105話 圧倒的有利なり貴族の交渉
「それではお話を伺わせていただきますね」
未だ、飛び立った地竜の余韻でボーッとする私をよそに、カレラが交渉を始めていた。
我が開拓地で、執政官を務めることになった才媛である。
いや、才媛にならざるをえなかった彼女。
「な、な、なぜハーフエルフごときが交渉の席につくのだ」
公爵側の執政官が現れて、不満を口にする。
だが、地竜による衝撃は抜けておらず、言葉の端々に動揺が見えるな。
私も咳払いし、交渉に加わることとする。
「ボルボ、例のものを頼む」
「ほいさ!」
開拓地の、なんでも作ってしまう工作要員であるドワーフが、この日のために用意してあった携帯用のテーブルと椅子を持ってきた。
彼の後には、オーガのバルガドも荷物を担いで続いている。
「ここらへんか?」
「おう、そうじゃそうじゃ。椅子はこっちとこっちにな」
あっという間に、そこは青空の下の交渉会場になってしまった。
テーブルと椅子の足は広く作ってあり、浮力を利用して土の中には沈まないようになっている。
「私が説明しよう」
公爵側の人々が席につく間に、私は説明を開始した。
「我が開拓地は、ワイルドエルフの集落と隣り合っている。彼らを無視して開拓を進めるわけにはいかないのだよ。これは了解済みかな?」
私の問いかけに、ようやく席について人心地がついたらしき、公爵と執政官が頷いた。
「そして、噂にあるように、ワイルドエルフは人を嫌う。無断で森に入り込めば容赦なく排除してしまうだろう。これまでスピーシ大森林を訪れた調査隊が、ことごとく壊滅状態になっているのもそれが理由だ。よって、人間では開拓地とワイルドエルフの仲を取り持つ事はできなくなる」
コクコクと頷くことしかできない、公爵側の人々。
「まず、諸君もご存知だろうが、私は魔族のシャドウとの混血だ。純粋な人間ではない。だからこそ、彼らは私を受け入れてくれた。そして、我々とワイルドエルフをはじめとする異種族との間を取り持ってくれる形になったのが、彼女。ホムンクルスのナオだ」
「わたしですか!?」
びっくりして目を丸くするナオ。
彼女は無意識かもしれないが、様々な種族が集まってくる我が開拓地において、どの種族でもなく、常に新しいことに好奇心を覚え、人々の輪の中に入っていく。
ワイルドエルフのシーアと親しくなり、カレラやサニーを仲間に引き入れ、シャドウのアマーリアの心を解きほぐし、クークー嬢と仲良くなり、そして今は、立場すら違うであろうアスタキシア嬢を我々の仲間へと招き入れた。
「そうだ。だが、我々は賢者だ。仕事がある。研究だ。これは執政よりも大事でね。このスピーシ大森林において、知らない、ということは死に直結する場合がある。たまたま、死を回避する知識を持つのが我々であったということだ。そしてその時、開拓地における人々の仲をつなぐ者……。それは、人間とそれ以外の血を引いていることが望ましい。故に、カレラなのだよ」
お分かりかな、とジェスチャーで示すと、公爵一行はコクコクと首を縦に振った。
「ではカレラ、これで君への不当な扱いは取り除かれた。後は君に任せるとするよ」
「あ、はい。では、お話をさせていただきます。ビブリオス準男爵領は、サッカイサモン公爵派閥への所属をお断りいたします」
「な、なぜ!!」
向こうの執政官、まだ余裕が無いようだ。
私の横では、ナオが出されたおやつをパクパク食べている。
「政治にかまけている余裕はないからだ」
私が言葉を継ぐ。
「なぜ、陛下が私にこの地の開拓を任せたのか分かるかね?」
「そ……それは……!」
執政官が口をもごもごさせた。
ここで、我慢できなくなったようで、公爵が口を開く。
「貴君は左遷されたのだろう、ビブリオス卿? 故郷であるバウスフィールドも敵になった。だから、わしがこうして手を差し伸べてだな」
「植物の多様性のためだ」
私がきっぱりと言ってのける。
公爵一行は、ぽかんとした。
「先輩先輩!! 話がすっごく飛躍しました! だれもついてこれません!」
