104話 地竜が飛び、公爵が腰を抜かす
サッカイサモン家の紋章が印された旗が翻る。
我々ビブリオス準男爵領の一行は、それなりに数を揃えて出迎えのフリである。
こちらには、人間に近い仲間たちを揃えてある。
地竜側に、ワイルドエルフやリザードマンたちを配置しているのだ。
私の隣にはナオとお喋りしているシーアがおり、彼女がワイルドエルフと、風の精霊魔法で連絡を取り合う。
「やあ、ビブリオス準男爵!」
よく通る声がした。
サッカイサモン家は、そこそこの大集団でやって来ている。
彼らの中で、ひときわ目立つ白馬がおり、その背中に公爵が乗っていた。
「使者に任せてばかりでは埒が明かぬのでな。わしが直々に来てやったということだ」
その姿からは、圧倒的な自信を感じるな。
セントロー王国で、王に次ぐ権力をほしいままにする公爵家なのだ。
気持ちは分からないでもない。
白馬は我々のすぐ手前までやって来た。
「むむむむ」
ナオとシーアの後ろにいるアスタキシア嬢が、ぶるぶる震えた。
「どどど、どうしましょう。まさか、お父様がやって来るなんて」
「だいじょうぶですよ! そこは先輩がなんとかしますから」
「本当ですの!? だって、相手は公爵家ですわよ! それを成ったばかりの準男爵がどうにかするなんて……」
「貴族の格であれば、そうなるだろう。だが、私は貴族である前に賢者。陛下より賜った、辺境賢者の称号を持つ者だよ。貴族とは戦い方が違うのさ」
私の言葉に、アスタキシア嬢が目を見開いた。
そして、地竜のことを思い出したのだろう。ゆっくりと頷いた。
震えも止まったようだな。
「ビブリオス準男爵!」
サッカイサモン公爵が声を張り上げる。
「疾く、返答をしたまえ。わしの派閥に加わるか? それとも今後この国で、孤立無援で貴族としてやっていくつもりか。ああ、それから、言うことを聞かぬ娘を返してもらおう」
公爵が顎で指図すると、彼の脇から屈強そうな騎士が進み出てきた。
彼らは当然のような顔をして、こちらの領地に入ってこようとする。
ここで私は忠告だ。
「気をつけたまえ。そこはよく耕されているから、地面が緩くなっている」
「何を……うわーっ!?」
一歩踏み出した騎士たちが、いきなり腰まで地面に埋まった。
こんなこともあろうかと、精霊魔法で掘り返しておいたのである。
「ぬっ、ビブリオス準男爵、何をする! これはわしに対する反逆の心があると言うことか!」
「反逆も何も、辺境開拓において、土を柔らかく耕しておくことは必須なのですよ。そうでなければ、木や草の根がはびこり、固くなった地面に作物は実りません。あなたがたが立っているそこは、我々が数日前に耕した場所だ」
私が告げると、サッカイサモン公爵の人々は、一様に動きを止めた。
そして不安げに、足下や、辺りの地面を見回す。
「なぜそうなっておるのだ……。先に言え! 完全に中まで入り込んでしまったではないか」
困った顔をするサッカイサモン公爵。
「閣下、弱気になってはなりません! ビブリオス準男爵は、怪しげな交渉方法を操る難敵と聞きます。こちらは勢力で勝るのですから強気で攻めるのです」
「おお、そうだな!! そうであった!」
後ろについていた騎士に、励まされる公爵。
また元気になって、私へと向き直った。
「ビブリオス準男爵。卿の立ち位置を確認したい。卿は、わしの下に来るのか、否かをこた」
「否です」
公爵が皆まで話す前に、食い気味に答えた。
公爵一同が、しんと静かになる。
「ぶ、ぶ、ぶ、無礼ではないか!」
騎士の一人が激高した。
そしてこちらに歩み寄ろうとして、また耕作地に腰まではまった。
そのように乱暴な足取りで畑を歩くからである。
「くっ、周りの地面が柔らかいぞ。お前たち気をつけろ! ここはビブリオス準男爵の術中だ!」
勝手にピンチに陥っていく公爵一行である。
「ええい、ならば構わん。今後、わしは卿の敵だと思うが良い。わしもそのように接する! それから、娘を返してもらおう。アスタキシアにはまだまだ使いみちがあるのでな」
「返しません。公爵は何か勘違いをしておいででは? 私は敵対の意思などない」
「なにっ」
「我らはともに、ツナダイン三世陛下を頂とする王国の貴族。対等の立場として友誼を結ぼうではありませんか」
私がこの言葉を発すると、公爵家一行は一瞬ぽかんとした。
そしてすぐに、「不敬な」「新興貴族風情がなにを」「こちらは王家に連なる血だぞ」と騒ぎ立てる。
サッカイサモン公爵は、鼻を鳴らしてみせた。
そして肩をすくめつつ、私を見下ろす。
「大口を叩いてみせる。ならばビブリオス準男爵、卿はわしの、サッカイサモン公爵家と並び立てる何かを持っているのかね? 伝統や権威や血筋、そういうものはあるのかね?」
「ありますよ。ただ、公爵が持っているそれとは少々違いますな。シーア、そろそろ時間だ。頼む」
「はーい」
「シーアがんばってー!」
「がんばる! っていうか連絡するだけだけどね。あー、もしもし、兄さん? 作戦の時間でーす」
