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109話 出張、ロネス男爵領

 情報収集のため、ロネス男爵領へ出張することにした。

 手紙を受け取った翌日のことである。

 あまりの即断に、執政官であるカレラが呆れた。


「そこまで書類仕事をしたくないんですか、ジーンさん」


「本音を言うとそうだね。だが、アスタキシア嬢に私のサインの癖を覚えてもらった。かなり似たサインを書いてくれるぞ」


「それは偽造って言うんですー! ああ、もう。領主が自分のサインを偽造するとかどうなのかしら」


 ということで、後顧の憂いは無い。

 昨夜のうちに、開拓地の主たるメンバーを集めて人員を選定してある。


「まずはナオ」


「はーい! おともします! 師匠からも色々、実験品の魔道具をもらってきてますからね。役に立ちますよー」


「ああ、頼りにしているぞ。それに、君がいないと落ち着かなくてね」


「えへへ」


「次に、トーガ。今回も護衛をしてくれると助かる」


「なに、人間の社会は俺も慣れてきたところだ。それに、試練の民としてもお前を失うわけにはいかんからな。当然の人選だろう」


「ああ、今回も頼むぞ、トーガ。そしてシーア」


「ジーン、いつもの顔ぶれなんだけど? 悩む必要もないような人選なんだけど?」


 シーアの突っ込みが鋭い。

 ともかく、男爵領へと向かう面子はいつもの顔ぶれになった。

 そこへ、当たり前のような顔をしてマルコシアスがついてくる。


「本当にいつものメンバーになった!」


 シーアが呆れて言う。

 いつもならトーガがそう言うことを口にするのだが、今日は上機嫌である。

 その事を彼に尋ねてみた。


「ああ、また森を出てみたいと思っていたところだったんだ。人間どもの世界を知ると、世の中は刺激に満ち溢れている事がわかる。森はいかに、変化が少ない場所であるかを思い知る。無論、常に変わらぬ事が俺たちエルフにとっては重要だ。だが、変化し続ける人間もまた、面白いものだと思ってな。お前のお蔭で、口伝によるものだけではない、生の人間の姿を見ることができたしな」


 彼の中に、人間に対する偏見はほぼ無くなっている。

 ワイルドエルフとしては若いからこそ、柔軟に新たな世界のあり方などを取り込んでいるのだろう。

 領民に見送られて、旅立つことになった。

 荷物運びはいつものゴンドワナである。

 馬の数的に余裕が無いため、男爵領までは歩きだ。

 だが、それは移動の負担が増えたことを意味しない。


「先輩、いい感じで歩きやすくなってますね。ゴーレムがきちんと仕事してますねー」


「うむ。道を敷設するゴーレムを作ったのは正解だった」


 地面を均して固め、道路にするためのゴーレムを作ったのである。

 これはガーシュインとトラボー殿の合作。

 我が領地を発したゴーレムは、ロネス男爵領まで半月掛けて向かい、そこで移民たちを引き連れてこちらに戻ってきた。


 魔族の移民たちを迎え入れた時点で、道路は完成していたのである。

 無論、道があることで我が開拓地に害意を持つものが近づきやすくはなるだろう。

 だがそれ以上に、男爵領との交易がやりやすくなる利点がある。

 これは重要だ。


「でも、帰りは新しい馬を買って荷車にしましょう! そろそろ新しい馬の仲間がほしいです!」


「今も、ナオが馬の世話してるもんねー」


「うん! 可愛いですもん」


 ナオがゴンドワナを撫でると、荷馬は目を細めて、ナオに鼻面をぐりぐり押し付ける。

 これをじっと見ていたマルコシアス。

 物言いたげな視線を私に投げかけてきた。


「なんだね」


 魔狼はじーっと私を見ている。


「何か言いたまえ」


「先輩、マルコシアスもなでて欲しいのでは」


「そんなまさか。仮にもかつて王国を焼いた悪魔だぞ」


 マルコシアスが蛇の尻尾をぶんぶんと振った。

 ……どうやら撫でて欲しいらしい。

 私は不思議な気分になりながら、魔狼の首周りを撫でた。

 マルコシアスが、満足げに目を細める。

 なんだろう。どんどん、犬化が進行していないだろうか。


「ね、ジーン、私もやっていい? やっていい?」


「ああ。むしろ任せる」


「やっほー」


 シーアはマルコシアスにまたがり、上からわしゃわしゃと、その毛をかきまわした。

 すっかり、魔狼を怖がらなくなってしまった。

 この悪魔、基本的になにかされない限りは全く害意が無いからな。


「おいナオ。お前も獣を撫でるなら上に乗ってしまえ。そうすれば、俺もジーンもお前たちの歩調を無視して歩ける」


「トーガさんナイスアイディアです!」


 トーガの指摘を受けて、ナオがゴンドワナにしがみついた。

 彼女の身体能力では、一人で乗ることはできない。

 ということで、私がナオのお尻を持ち上げたりして手伝うことになる。


「先輩、すみませーん」


「なに、いつものことじゃないか」


 どうにか、ゴンドワナの背中に収まったナオ。

 鞍は持ってきていないので、適当な敷物をお尻の下にすることになった。

 こうして、女性陣を動物の上に乗せ、我々はスピードアップした。

 順調に道を進んでいく。

 馬で三日掛かっていた旅程が、道ができたことで徒歩でも三日に短縮した。


 荒野であった辺りの平原は、少しずつ緑色の草花が芽吹き始めている。

 平原を進んで少し行けば、そこからは下り。

 見下ろせる場所に、ロネス男爵領があった。


 私がここにやって来る旨は、あらかじめ伝書鳩で伝えてある。

 男爵領の門では、見覚えのある兵士たちが出迎えてくれた。

 かつて、私から通行料を取り上げようとした兵士たちだ。

 彼らは一様に、愛想笑いを浮かべていた。


「こ、これはこれは準男爵様!」


「へへへ、ようこそロネス男爵領へ」


「お待ちしてましたぜ」


 男爵の悪戯心であろう。

 トーガとシーアが、兵士たちを一瞥すると、彼ら不良兵士一同は、文字通り震え上がった。


「エルフ怖い!」


「魔法はやめてえ」


 精霊魔法でけちょんけちょんにされたものな……。

 トラウマになっているようだ。


「えへへ、人間に怖がられるのもいいねえ」


「シーア、へんてこな快感に目覚めてます?」


「そ、そんなことないよ」


 そんな女子二人のやり取りをよそに、我々は領内を抜け、男爵の屋敷へと向かうのだった。

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