103話 ゴッドシューター慣熟訓練
「ゆけ、ゴッドシューターゴーレムよ」
トラボー殿の指示を受け、足の生えた大型弩弓が歩いていく。
それは指定の位置に到着すると、どっかりと座り込んだ。
「随分なでかさだな。こんな大きさで、精密な照準ができるのか?」
弩弓の前に立つのは、今回の射撃を担当するトーガ。
私が知る限りでは、最高の射手である彼こそが、地竜の口に神の泥団子を放り込む役割を担うにふさわしい。
「問題ない。ここにハンドルがあってな、こいつをこう動かしてみろ」
「ふむ? ……おお、射角の微調整ができるのか。見た目によらず、芸が細かいな……」
「建築の賢者である俺の作品だからな」
最初の頃は人間を蛇蝎のごとく嫌っていたトーガだが、今では種族で相手を判断することなど(あまり)無い。
トーガが人を見る基準は、能力である。
その点では、優れた建築家であるトラボー殿は人間と言えど、敬意を表するに値するらしい。
「よし、やってみるとしよう。で、飛ばす矢玉はどこだ」
「ここである」
ゴンドワナとユーラメリカが、荷車を引いてやって来る。
隣に立つのはガーシュイン。
確執のある相手だけに、トーガの表情も険しくなる。
「お前か。今度はおかしなことを企んでいないだろうな」
「吾輩にとっての居場所は、今はここだけだ。それをぶち壊すような阿呆ではない。だからこそ、こうしてジーンに手を貸しておるのだ。アマーリア、マッドゴーレムをおろせ」
「はいよー」
泥団子型に固められた神は、マッドゴーレムと仮称されている。
未だ、戦神による襲撃事件はこの開拓地において、ホットな話題なのだ。
娯楽が少ない田舎では、起こった事件は長く語り伝えられるものである。
アマーリアが、荷台から丸いものを幾つも取り出し、地面に置く。
一抱えもある大きさの、泥団子である。
表面はツルツルに磨かれている。
「よし、お前たち、あっちまで行けー」
アマーリアが命令を下すと、泥団子……いや神団子は、ころころと転がってゴッドシューターの足下まで進んでいった。
これは便利である。
「マッドゴーレムは、空中で変形して自ら軌道修正も行う。地竜の口に飛び込みやすいよう、変形もするだろう。そう条件付を行なった」
「ほう、それは新たな技術ではないのかね?」
ここまで横で記録していた私だが、ついに耐えられなくなった。
思わず口出しをしてしまう。
ガーシュインは、遺失魔法の継承者であり、開発者ではなかったのではないのか。
「シャドウストーカーを混ぜ込んであるのだ。実際は、シャドウストーカーがマッドゴーレムの外形を変化させる」
「なるほど、既存の技術の組み合わせか。それで新たなものが生まれることはよくあることだ。だが、かみ……いや、マッドゴーレムとシャドウストーカーの組み合わせとは、実に感慨深い」
どちらも、私が立ち向かった脅威であった存在だ。
それが合わさり、今は我々を助ける力となっている。
「なるほど、足を引っ張ることはなさそうだ。悪くない」
トーガも納得したらしい。
この言葉は、元々敵であったガーシュインに対し、彼なりの最大の賛辞である。
「試し打ちをしたい。その泥玉を使うわけにはいかんだろう。ジーン、なんとかできるか?」
「よし、こちらもマッドゴーレムを作ろう。ナオ、頼む」
「はーい」
向こうで他の女子たちと話し込んでいたナオが、ぱたぱたと走ってきた。
彼女はその辺りの土の上にしゃがみ込むと、木の枝を握って魔法文字を刻む。
「ゴーレム、汝に生命を授ける!」
すると、文字を刻まれた土が盛り上がり、ずんぐりとした人型になる。
これが本当のマッドゴーレムだ。
「手足が邪魔だな」
「はいはい。ゴーレム、手とか足とか引っ込めて」
ナオの命令の通り、ゴーレムは団子状に変形した。
だが、本来のマッドゴーレムは、こうなってしまうと自分で動けない。
神団子と違い、内包している魔力が少ないのだ。
足がなければ自走はできない。
ということで。
「やりますわよー!」
「なんか子供に返ったみたいだねえ。懐かしいー」
アスタキシアとシーアが、泥団子をゴッドシューターのところまで転がしていく。
「お前まで何をしてるんだ」
「だって兄さん、みんないつも面白いことばかりしてるんだもの。見てるだけじゃ損だよ」
呆れた様子のトーガに、シーアが良い笑顔で答える。
アスタキシアとシーアが、二人で泥団子を抱え上げ、ゴッドシューターに乗せる。
「手が泥だらけですわ! 楽しい!」
「ふふふ、あとで水の精霊を呼んできれいにしてあげる」
女子二人が離れたところで、仏頂面のトーガがゴッドシューターの前に陣取った。
「標的は……あれでいいか」
トーガが目をつけたのは、こんもりと盛り上がった、建築端材の山である。