離れたところで、ゴッドシューターがのしのし歩く音が聞こえる。
作戦が始まったようだ。
「何をしているのだ?」
不思議そうな公爵に、私は告げる。
「我が開拓地が持つ、どのような領地にも負けない大いなる価値というものをお見せしましょう。辺境を開拓し築き上げていっている我が領地だからこそ、他にはない強みがあるのです」
シーアを見ると、彼女は頷く。
「いいよ。いつでも撃てるって」
「ではゴッドシューター発射」
「はーい。兄さん、ゴッドシューター発射」
風の中に、トーガがぶつぶつ言う声が聞こえた気がした。どうして俺がシーアに指示されているのだ、とか聞こえたような。
そしてほんの僅かな時間の後……。
地面が大きく揺れだした。
「う、うわーっ!? なんだなんだ!?」
公爵が慌てる。
彼が乗った白馬が、興奮していなないた。
公爵一行も、激しい地面の揺れに戸惑いを隠せない。
ついには立っていられなくなり、みんな這いつくばった。
公爵も馬からころりと落ちる。
「あいたっ」
尻を打ったようだが、ちょうど柔らかい耕作地にはまりこみ、衝撃を免れたようである。
実はこの辺りの耕作地は、公爵家の人々が何かあっても怪我をしにくいように、柔らかく耕してあるのだ。
やがて、公爵一行は一様に目を見開いた。
理由は簡単だ。
私の背後で、地面がどんどんと盛り上がっていく。
「公爵、背中を見せますが、他意は無いので気にされぬよう」
私は彼に一言告げて、振り返った。
するとどうだろう。
地面がまるで、新たな丘を生み出すかのように盛り上がっていく。
そして大地に亀裂が走り、そこから輝く緑色の鱗が姿を現すではないか。
「うっ、うわーっ! なんじゃー!?」
公爵の悲鳴が聞こえた。
姿を現したそれに、度肝を抜かれたのであろう。
サッカイサモンの城と変わらないほどの巨躯を持ち、翼を広げれば我が開拓地を覆い尽くさんばかり。
長く伸びた尾が地面を叩くと、再び地面が揺れた。
「これが地竜……!! 我が母系である魔族と縁の深い大いなる存在! なるほど、これだけの威容ならば、信仰の対象となるのも頷けよう!」
体の内から、興奮が湧き起こってくる。
地竜は長い首を空に向けると、大きく口を開け……咆哮した。
空気が大きく震える。
「うわーっ! 世界の終わりだあー!」
公爵一行から悲鳴が上がる。
だが、私はこの咆哮が何なのか、正確に理解していた。
「あくび、ですよねこれ」
「その通りだよナオ。彼、あるいは彼女は、長い眠りから目覚めたが、まだ寝ぼけているのだ」
そこへ、クークー嬢の歌声が聞こえてくる。
先程まで、地竜が埋まっていた丘に阻まれて聞こえなかった声である。
地竜はこれに反応し、ゆっくりと顔を森の方向に向けた。
そこから放たれる、ゴッドシューター。
神団子が空を飛び、地竜の口にスポッと入り込んだ。
地竜がもぐもぐと咀嚼する。
『これはなかなかの美味』
我々の脳裏に、そんな意味の思念が注ぎ込まれた。
「周囲一帯に意思を送り込む、精神感応能力……! まさに、地竜は神と呼ぶに相応しい存在だな……! 素晴らしい! できうることならばしばしこの場に留まってもらい、生態について詳しく調査させてもらいたいものだが……」
私が呟いていると、地竜がこちらを向いた。
『それは遠からず叶うでしょう、我が眷属の血を引く人の子よ』
今のは、私に向けられた思念か。
私の目が、地竜のそれと合っているのを感じる。
『目覚めのための力をありがとう。森の奥にいる、若き風竜にも伝えてください。精霊の力を分けてくれて感謝していると』
「それはつまり、自ら礼を伝えることはできないと?」
『私は旅立たねばなりません。空を満たすエーテルの海の彼方にある、約束の地へ』
「聞いたことのない伝承だ。詳しく」
『その暇はありません』
地竜は苦笑したようだった。
『ですがあなたの持つ、全ての知識へとつながった魔法が教えてくれるかも知れません。では、人の子よ。別れの時です。新たなる地竜はあなたに託します』
地竜はそう告げた後、大きく翼を開いた。
その全身が、緑色に眩く輝く。
羽ばたきは風を生まず、緑の光を周囲に振りまいた。
地竜の巨体が舞い上がる。
空を打つただ一度の羽ばたきで、セントローの王城よりも高く。
もうひと打ちで、小山のような高さに。
地竜が旅立っていこうとしている。
『最後の古き竜である私が消えることで、この星はあなたがた定命の者たちへと譲り渡されます。どうか、長き繁栄を』
「ああ、気をつけて旅をしてくれたまえ。くう……。色々聞きたかった……」
「先輩泣きそうな顔してます」
「これが泣かずにいられようか。くっ、公爵さえ来なければインタビューし放題だったかも知れない」
公爵一行は、唖然としたまま、一言も発することができない。
だが、そんなものはどうでもいいのだ。
私はいつまでも、小さくなっていく地竜の背中を見上げ続けていた。




