差別などの感情が落ち着き始めている今に至って、初対面の相手に罵声を投げかけるのはさすがにどうかと思うね。あれは肯定されることではない。やはり酒はいけないね」


「お酒はこわいです!」


 ナオがうんうん、と頷いた。


「俺は危うく、あの男をバラバラにするところだった」


 今ではすっかり落ち着いたトーガだが、本質的には彼は武闘派のワイルドエルフである。

 我々があの場を立ち去らねば、大変なことになっていたのは間違いない。

 それから、後ろをトコトコついてくるマルコシアス。

 町の住民が彼に石を投げでもしていたら、さらに大変なことになっていたであろう。

 これは、町の人々のための行動なのだ。


「では、マドラー男爵に声を掛けていこう。頼もう!」


 私が声を張り上げた。

 目の前には、屋敷の扉がある。

 立派な門など無く、いきなりやや大きめ程度の扉である。

 ドアのノッカーを握り、扉を叩く。


 しばらくすると、屋敷の内側でバタバタという足音が聞こえた。

 扉の一部が開き、そっとこちらを覗いてくる者がいる。


「誰だ、お前たちは」


 警戒心も顕な物言いである。

 屋敷の下男であろうか。


「私はジーン・ビブリオス準男爵。国境線へと向かう途中、この地に立ち寄った。一晩の宿をお借りしたい」


 懐から、紋章が描かれた布を取り出してみせる。

 すると、覗いている者が目を見開いた。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってろ。いや、待っててください」


 覗き窓が締まり、また足音が遠ざかっていった。


「よくもまあ、そんな布一枚で信用したものだな」


 トーガが呆れる。


「こういった土地の人々は警戒心が強いだけではない。それには理由があるのさ。彼らは純朴で、それらしい証拠を見たら信じてしまうものなんだ」


「それも、お前お得意の人間という生物の生態……というやつか」


「その通り」


 やがて、今度は複数の足音が聞こえてきた。

 すぐに扉が開かれる。

 そこに立っていたのは、くたびれた印象の中年男性だった。

 マドラー男爵である。


「本当だ……。あのビブリオス準男爵が。辺境賢者が我が屋敷に来ている……」


 彼は目を丸くしている。

 私は手を差し出した。


「一晩の宿をお借りしても? マドラー男爵」


「あ、ああ。構わないとも」


 男爵は慌てて、自分の手を服で拭き、私の手を握ったのだった。

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