どれも、妙な形に削られている。
これは、神官サニーが、神像を作る練習台に使った跡なのだ。
「わ、私の神像のなりかけの山がー!」
向こうから悲鳴が聞こえる。
なに、泥玉をぶつけるだけだから、壊れるわけではない。
「行くぞ。風、気温、湿度。弦の張り……よし」
トーガは頷くと、巻き上げ機に手をかけた。
回転させると、弩弓の弦が張り詰めていく。
そして同時に、射角を微調整。
「行け……!」
果たして、マッドゴーレムは撃ち出された。
それは放物線を描いて、神像なりかけの山のやや向こうに着弾する。
「強すぎたか。では、こうだな」
次なる泥団子は、見事に神像なりかけの山に炸裂した。
神像になれなかった端材の集まりが、パーンと音を立ててあちこちに吹き飛んでいく。
「ひやー」
サニーの悲鳴が聞こえた。
「サニーさん、あれは全部失敗作だって言ってませんでしたっけ」
「そうだけどー! これはこれでなんか来るっていうかー!」
「泥玉がぶつかったわけですから、あまり壊れてはいないと思いますわねえ」
女子たちの声をよそに、トーガは満足げだ。
「こんなものだな。おいジーン。それから魔法使い」
トーガは、私とガーシュインに声を掛ける。
「本番の時の重さは、大体同じようなものか?」
「サイズは合わせたが、重量は若干違うだろう。そこは君の腕に任せる」
「マッドゴーレムも、軌道を自ら調整する」
「ふん、いいだろう。怪しい泥玉の手を借りずとも、俺だけでもやってみせるさ」
「万一貴様が失敗しても、マッドゴーレムがどうにかでき……」
「旦那ストップストップー!! 口は災いのもとだから!」
後ろから走ってきたアマーリアが、ガーシュインの口を塞いだ。
そのまま、もごもご言うガーシュインを運んでいってしまう。
「アマーリアはよくできた助手だな」
私は感心した。
トーガも僅かに唇の端を吊り上げた。
「何と言うか……。ジーン、お前に似たおかしな奴ばかりが集まるな」
「私に似ている? 彼らは一流の知識と技術を持つ者たちだ。等しく見られることは光栄だが、おかしいとは一体」
解せぬ。
だが、そんなことは今は些事である。
ゴッドシューターの射撃練習は終わった。
これで、地竜の口に神団子を放り込むことは難しくなくなった。
準備が整ったのを知り、クロクロとクークー嬢もやって来た。
地竜の巫女としての資格を持つ、クークー嬢。
彼女が今から、儀式を行なって地竜の口を開けさせるのである。
さて、地竜を飛び立たせる儀式も、もうすぐ。
だが、絶好期にこそ、邪魔は入るものだ。
「ビブリオス卿!! ビブリオス卿大変だぞ!!」
うなぎに似た男が、馬を走らせてくる。
開拓地の中で馬を走らせるとは、よほど急いでいるのか。
「どうしたかね、イールス卿」
「伝書鳩だ! これを見ろ、ビブリオス卿!」
彼が手にしていたのは、領地に戻ったロネス男爵からの手紙だった。
そこには、
『貴君、気をつけろ! まさか、公爵自身がやって来るとは思わなかった。あれは本気だぞ!』
と書かれている。
ほう、サッカイサモン公爵自身が、私に何かを言いに来るということか。
「イールス卿。こういうことはよくあるのかね?」
「まさか! 格下の貴族の領地に、仮にも王族に連なる公爵家の当主が来るなんて前代未聞だ!」
いつも飄々としているイールス卿だが、今日ばかりは冷静ではない。
だが、これに対して、私の傍らでトーガが笑った。
「それはそうだ。俺たちにとっても、このジーンという男は前代未聞なのだ。そいつと相対するには、向こうも前代未聞で来るしかなかろうさ」
納得できるような、できないような。
「お父様が、来る……!?」
「大丈夫ですよ! こういう、すごく困ったことが起きたときは、先輩に任せておけばいいんです!」
不安げなアスタキシア嬢に、ナオがとても無責任に聞こえる励ましを行った。
だが、この言葉に頷いたのは、公爵令嬢だけではない。
シーアが、サニーが、カレラが、アマーリアが頷く。
トラボー殿は腕組みをして、恐らくは笑みを浮かべている。
ガーシュインはじっと私を見ていて、遅れてやって来たウニス殿が、わけもわからないながらうんうんと頷く。
トーガが私の肩を叩いた。
「頼むぞ、ジーン」
「頼むと言われてもな」
さて、どうしたものか。
考える私の目の前で、ナオが瞳をきらきらと輝かせ、見つめてくる。
「先輩!」
無条件の信頼というものであろう。
彼女が送ってくるこの感情は、不思議と私をその気にさせてくれる。
気がつくと、私も頷いていた。
「ふむ。ではやるとするか。だが、ここはごく平和的に解決するとしよう。地竜を目覚めさせるのと同時進行で行くぞ。彼らの度肝を抜いてやろう」