一人だけついてこれているであろう、ナオが囁く。
カレラもまた、口を開けて唖然としているではないか。
なんたることか。
執政官なら、私のことを理解していてもらいたい。
「つまりだね。この国が育てている作物は、同じようなものなのだ。同じ時期に実を付け、同じだけの量の実りを与えてくれる。食味も極めて近い。諸君も知っての通り、我が国は千年にも及ぶ平和の中にある。人の数は増えた。それはつまり、食物を消費する口の数が増えたということでもある。自然、食料は多く必要になってくる」
私の気分が乗ってきた。
椅子から立ち上がり、控えていたオブから足下が極めて広くなっているブーツを受け取り、テーブルの周りを歩き始める。
このブーツなら、土の中に沈む心配もない。
「貴君は何を言っている……?」
「これは予測に過ぎないが、恐らく間違いないだろう。我々が育てている作物は、極めて同質のものだと言えるだろう。何ならば、全てが双子や三つ子のように、等しい性質を持つ兄弟であると考えていいのではないか? そして、それらの性質が等しいからこそ……」
私は周囲を見回す。
公爵の軍勢が、開拓地の人々が、私に注目している。
「作物を枯らす疫病は、等しくこの作物を襲うことだろう。それが起こった時、我々は等しく、口にできる食物を失うということだ」
この場が、静寂に包まれる。
いや、遠くから、「地竜が飛び立った」「これはめでたいな!」「キュイキュイー」とワイルドエルフとリザードマンの大騒ぎが聞こえてくる。
「我が開拓地が育てている作物は、育ちがまちまちだ。実りも多くはないし、その量、質にも差がある。まさしく、野生の植物と変わりない。だが、これこそがやがて来るであろう、疫病の危機を回避する手段であろうと私は見ている。そしてそれこそが、陛下が私をこの地へと派遣した本当の理由なのだ」
多分。
「な、ならば! それこそ、わしの助けが必要であろう! このサッカイサモン公爵の手助けが!」
「公爵の派閥に属すれば、その派閥ではない者へ作物の提供ができますまい。これは陛下の御心に反しますな」
「むぐぐ」
公爵が目を白黒させた。
普段なら、そうではない、と心にも無いことを言うのだろうが、今はそんな余裕がないようだ。
「その代わりと言ってはなんですが、アスタキシア嬢を我が開拓地に駐在させ、定期的に連絡を取り、我々との繋がりを作っておくとよろしい。彼女が大使として残ると言ったのは、そういう意味なのですよ」
「えっ」
アスタキシア嬢がびっくりした。
後ろからシーアが、彼女の口を塞ぐ。
「なるほどな……。どうやらわしは、貴君の手のひらの上で転がされていたようだ」
公爵がため息をついた。
「バウスフィールド伯爵家が没落した今、わしの派閥は王国において、他に負けることはあるまいよ。他にわしと抗しうる存在があるとしたら……」
じろりと、サッカイサモン公爵が私を睨んだ。
私はその視線を受け流す。
「よし、帰るぞ!」
公爵が立ち上がる。
「で、ですが公爵! このような小さな開拓地に屈するなど……」
慌てて声を上げる執政官。
それを、公爵は見下ろした。
「お前、わしの顔に泥を塗るつもりか? ここでこの男を敵に回すのはあり得ん。それにわしは屈するのではない。自ら退いて、度量を見せてやるのだ。いいな?」
「は、はい!」
執政官も慌てて立ち上がる。
公爵の軍勢は、一斉にこれに従った。
「おお、そうだ。ビブリオス卿!」
公爵が最後に一言、私に告げる。
「バウスフィールドの女狐が、良からぬことを企んでおる。わしが貴君を味方につけようとしたのは、そういう理由もある。王国は千年の平和の中にあると言っていたな」
公爵が去っていく。
「平和が千年で終わるぞ」
「ほう……」
大変良からぬ情報である。
バウスフィールドで女狐と呼ばれるなら、それは我が義母、カーリーに他ならない。
今まで裏で、様々な策略を行なってきたのだろうが……。
「陰謀か……。気が進まないな……」
私は呻くのだった。




