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107話 卵を孵そう!

「おういジーン! 背負子しょいこができたぞい!」


 ボルボが何かを振り回しながら、こちらに走ってくる。

 依頼していたものが完成したらしい。


「仕事が早いな……! そしてどのような仕上がりになっているのかね?」


 外で、ナオと共に卵を温める作業をしていた私は、立ち上がって彼を迎えた。

 温めると言っても、陽光に当てて温かくする作業なのである。

 テーブルの上で卵を固定し、それを二人でじーっと眺めている。

 だが、これで卵を見守る作業から、卵を温めながら他の仕事もできる状態に移れるようだ。


「まあ見てくれ。お前さんなら背負うのが良かろう。たっぱがあるからな。逆にナオの嬢ちゃんなら、その胸があるから、腹のあたりに抱えるようにしてやるとちょうど上を蓋できる。温める機能が増すぞ!」


「ほう!」


「なるほどです!」


 納得する我ら二人。


「じゃあ先輩、どうやらわたしに合わせてるみたいなので、わたしがやりますね」


「なにっ、ナオ、独り占めはずるい」


「人には向き不向きというものがあるんです」


 ふふーん、と得意げな顔をして、ナオは背負子を身につけてしまった。

 身につけるものに合わせて、微調整が可能な革のベルトに、当たりを柔らかくするため裏地に獣毛を貼り付けてある。

 心にくい気配りだ。

 背負子に卵を収めて、ナオが抱えるような体勢にすると、なるほど、ちょうどその上に彼女の胸が乗る形だ。


「これは結構動きやすいかもです! でも、腰がまわらなくなりますねー。あと、地面には座れなさそうです」


「動きが制限されるか」


「仕方ねえ。ナオの嬢ちゃんはちっこいからな」


 ドワーフのボルボは、自分の背が低いことは棚に上げてガハハと笑う。

 良い仕事を終え、彼は謝礼の男爵領製ビールを受け取ると、上機嫌で帰っていった。


「ナオ、途中で私に交代してくれたまえ。卵を背負って温めるのをやらずに賢者は名乗れないのだ」


「ダメですよ先輩。先輩、筋肉が多くて柔らかくないし、卵の接触面が少ないからあんまりあったまらないじゃないですか。これは明らかにわたしの方がむいてます」


「くっ……! ぐうの音も出ない正論……!」


 私は論理的にナオにやり込められてしまった。

 しょんぼりしていたら、どうやらこれをかわいそうに思ったらしいナオ。


「じゃあ、晴れてる外をお散歩するときには、先輩におねがいします!」


「ありがたい!!」


 私は大変元気になった。


「ジーンさん、元気になったところで、手伝ってほしいんだけどー」


「カレラ! いつの間にそこに」


「ナオが背負子を抱える辺りから。はい、元気な領主様はお仕事しましょうね」


「ぬぬぬ……。書類仕事をせねばならないのか……」


 私は彼らに引っ張られ、しばし仕事をせねばならなくなるのだった。




 書類をさらりと流し読みして、許諾が必要な箇所にサインを施す。

 なるほど、ロネス男爵のやり方を学んでから、効率は遥かに上がった。

 我が開拓地はまだまだ小さく、書類の数もさほどではない。

 むしろ、男爵領とやり取りした資材のチェックや、ワイルドエルフから上がってきた連絡が重要である。

 特に後者は、異文化圏との交流でもあるから、読み飛ばすということができない。

 じっくり目を通し、読んだ証拠としてサインをしておいた。


「むむう。人が多く集まるだけで、色々起こるものなのだなあ」


「そりゃそうですよ。それに、開拓地はこれからもっと大きくなって、領地として出来上がって行くんですから。書類はもっともっと増えますよ」


「面倒だ」


「サインゴーレムはダメですからね。ちゃんと準男爵がサインしてくださいね。一応、これからはアスタキシアさんが手伝ってくれるから、楽になると思いますけど」


 彼らは口を動かしつつ、書類をまくる手も止めていない。

 開拓地はその領土を拡大しつつあり、ロネス男爵領から大量の資材を買い付けている。

 これらの書類をチェックし、開拓地の所持する現在の資金との照らし合わせをやっていかねばならないのだ。

 気が遠くなるような作業である。

 しかも最近、また住民が増えた。

 オーガのバルガドが、魔族の仲間を呼び寄せたのだ。

 オーガにトロル、アンドロスコルピオと言った亜人がかなり増えた。


「遅くなりましたわ! 魔族の方々の住民登録が今終わりましたの!」


 アスタキシア嬢が駆け込んできた。

 抱えているのは、木製のボードである。

 これに、住民の名前を刻んだカードをぶら下げてある。


「やって来たのは何名かね?」


「二十五名ですわね! 開拓地が賑やかになりますわよ! それから、トロルの方が、昼間は動けないから夜の仕事を割り振ってくれと仰ってます」


「ああ、トロルは夜行性の種族だったね。陽光で硬質化してしまう体質だから、昼は家にこもっているのだったっけ」


 私は書類をぺらぺらとめくった。

 ちょうど、夜間の開拓地見回りの作業がある。


「彼らには夜警の担当をお願いしよう。なんなら、ワイルドエルフから許可をもらって狩りをしても構わない」


「了解しましたわ。トロルの方々は夜間警備担当、と。オーガの方々は、バルガドさんの下につけるのがいいと思いますけれど」


「ああ、それで構わないだろう。アンドロスコルピオと、あともう一種族いたと思うが」


「アルケニーですわね。蜘蛛の体を持つ女性たちですわ。殿方がアンドロスコルピオで、女性がアルケニーだったのですね。わたくし、存じ上げませんでした!」


「彼らもまた、トーガ曰く、精霊に近い種族だそうだからな。そうか、虫に似た下半身を持つ彼らは、地面が柔らかい耕作地でも動き回りやすいだろう。新規に開拓した農地で作業してもらおうか」


「かしこまりましたわ!」


 住民の名前が刻まれたカードの裏に、仕事を書き込んでいくアスタキシア。

 よく仕事をする女性である。

 大変助かる。


 おおよその割り振りを決めた後で、神官のサニーが我々にお茶を淹れてくれた。

 神殿で鍛え上げたお茶を淹れる技術が、実にいい香りを出してくれるのだ。


「美味い……」


 お茶を楽しみながら、窓の外に目をやった。

 そこでは、卵を抱えたナオが、あちこちをトコトコ歩き回っている。

 ナオの後ろをついて回るのは、オーガの子のバル・ポルと、あれはアンドロスコルピオの子供か。

 我が開拓地にも、子供が二人になったのだなあ。

 これから新たに生まれてくる命もあることだろう。

 我が開拓地は、もっと賑やかに、そして大きくなっていくぞ。


「よし、もうひと頑張りするか」


 私は気合を入れて、残る書類に向き合うことにした。

 その時である。

 扉がノックされる。

 私の返答を待たず、そこからウナギに似た顔が覗いた。

 我が開拓地の駐在騎士、イールス卿だ。


「ビブリオス卿、大変なことになりそうだぞ」


 彼はやや早口で言った。


「どうしたのかね。君が慌てている雰囲気なのは珍しい」


「これが慌てずにいられようか。いいか、よく聞けビブリオス卿。戦争だ」


「む?」


「戦争が起こる……かも知れないぞ」


 新たな騒ぎがやって来ようとしていた。

 それは開拓地ではなく、この国そのものに降りかかる、前代未聞の大騒ぎなのだ。

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